放浪探偵の呪詛返し

紫音

文字の大きさ
上 下
14 / 108
第一章 愛媛県松山市

第十四話 呪詛返し

しおりを挟む
 
「しっ、東雲さん」

 弥生の声が裏返る。

 ごふっ、と天満が勢いよく血を吐き、足元の床がびちゃびちゃと音を立てる。

「い、いや……、ああ……っ」

 目を見開き、肩を震わせる弥生。
 天満は口元を赤く染めたまま、ゆっくりと首を動かして彼女の方を見る。

「弥生さん……。あなたは、これでもまだ……この人を、母親だと言うのですか?」

「ち、違う。違う! お母さんは、こんな酷いことせん!」

 頭を振り、涙を散らせながら彼女は叫ぶ。

「こんなのお母さんやない! こんな、こんな!」

 母の姿をした女性もまた、首だけを動かして弥生を見る。青白い、生気のない顔。
 天満は息も絶え絶えに、さらに質問を重ねる。

「なら、弥生さん。この人は誰ですか。……あなたを殺そうとする、この人物は」

 弥生はやっとのことで上体を起こし、無様に尻餅をつくと、小刻みに揺れる右手を持ち上げて、女の顔をまっすぐに指差す。

「こいつは……このバケモンは、私や!」

 瞬間。
 母の姿をした化け物は、ぐにゃりと顔の部分を歪ませて、たちまち別人へと変化した。真っ黒な喪服や乱れた髪はそのままに、顔だけはひどく見覚えのあるものへと変貌を遂げる。

 泣き腫らした目。だらしなく開かれたままの口元からは断続的に嗚咽おえつが漏れる。なんともおぞましい風貌のその姿は、弥生そのものだった。
 喪服に身を包み、涙を流す彼女は、十二年前に母を失った哀れな一人娘だった。

「……よく出来ました」

 ぽつりと天満が呟いた直後。刃の刺さった彼の胸元が、青い光を放つ。それは炎のように大きく燃え上がり、目の前に立つ化け物を包み込む。

「ぎゃあああ……あああ!」

 化け物は雄叫びを上げ、苦しげに暴れ出した。天満は自らの胸に左手を添え、もう一方の手を前へと伸ばす。

「これで終わりだ。永久ながひさ流・呪詛返し!」

 叫ぶのと同時に、光が爆発を起こす。
 ドッ、と腹の底に響く衝撃が辺りに広がった。一陣の風が廊下を吹き抜け、弥生は固く目を閉ざす。

 やがて風がおさまってくると、彼女は恐る恐るまぶたを上げた。
 暗い廊下には、すでにあの化け物の姿はなかった。

「終わった……んですか?」

 そんな彼女の声に応えるように、廊下や部屋の照明が一斉に光を取り戻した。
 一拍遅れて、天満は盛大な溜息を吐き、その場に尻をつく。

「はあぁー……無事に片付いてよかったー」

 心底疲れた顔をする彼は、胸の辺りをしきりに摩っている。その様子に弥生はハッとして、すかさず彼の側に膝をついた。

「東雲さん、大丈夫ですか!? 胸の傷は……って、あれ?」

 しかし、先ほど大怪我を負ったはずのその胸には、なぜか傷一つなかった。それどころか、あれだけ床を赤く染めていた血も今はどこにもない。

「『呪詛返し』を行いましたからね。あなたの呪いで受けたダメージを、そのまま相手に打ち返したのです」

「打ち返した、って、そんなことまでできるんですか?」

 探偵さんなのに? と不可解そうにこちらを見つめてくる彼女に、天満はどう言い訳したものかと悩む。

「近頃は不景気ですからねえ。探偵も探偵業だけでやっていくのは難しいので、こういったスピリチュアルな仕事も兼任していたりするのですよ」

「そういうものなんです?」

 未だ納得のいっていない彼女から目を逸らし、天満はその場に立ち上がる。

「何はともあれ、弥生さんが無事で良かったです。今回のことで、あなたも勉強になったでしょう。人の心というのは、知らず知らずのうちに自分自身を追い詰めてしまうこともあるのです。だからこれからは、自分に負けないでください。呪いというものはいつだって、私たちの心の中にあるのですから」
 
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

神楽囃子の夜

紫音
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。  年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。  四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。  

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

白雪姫症候群~スノーホワイト・シンドローム~

紫音
恋愛
 幼馴染に失恋した傷心の男子高校生・旭(あさひ)の前に、謎の美少女が現れる。内気なその少女は恥ずかしがりながらも、いきなり「キスをしてほしい」などと言って旭に迫る。彼女は『白雪姫症候群(スノーホワイト・シンドローム)』という都市伝説的な病に侵されており、数時間ごとに異性とキスをしなければ高熱を出して倒れてしまうのだった。

あやかし警察おとり捜査課

紫音
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。  

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

変な屋敷 ~悪役令嬢を育てた部屋~

aihara
ミステリー
侯爵家の変わり者次女・ヴィッツ・ロードンは博物館で建築物史の学術研究院をしている。 ある日彼女のもとに、婚約者とともに王都でタウンハウスを探している妹・ヤマカ・ロードンが「この屋敷とてもいいんだけど、変な部屋があるの…」と相談を持ち掛けてきた。   とある作品リスペクトの謎解きストーリー。   本編9話(プロローグ含む)、閑話1話の全10話です。

異邦人と祟られた一族

紫音
ホラー
古くから奇妙な祟りに見舞われる名家・白神家。その一族を救うことができるのは、異国の風貌を持つ不思議な少年・ギルバートだけだった。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

処理中です...