上 下
54 / 62
Chapter #4

帰国の祝杯

しおりを挟む
 
「おつかれ~~!!」

 キンッと互いのグラスを打ちつけ合い、父と母は私の帰国に乾杯をしてくれる。

「いやあ、まさか美咲が短期とはいえ海外留学を成し遂げるなんてなあ」

「ほんと、よく頑張ったわねえ。てっきり途中で泣いて帰ってくるんじゃないかと思ったけど、そんな素振りも全然なかったし。あっちでの生活がよっぽど楽しかったみたいね」

 帰国してすぐ。
 私たち親子は成田空港内にある和食のお店で晩御飯を済ませることになった。

 四十日ぶりに食べる日本の味。

 オーストラリアでも日本食を名乗る店はいくつかあったけれど、経営しているのはほとんどが外国人だったので、慣れ親しんだ味に出会える可能性は限りなく低かった。
 イギリス発祥の和食ラーメン店だとか、スタッフが全員中東系の丼店だとか。

 中でも印象に残っているのは、天丼を頼んでみると白米に何も味が付いていなかった上、天ぷらの具が人参と海苔だけだったことだ。
 そこに申し訳程度の醤油がかかっているだけで、お世辞にも美味しいとは言えなかった。

 母は留学中に撮った写真を見せて見せてと楽しそうにせがむ。
 私が今スマホのバッテリーがないことを告げると、面白くなさそうに「ちえー」と唇を尖らせた。
 子どもか。

「にしても美咲、ちょっと性格が明るくなったんじゃない?」

「え?」

 唐突に母からそんなことを言われて、私は首を傾げる。

「うん。明らかに変わったよなあ。前はここまでよく喋る子じゃなかったのに」

 父からもそんな評価をもらって、私は「そう?」とさらに不思議に思う。

 けれど確かに、この四十日間は人との関わりが日本にいたときのそれとは密度が違っていた。
 それが当たり前になっていたから、今こうして話しているだけでも以前の私とは何かが違うのだろう。

「英語も勉強できて、性格も明るくなるなんて一石二鳥じゃない。ほんと、留学して良かったわねえ」

 留学して良かった。

 それは本当にそう思う。

 正直、英語の方は『超マイナス』から『マイナス』になったぐらいで、下手くそであることに変わりはないけれど。
 それでも、英語だろうが日本語だろうが人と話すことに少しだけ耐性がついたことは、私にとって大きな進歩だった。

「それで? あっちでは彼氏でも出来たの?」

 不意打ちで母からそんな質問が飛んできて、私は飲みかけの緑茶を吹き出しそうになった。

「えっ、何言ってんの?」

 思わず声がひっくり返る。

「ほらあ、前に見せてくれた写真。舞恋ちゃんと一緒に男の子も二人写ってたでしょ? あのどっちかとくっついたのかなーって」

「違う違う、そんなんじゃないって!」

 何も違わないのだけれど、さすがに両親の前でこの話をするのは気が進まない。

「ほんとにぃ? 女の子に変化があるときって、男の子が絡んでることが多いでしょ。ねえ、お父さん?」

 まさかこういう話題で自分に振られるとは予想していなかったらしい父は、ぎこちない動きで卓上のサラダに箸を伸ばす。

「美咲が違うって言ってるんだからそうなんだろう。そんな意地悪してやるなよ」

 冷静さを装いながら、父は箸でつまんだミニトマトをヘタが付いたままの状態で口に放り込んだ。
 めちゃくちゃ動揺してるじゃん。

「うーん、怪しいんだけどなぁ」

 にやにやと私を見つめる母は、おそらく確信を持っている。
 これが女の勘というものなのだろうか。

 確かに、彼氏は出来た。

 カヒンと付き合うことになって、私にはもったいないくらいの幸せな時間を過ごすことができた。

 彼にたくさんの優しさをもらった。

 なのに私は、彼に恩返しをするどころか、今日みたいに迷惑をかけてばかりいる。

(私って、このままカヒンの彼女でいさせてもらっていいんだろうか……?)
 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

白雪姫症候群~スノーホワイト・シンドローム~

紫音
恋愛
 幼馴染に失恋した傷心の男子高校生・旭(あさひ)の前に、謎の美少女が現れる。内気なその少女は恥ずかしがりながらも、いきなり「キスをしてほしい」などと言って旭に迫る。彼女は『白雪姫症候群(スノーホワイト・シンドローム)』という都市伝説的な病に侵されており、数時間ごとに異性とキスをしなければ高熱を出して倒れてしまうのだった。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

神楽囃子の夜

紫音
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。  年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。  四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。  

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...