催眠教室

紫音

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終章

生きていくために

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「……っていうことがあってさ。びっくりだろ? 現代の科学ってすごいんだな」

 セミの合唱が響く夏の日の朝。
 俺はひとり、乃々の墓前に手を合わせていた。

 天上先生の実験に参加してから、すでに一ヶ月ほどが経過していた。
 あれから乃々の幻覚は一度も見ていない。
 以前の俺には考えられないことだった。
 実験に参加する前の俺は乃々の死を受け入れることができず、イマジナリーフレンドを創り出すことによって現実を忘れ、時々思い出してはパニックになってまた忘れる、というのを繰り返していた。
 それが今では嘘のように、こうして彼女の墓参りをしている。以前の俺には絶対に不可能なことで、これもひとえにあの実験のおかげだったのだろうかと思う。
 もちろん、彼女の死を完全に乗り越えたわけじゃない。当時の悲しみと悔しさはまだこの胸に残っている。それに幻聴ノイズもまだ消えていない。課題はまだまだ山積みだ。

 それでも、俺は少しずつ前に進んでいる。

 やはりあの実験のおかげなのか。
 それとものおかげだったのだろうか——と、俺は今でも時々、あの見た目だけは完璧な、気の強いクラスメイトのことを思い出す。


          ◯


「ただいまー」

「おかえり、八尋。今日も会社の面接だったの? どう、手応えはあった?」

「違うって。今はお盆だから、どこの企業も休み。さっきは乃々の墓参りに行ってきたんだよ」

「あら。そうだったの?」

 就職活動の進捗を母さんに尋ねられる度、焦燥感が募る。
 大学四年生の八月にもなって、未だに俺の内定はゼロだ。周りはすでに就活自体を終えている学生がほとんどで、このままだと俺だけ就職浪人の可能性も出てくる。

「乃々ちゃんのお墓参りなら、私のことも誘ってくれたらよかったのに」

 母さんは残念そうに言うが、さすがに二人で一緒に行くのは御免だった。
 乃々の前では、俺はどんなことだって話せる。けれどそれを母さんに隣で聞かれるのは、ちょっと気恥ずかしい。
 と、そこへリビングで点けっぱなしになっていたテレビから気になるワードが聞こえてきた。

「今回のゲストは、いま話題の人気女優、MiOさんでーす!」

 わーっと歓声が上がり、画面の中が騒がしくなる。俺も母さんも反射的に、テレビの方を向いていた。

「あっ、この子。あんたが仲良くなった女優さんよね? あれからも連絡は取ってるの?」

「いや……」

 その質問に、俺は言葉を濁す。
 水無瀬とはあれから会っていない。
 わかってはいたことだが、彼女はいま人気絶頂の芸能人で、俺みたいな一般人を相手にしている暇などない。そもそも就活すらまともに出来ていない俺と彼女とでは、住む世界があまりにも違いすぎるのだ。
 俺が渋い顔をしていると、こちらの心中を察した母さんはニヤニヤと哀れみの目を向けてくる。

「ふーん。逃した魚は大きいわねぇ。うまくいけば逆玉の輿だったのに」

 いやそんなんじゃないし、と反論しかけたところで、テレビのスピーカーからMiOと司会者のやり取りが聞こえてくる。

「今年の夏もあと少しとなりましたが、夏のあいだに何かやりたいことはありますか?」

「そうですねぇ……」

 画面の向こうにいる水無瀬は、清楚なワンピースに身を包み、どこか照れ臭そうに答える。

「実は……会いたい人がいるんです。夏のあいだに、というわけじゃないんですけど。できるなら今すぐにでも、その人に会いに行きたいです」

「おや。それはもしかして、意中の相手ということですか!?」

「ふふ。さあ……それはノーコメントで」

 やけに意味深なことを口にするMiO。
 なんだよ。
 会いたい人って誰だよ——と、思わずモヤモヤしたところへ、ポケットに突っ込んでいたスマホが不意に振動した。
 すかさず取り出して画面を見ると、このタイミングでまさかの水無瀬からのメッセージだった。

“家にいるんでしょ? 外に出てきてくれる?”

 いつぞやの俺が送った文面とそっくりな、彼女からのメッセージ。
 もしかして、と。逸る気持ちを抑え、俺はすぐさま玄関へと向かう。

「ちょっと。どうしたの、八尋?」

 母さんの戸惑う声にも構わず、勢いのまま玄関を開ける。
 そうして扉の向こうに見えた懐かしい顔に、俺は思わず笑ってしまう。

 この生きづらい世界で、彼女がそばにいてくれるなら、俺はきっとこれからも生きていける。

 だから、「おかえり」と。
 嫌味なくらいに馴れ馴れしい挨拶をお見舞いしてやった。




『催眠教室』・完
 
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みんなの感想(7件)

衿乃 光希
2024.08.23 衿乃 光希

読了しました。
いやもう、ただただ凄いしか出てこない。
1話の衝撃的な引き。サスペンス映画さながらの押し寄せてくる恐怖。誰を信用していいのか疑心暗鬼になり。世界が判明してからのつらさ、そして決意。
青春というと、きらきらのイメージが強いのですが、真反対の発想で、でも読後感は良くて、おもしろかったです。

紫音
2024.08.23 紫音

私にとって青春というのは、悩んで苦しんで葛藤した末に見つけだす光のようなものだと考えています。なので、これも一種の青春の物語なのかな、と。
疑心暗鬼な登場人物たちが、それぞれの信じられるものをどうやって見つけだしたか。彼らの物語を最後まで見届けてくださり、ありがとうございました。

解除
瀬谷酔鶉
2024.08.20 瀬谷酔鶉

最後まで読ませていただきました。
まさか○○が×××だったとは……!
まさに予想を裏切り、期待を裏切らない展開でした。言われてみれば納得しかない伏線も巧みですし、1話1000文字程度で確実に引きを作って読ませる技術がすごい。
見習いたいです。

紫音
2024.08.20 紫音

予想を裏切り、期待を裏切らない展開…とても嬉しいお言葉です。
伏線もちゃんと機能していたようでホッとしています。
3章ラストのどんでん返しはいつか書いてみたいネタだったので、やっと形に出来ました。
現実と幻の狭間のような物語でしたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

解除
シン
2024.08.19 シン

最終話まで読了しました。
少し怖い雰囲気のあるお話でしたが
最後に感動が待ってました!
紫音さんはほんとに、引き出しが多くて
凄いなと思います^ ^
次回作も楽しみにしてます。

紫音
2024.08.20 紫音

主人公の心の変化・成長に焦点を当てた作品だったので、ラストで感動したと言っていただけて嬉しいです。
中盤以降はがっつりSFでしたが、全体的にはサスペンス風味が強かったかも…?
今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。
次もあっと驚くようなストーリーをお届けできればと考えております。

解除

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