放浪探偵の呪詛返し

紫音

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第二章 兵庫県神戸市

第二話 武藤兼嗣

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 有馬温泉駅から神戸電鉄に乗り、途中で市営地下鉄に乗り換えて海側を目指す。璃子の言っていた通り、中心地である三ノ宮さんのみやには三十分ほどで到着した。
 ぽかぽか陽気の昼時。温泉街と比べると、こちらはさすがに人が多い。のんびりと観光を楽しむというよりは友人とショッピングなどを満喫するのに適している。
 とはいえ駅の南側には中華街や旧居留地など、天満にとっては魅力的なエリアが広がっている。にもかかわらず気分が晴れないのは、これから会う男に嫌気が差しているからだ。

(このままずらかろうかなぁ)

 できることなら顔を合わせたくはない。しかし、この神戸のどこかで血縁者が困っているのならば放っておくわけにもいかない。
 ずるずると体を引きずるようにして、待ち合わせ場所であるJR三ノ宮駅の改札前へと向かう。やがて忙しなく行き交う人混みの奥に、件の人物の姿が見えた。
 落ち着いたチャコールグレーのスーツ。爽やかな印象のある短めの髪に、精悍せいかんな顔つき。どこか異国の血を思わせる、色素の薄い瞳。二十代後半の、すらりとした長身の男がそこに立っていた。

「なんや、遅かったな。待ちくたびれたわ」

 柱に背を預けていた彼は気怠げな動作でこちらに向き直る。天満はぶすっとした表情のまま、男の名を呼んだ。



「金ヅルちゃうわ。兼嗣かねつぐや! ほんっまに可愛げのない奴やな、お前」

 ハキハキとした声で突っ込まれ、天満はわざとらしく耳を塞ぐ。

「あーあー、うるさいなぁ。もっと品の良い話し方はできないのかねぇ」

「お前がくだらんこと言うからやろ。ええ年して子どもじみたことすんなや、

「天パじゃなくて天満だ! どっちが子どもだよ。お前、俺より年上のくせして恥ずかしくないのか」

 第一、俺天然パーマじゃねえし! と噛みつく天満の隣で、兼嗣は聞く耳持たんとばかりにすでに明後日の方を向いている。数年前まではタバコを片時も手放さなかった彼は、今は口が寂しそうにガムを噛んでいた。

「あーもう。璃子から連絡があった時点で嫌な予感はしたんだよ。神戸で合流できる奴って言ったらお前ぐらいしかいないし。なんで俺がお前なんかと一緒に行動しなきゃいけないんだよ。ゆっくり観光したかったのに」

「ああ? そんなん決まっとるやろ。永久本家の三男坊様が頼りないから、仕方なく武藤むとう家の俺が手伝いに来てやっとんや。感謝せえや」

 武藤家の一人息子である彼、武藤むとう兼嗣かねつぐは、天満の腹違いの兄である。かつて本家に仕えていた分家の若い娘に、彼らの父親がこっそりと手を出したのが原因だった。

「俺かて、ほんまは協力なんかしたないねんで。永久本家の人間のほとんどは、うちのオカンをないがしろにしとる。当主様をそそのかしたやら何やら言いよるけど、手ぇ出したんは親父の方やろ。そんで本家から追い出しといて、困った時だけ泣きついてくるとか、ほんま厚顔無恥な連中やわ」

 腹違いとはいえ、永久本家の血を引く兼嗣は天満と同じ『呪詛返し』の力を持つ。ゆえに本家の人手が足りない場合には彼の力を頼らざるを得ないのだ。

「だから別に、俺一人で十分だって言ってるだろ。なんでわざわざ二人一組にされなきゃいけないのか、それが納得できないって言ってるんだよ」

「お前、今回の『問題児』のこと、まだ把握してないんか?」

 言われて、そういえばと天満は思い出す。璃子から送られてきた情報をまだ確認していなかった。すかさず羽織の袂に手を突っ込み、スマホを取り出してデータを開く。

「……なんだ。まだ小さな子どもじゃないか」

 画面に表示されたのは、まだ小学二年生の少年の個人情報だった。兼嗣の言い方から、てっきり聞き分けのない反抗期の中高生や高齢の頑固親父かと予想したのだが、違ったようだ。

「こんな小さな子の呪詛返しのために、二人も必要か? やっぱり納得いかないんだが」

「子どもを侮ってたら痛い目に遭うで。忘れたんか。二十年前に右京うきょうさんが失敗したのも、相手はまだ十一歳の子どもやったんやぞ」

 その指摘に、天満は一瞬息を止めた。
 と、そこへ兼嗣の足元に小さな子どもがぶつかってきた。前を見ずに走ってきたのか。反動で倒れそうになったその子の体を、兼嗣は咄嗟に支える。

「大丈夫か、お嬢ちゃん。ちゃんと前見とかな危ないで」

 まるで別人かと思うほどの優しい声で兼嗣が言った。

「うん。大丈夫! ありがとうね、おじちゃん!」

「おじ……」

 少なからずショックを受けた兼嗣を置いて、女の子は再び走り出した。その無邪気な背中を見送りながら、彼はぽつりと呟く。

「俺、まだ二十七やねんけどなぁ……」
 
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