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第2章
門出
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事務室の窓から外を眺めると、雨はまだ降り続いていた。
水たまりだらけになったグラウンドでは、びしょ濡れの遊具が寂しそうに佇んでいるだけで、子どもは一人も遊んでいない。
「最近、翔くんから電話こないね」
部屋の中の誰かが言って、雛沢はゆっくりと窓から目を離した。
そうして後ろを振り返ってみると、デスクに座った先輩職員の女性が、こちらに返事を促すような視線を向けていた。
「あの子、まだ足のケガで入院してるんでしょ。連絡取らなくていいの?」
「それは、もちろん……あちらから連絡が来たら、ちゃんと返しますよ」
ふうん? と女性は探るような目で微笑を浮かべた。
「なーんか最近冷たくなあい? 翔くんと何かあった? もしかして、ついにあの子も本気で告白してきたとか」
「いえ、そういうわけでは……」
雛沢がやんわり否定しようとすると、ちょうど部屋に戻ってきた他の女性職員が話に割って入る。
「うふふ。つぐみちゃんは、今はそれどころじゃないんでしょ。結婚を控えた花嫁さんなんだから、子ども相手に構ってる暇なんかないのよね」
「えっ、結婚!? あたし聞いてないんだけど!」
結婚、という単語が出た途端、デスクの女性は身を乗り出して雛沢に問い詰めた。
周りでパソコン作業をしていた他の面々も、驚いた顔でこちらを見る。
「すみません、そろそろお伝えしようと思っていたのですが」
「ええー、なんで早く言ってくれなかったの。ていうかおめでとう! それで仕事は? やっぱり辞めるの? 寿退社?」
質問攻めに遭う雛沢に苦笑しつつ、暴露した張本人はデスクに戻るなり、ちらりと電話の方を見て雛沢に言った。
「そうそう、つぐみちゃん。退社する前に、翔くんにもそのことちゃんと伝えておいてね。彼からこっちに電話があっても、肝心の本人がいなくなっちゃうんだから」
雛沢は笑顔のまま了承したが、内心では明らかに気が重くなるのを自覚していた。
烏丸にはまだこの話はしていないし、昔からお互いのプライベートな連絡先も交換していない。
おそらく次に病院へ見舞いに行ったときが、彼と会う最後の機会となるだろう。
そのとき彼は、一体どんな顔をするのだろうか。
雛沢は自分のデスクに戻ると、エプロンのポケットからスマホを取り出してカレンダーを開いた。
そして、そこに記された『退院予定日』の文字を見つめる。
もうじき彼が退院する。
それまでに、彼への挨拶を考えなければならない。
きっと今生の別れとなる、彼に贈る最後の言葉を。
雛沢は静かに目を閉じて、来るべき日のことを思った。
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