放浪探偵の呪詛返し

紫音

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第二章 兵庫県神戸市

第十一話 サターンの椅子

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 格子状になっている門を開け、二人は警戒しながら敷地内へと足を踏み入れる。白い石畳の庭に、チューダー様式の洋風建築。その外観はどこからどう見ても昼間に訪れた山手八番館だった。

「この建物って、本物じゃないんだよな?」

 昼間と同じようにアーチ状の玄関を潜りながら天満が聞く。

「これは俺らの記憶を元に再現された幻や。正確には、渡陽翔の記憶を元にしたものやろな。心の中にあったもんが、そのまま具現化されてるんや」

 建物に入って右側の部屋は、例の民芸品の彫刻が所狭しと並べられていた。

「なんか、昼間に見た時よりも数が増えてないか? この彫刻」

 一見モンスターのような禍々しさのあるそれは、もはや足の踏み場もないほどに部屋を埋め尽くしている。

「さっきも言うたけど、この幻は渡陽翔の記憶を元にしてるからな。よっぽどこの彫刻のイメージが強烈やったんやろ」

 まあこっちの部屋に用はないからな、と兼嗣はきびすを返す。問題は向かいの部屋だ。

「うおっ」

 左側の部屋へ入るなり、彼は足を止めた。

「なんだよ。どうした?」

 天満も彼の後ろからひょっこりと顔を出して中を確認する。そうして「ああ、これは」と眉を顰めた。
 左側の部屋——現実では両脇にサターンの椅子が配置されていたその場所には、無数の椅子が床から天井までびっしりと壁を作るように積み上げられていた。きっちりと整列されているわけではなく、まるでゴミ山のごとく滅茶苦茶めちゃくちゃに積まれている。その一つ一つが全てサターンの椅子だった。

「ひょえー。これも陽翔少年のイメージってことか?」

「こりゃあ悪夢にでも出てきそうな光景やな。どんだけ嫌な印象持ってんねん。たかが椅子相手に」

 うずたかく積み上げられたそれを眺めていると、かすかに、二人の耳に何かの物音が届く。

「しっ。静かに」

 兼嗣の合図で二人は耳を澄ませる。部屋の奥から、何かが聞こえる。人の声。泣いているような、鼻を啜る音。

「もしかして、陽翔くんか? そこにおるんか?」

 音は椅子の山の向こうから聞こえる。兼嗣はすぐさまそこへ駆け寄って、無数にある椅子の隙間から奥を覗き見た。
 わずかな隙間から、向こう側で何かが動いているのが見える。声はそこから聞こえる。幼い子どもが漏らす嗚咽おえつ。断続的にしゃくり上げる高い声。

「陽翔くん。そこにおるんやろ。聞こえたら返事してんか」

 しかし兼嗣がいくら呼びかけても反応はない。代わりに、互いを隔てる椅子の山が時折脈打つようにして全体を震わせる。その度に、奥にいる少年は恐ろしげに悲鳴を上げた。

「あかん。完全に気が動転してるみたいや。先にこの椅子を何とかせんと」

 お手上げ、という風に肩を竦ませる兼嗣。天満はうーんと唸りながら椅子を見上げて、

「なあ。この椅子ってさあ、渡陽翔の生み出した呪いそのものなんじゃないか?」

「は?」
 
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