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第三章 京都府京都市
第九話 嵐山
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「今日は八月十六日ですから、五山送り火がありますよね。あなたが今日この日に京都へ向かったのは、それが目的ですか?」
スピーカー越しに璃子が言った。天満は「やっと気づいたのか」と苦笑する。
「五山送り火は有名だろ。日付に目を付けた時点で気づくと思っていたが、意外と時間がかかったな」
「大量の情報を処理している最中だったんですから仕方ないでしょう。私だって五山送り火の存在ぐらいは知っていますし、普段の冷静沈着な私であればすぐに連想できたはずです」
「なんだ。今は冷静じゃないのか?」
「当たり前です。仮にも今は、あなたの命がかかっているんですから」
「そりゃどうも。モテる男はつらいねぇ」
「念のために言っておきますけど、恋愛感情なんて宇宙がひっくり返ってもないですからね」
「そりゃ残念。ちなみに今は嵐山に着いたところだ」
天満と呪いは阪急電鉄の嵐山駅を降りて、桂川に架かる渡月橋を目指していた。
「さすがに今日はいつにも増して人が多いねぇ。みんなご先祖様を見送りに来たというよりは、お祭りを楽しみに来てるんだろうけど」
淡い夕暮れの色に染まっていく道を、浴衣を着た人々がぞろぞろと歩いていく。やがて桂川沿いにある嵐山公園の方まで出ると、香ばしい匂いとともに焼き鳥屋の屋台が姿を現した。さらにその先にはベビーカステラ、たこ焼き、ヨーヨー釣りと、天満の興味をこれでもかとくすぐる光景が広がる。
「やっぱり祭りは良いねぇ。右京さんも、この景色が好きだって言ってたな。特にこの日没付近の、薄明に染まる山と川と橋のコラボが……」
「感傷に浸っているところ悪いんですが」
と、スピーカーの向こうから情緒もへったくれもない声が遮る。
「親類縁者の情報網と、過去の記録から取得しました。あなたは二十年前にたった一度だけ、右京さまの呪詛返しの旅に同行されましたね?」
その指摘に、天満は無言のまま微笑を浮かべる。
「日付もちょうど八月の半ば頃で、本日の八月十六日と被っています。あなたは二十年前の今日、右京さまと二人で嵐山を訪れ、五山送り火を鑑賞されましたね?」
「ついでに灯籠流しもな」
そう言って、天満は川の岸辺に目をやった。川へ突き出た細い桟橋の上では、膨大な数の灯籠の準備が着々と進められている。
「二十年前、まだ五歳だったあなたは右京さまとともにご先祖様の霊を見送った。その時の思い出が、今のあなたの心を突き動かしているのではないのですか?」
「そうだねぇ。だいぶ核心に近づいてきたな。あともう一息だ。俺が呪いを生み出すきっかけとなった決定打は、すでにお前の持つ情報の中にある」
璃子は「うぅん……」と悩ましげな声で唸り、手元にある情報をぶつぶつとうわ言のように繰り返す。
「今日は八月十六日で、京都では五山送り火と灯籠流しが行われる……。そして二十年前の今日、当時五歳だった天満さまは右京さまに連れられて、初めて呪詛返しの旅に同行した……。右京さまが亡くなったのは、その年の暮れ頃。享年二十五歳……」
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