催眠教室

紫音

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第四章

無気力な日々

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「八尋。今日も学校には行かないの?」

 朝。自室のベッドに寝転んだままでいると、心配した母が扉の向こうから声を掛けてきた。

「うん。体調悪いから、今日も休む。天上先生に連絡しといてくれる?」

 五月の下旬。
 こうして俺が仮病で学校を休むようになってから、すでに一週間以上が経過していた。
 最後に登校したのは、ゴールデンウィーク明けの初日。一時間目のホームルームで、天上先生が俺や水無瀬たちを保健室に連れて行った日のことだった。

 ——幻聴の方はともかく、一番問題なのは『イマジナリーフレンド』の存在ですね。

 あの日、天上先生は俺に向かって、イマジナリーフレンドの幻覚症状を指摘した。

 ——あなたには、『乃々』という名前のイマジナリーフレンドがいますね?

 乃々は、すでにこの世にはいない。俺が高校に入ってからもずっと接してきた乃々の存在は、俺の妄想から生み出された幻覚だったのだ。
 俺と同じ高校の、紺色のブレザーを身にまとった乃々。やけに幼く見えたのは、その容姿が俺の記憶に残る中学一年生当時の彼女の姿だったからだ。
 彼女と二人で登下校をすると、周りからちらちらと視線を感じたのも、あれは周りから見れば俺は一人でべらべらと話す危ない人物として認識されていたからだ。前に水無瀬が乃々のことで何かを言いかけていたのも、きっとそのことだったのだろう。

(どうして今まで気づかなかったんだろう)

 乃々が死んだことを、俺は覚えていなかった。あまりにも辛い出来事で、俺の脳が勝手にその事実を忘れようとしたのかもしれない。

(確かに、忘れていた方が心は楽だったのかもしれないな……)

 乃々の死を思い出してから、俺はもう何もやる気が起きなくなってしまった。
 正直、息をするのも面倒くさい。
 このまま学校にも行かず、家でだらだらと過ごすだけの日々を送ろうか。
 あるいは天上先生の暗示にかかって、脳を直接弄ってもらった方がいいのかもしれない。
 もともと現実世界での俺はきっとそれを望んでいたのだから——と、そこまで考えたとき、枕元に置いてあったスマホが震えた。
 見ると、電話がかかっていた。画面に表示されているのは『色紙蒼斗』の文字。

(色紙……じゃなくて、九条か)

 現実ではまだ小学六年生であるらしい九条昴からの着信。珍しいな、と思いつつ、あまり気乗りはしなかったが、渋々応答ボタンを押して耳に当てる。

「もしもし?」

「いま家にいるだろ? 外に出てこい」

 いきなりの威圧的な声。
 まさかと思って窓の外を見てみると、家の前の道に一人の男の姿があった。学校の制服ではなく私服を着ているが、遠目からでもわかるそのスタイルの良さからして、そこにいるのが他ならぬ九条であることは間違いない。

「なんだよ。お前も学校をサボってるのか?」

「いいから早く出てこい。話がある」

 あまり気は進まないが、さすがに家の前で待機されていては断ることもできない。
 とりあえず寝巻きから私服に着替え、ボサボサの寝癖はもう諦めて、俺は家の外に出た。
 
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