催眠教室

紫音

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第四章

選んだ道

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 水無瀬が落ち着くのを待って、俺たちはその日のうちに天上先生のもとへと向かった。一度自宅に戻って制服に着替え、二人であの高校を目指す。
 タイムリミットである体育祭を明日に控えた今日は金曜日。他のクラスメイトたちは通常通り授業を受けており、天上先生も学校にいるはずだった。いくら授業を受け持っていないといっても、朝と帰りのショートホームルームでは必ず姿を現すのである。


「失礼します」

 放課後の職員室に、俺と水無瀬は揃って足を踏み入れた。デスクの並んだ室内には数人の教師が疎らに座っており、その中にあの白衣の美人を見つける。

「天上先生、今よろしいですか?」

 部屋の入り口から俺が尋ねると、手元のタブレットに目を落としていた彼女はやっとこちらを見た。

「あら? あなたたちは……」

 穏やかな微笑をこちらに向けた彼女は、不思議そうに首を傾げている。被験者の名前を全く覚えないという彼女は、おそらく俺たちの顔を見ても誰だか思い出せないのだろう。

「一年A組の、七嶋八尋と水無瀬澪です」

 こちらがそう名乗ると、彼女はやっと合点がいったような顔をして、

「ああ。私のクラスの生徒さんね?」

 すかさず手元のタブレットを操作し、俺たちの個人情報を確認する。
 脳科学の権威と呼ばれる天上先生はおそらく天才なのだろうが、ここまで人の顔と名前を覚えないところをみると、脳の機能の大半は研究に当てられて、どうでもいいことや興味のないことに割くリソースは限りなくゼロに近いのだろう。

「なるほどー。私の実験に反対していたお二人ですね。ちょっと場所を変えましょうか」

 促されて、俺たちは部屋を出る。
 水無瀬が不安げにこちらの顔を見たので、俺は「大丈夫だよ」と言って笑ってみせた。


          ◯


 そうして連れて来られた先は屋上だった。
 敷地内にある校舎の中で最も高い五階建て。端には手すりもフェンスもないので、一歩間違えれば簡単に命を奪われてしまう場所である。
 頭上いっぱいに広がる空は、すでに夕暮れ色に染まっていた。赤と青が入り混じる景色の遥か下で、グラウンドには野球部の声が響いている。
 高所恐怖症の人間なら絶対に訪れない場所だな——としみじみ思っていると、「さて」と天上先生が俺たちの注意を引いた。

「お二人とも、たくさん悩みましたね。気持ちの整理はつきましたか?」

 気持ちの整理。
 自分の心に覚悟を決めること。
 俺と水無瀬は互いの視線を絡め、深く頷き合ってから、再び先生の方へ顔を向けた。

「二人でよく話し合って、決めました。俺たちはやっぱり、あなたのやり方には賛成できません」
 
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