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第二章 兵庫県神戸市

第十三話 祈りと呪い

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 祈りと呪いは表裏一体。陽翔少年の切なる祈りは、一転して呪いを生み出す言霊ことだまとなる。

「ぼっ、ぼくは」

 突如、椅子の向こうから声が上がった。幼い子ども特有の高い声。

「陽翔くん?」

 天満と兼嗣は即座に椅子の側へ顔を寄せ、少年の様子に目を凝らす。

「あ、あいつがあんなことを言うからや。ぼくは、このまま死ぬんや……!」

 切羽詰まったその声に呼応するかのように、椅子の山がぐねぐねと激しく脈動する。やがてそれらの一つ一つが一斉に赤く発光し、融合して一気に部屋の中央へ収縮したかと思うと、その場に残ったのはたった一脚のサターンの椅子だけだった。

「な、なんだ?」

 天満が警戒する。部屋の真ん中に一つだけ残された椅子。その向こうで、陽翔少年は小さく体育座りをして全身を震わせている。
 と、天満たちの背後から複数の足音が聞こえてきた。振り返って見ると、部屋の入口には小学校低学年くらいの少年少女たちが集まっていた。

「あったあった。これやで、『悪魔の椅子』! オレ、前にも座ったことあるねん!」

 一人の男児が前に出て、他の子どもたちも恐る恐るそれに続く。三十人ほどの群れの中には、陽翔少年や、病室へ見舞いに来た少女二人の姿もあった。彼らは天満たちの存在には気づいていない様子で、まるで幽霊のようにこちらの体をすり抜けていく。

「なんだこれ。何かの再現VTRか?」

 天満が首を傾げる。

「たぶん、渡陽翔の記憶の中の映像やな。この感じやと、社会科見学の当日とちゃうか」

 兼嗣の言った通り、少年少女たちの後ろからは担任教師らしき女性がやってくる。「椅子は大事に扱ってや」「座るのは一人ずつやで」と注意を促す。

「おい陽翔。お前、先に座れや」

 最初の男児が陽翔に言った。ほとんど命令のような口調だった。陽翔本人は嫌がる素振りを見せたが、他の男子たちに捕まり、強制的に座らされる。ニヤニヤとした周囲からの視線に耐えながら、彼はひとり目を閉じて必死に何かを願った。

「何を願ったんや?」

 男児が聞いて、陽翔は答えを渋る。

「そんなん、言われへんよ。願い事って、口に出したら叶わへんねやろ?」

「ええやん。聞かせろや」

 周りがやいやい言って、陽翔はどんどん肩身を狭くする。やがて痺れを切らした男児が「もうええわ。どけや」と椅子を強奪する。入れ替わりで座った彼は胸の前で両手を組み、己の願い事を高らかに口にした。

「陽翔の願い事が叶いませんように!」

 ギャハハハ! と周囲が湧き、陽翔はますます居心地が悪そうに視線を下げる。遠巻きに眺める女子たちの中には何かを物申したそうにしている児童もいたが、だからといって割って入る者はなく、ただただ気まずい空気が漂っているだけだった。
 一通りの映像が終わると、子どもたちの姿は消え、その場には再びサターンの椅子だけが残った。

「……ぼ、ぼくは」

 椅子の向こうで体育座りをしている陽翔が、震える声で言う。天満たちが見ると、その瞳には大粒の涙が光っていた。

「ぼくはただ、普通に生きていたいだけなんや。人気者になりたいとか、すごい人になりたいとか、そんな欲張りなことは言わん。ただ普通に生きられたらそれでいいって、それだけを願ったのに。なんで。なんでぼくだけ、死ななあかんの?」

 クラスメイトの願い事によって、否定された陽翔の願い。それを鵜呑みにした彼は、自分がサターンによって殺されてしまうのだと思い込んでいるのだ。
 
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