放浪探偵の呪詛返し

紫音

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第二章 兵庫県神戸市

第九話 黄泉の国めぐり

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「つーか、最初からこうするつもりだったのなら外で情報収集する必要あったか? お前と半日連れ添ってた時間が全部無駄だった気がするんだが」

「アホ。黄泉の国に行くんは最終手段や。それに『問題児』の境遇を先に探っとくんは基本中の基本やろ」

 二人が再び病院へ戻った頃には、時刻は午後六時を過ぎていた。ほとんどの病室ではちょうど夕食が運ばれているところで、多くの看護師たちが忙しなく出入りしている。
 彼らの邪魔にならないようにと、天満たちは慎重に廊下を進んだ。やがて『渡陽翔』と書かれた病室にたどり着き、そっと入口の扉を開ける。

「おっしゃ。誰もおらん。今のうちや」

 どうやら母親たちはすでに帰宅したらしい。陽翔少年だけが静かに寝息を立てている病室へ、二人は忍び足で滑り込む。

「で、ここからどうすりゃいいんだ?」

 天満が聞くと、兼嗣はあからさまに呆れた顔をした。

「お前、本家の人間のくせにそんなことも知らんのか? 黄泉の国めぐりの方法なんて、どっかのタイミングで一度ぐらいは教わってるはずやろ」

「話ぐらいは聞いたことがあるけどさ。やり方は教わってないって。第一、危ないからやるなって言われてる。二十年前に右京さんのことがあってから、ぼぼ禁止になったって」

 そこで、ああ、と兼嗣はやっと合点がいった。

「考えてみりゃ、そうやな。俺も教わったんは子どもの頃やったし。お前はギリギリ教えてもらえんかったんかもな」

 一人納得したように頷いてから、兼嗣は改めて陽翔少年の顔を見下ろした。

「まあ、でも。今回は本家の方から俺を指名して、わざわざお前と二人で組ませた。ってことは、黄泉の国へ行って来いってことや。あいつらもなんだかんだで俺の有能さを買ってるわけやな」

 言いながら、彼はベッド脇にあった丸椅子を引き寄せてそこに座った。天満も促され、ベッドを挟んだ向かい側で同じように腰掛ける。

「陽翔くん」

 兼嗣はベッドに身を乗り出して、少年の寝顔を覗き込む。

「聞こえてるんやろ。一緒に遊ぼうや。俺たちのことも、そっちに連れてってんか」

「って、おい。まさか『やり方』って、普通に話しかけるだけなのか?」

 そんなので本当にあの世へ逝けるのかよ、と訝しむ天満に、兼嗣は苛立ちを含んだ目で睨み返す。

「うっさいなぁ。気が散るから黙っとけや。こういうんはな、適切なコミュニケーションでお互いの心を通わせるんが何より大事なんや。なんせ『問題児』は精神が不安定、しかも今回は幼い子ども。ちょっとでも不信感を抱かれたらうまくいかんで」

 少年は寝苦しそうに顔を顰め、小さく呻き声を漏らす。やはり昼間に母親も言っていた通り、こちらの声は聞こえているらしい。

「陽翔くん。怖がらんでええで。何か悩み事があるんやろ。いつでも相談に乗ったるから、いっぺん俺らにも話してみてや」

 少年の右手の指先が、ぴくりと動く。
 もう一押しだ、と兼嗣は唇を舐めた。

「おい天パ。陽翔の胸の上に片手を置け」

「だから天パじゃねーよ。この金ヅル」

 憎まれ口を叩きながらも、天満は言われた通りにした。布団の上から少年の胸に手を乗せ、さらにその上から兼嗣の右手が被せられる。

「……『行きはよいよい、帰りはこわい』」

 兼嗣がそう呟いた瞬間。少年の胸元から、青い炎が一気に燃え上がった。

「うわっ」

 たまらず引っ込めそうになった天満の手を、兼嗣が上から押さえつける。
 部屋中が青い光で満たされる中、天満は急激にやってきた眠気に身を任せ、即座に意識を手放した。
 
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