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第一章 フーバスタン帝国編
第34話 〈ウイジン湿原!!〉
しおりを挟む今、俺達は冒険者ギルドに来ている。
理由はクエストの受注ではなく、色付きポーションの製作者、ボンズ錬金術師に面会を依頼するためだ。
「面会依頼……ですか?」
毎度お馴染みのベティだ。
「そうそう。ちょっと直接聞いてみたい事が出来て……一度先方に確認とってみてくれない?」
「分かりました。錬金術師の方はとても変わった方が多いので会って貰えない可能性も高いですが良いですか?」
先方に会う気がないのなら、それは仕方ない事だから了承する。
「では、返事が届き次第ご連絡します」
「お願いします」
「アッシュ終わった?」
突然会話に入ってきたのはミレーヌだ。
「終わったけど何だ?」
「私そろそろテイムモンスター増やそうかと思ってるんだけど……なんかオススメない?」
「え? それ俺に聞いてんの?」
「そうだけど?」
「あのなぁ……ここにそういう情報の専門家がいるじゃないの」
俺はカウンターの向こう側で、コチラをニコニコして見ているベティに目をやる。
「わ、私ですか!? そりゃ職業柄そういう情報に触れる事は多いですけど、専門家というわけでは……」
「でも俺よりは詳しいはず。そもそもこの土地出身じゃない俺に聞くなよ」
俺の意見は最もなはずだ。
俺はこの国のどこにどんな魔物が出るかなんて、全て把握しているわけではない。
出身国であるノルガリア王国ならまだしも、戦士になるまで来たこともなかったフーバスタン帝国の事は、知っている事の方がはるかに少ないだろう。
俺に言われミレーヌがベティに魔物の相談をしている。
間に入った方がいい気もするが、ベティなら悪いようにはしないだろう。
俺はそう思い、一人ベンチに腰掛けて待っているアンナのもとに向かう。
「よっこらせ……と」
「アッシュさん、ジジ臭いですよ~」
俺が声を出しながら座った事にアンナがすかさずつっこむ。
「ミレーヌちゃん、クッキーの次はどんな魔物をテイムするんですかね~?」
アンナはミレーヌにテイムモンスターを増やすことを相談されていたのか、俺より先に知っていた口ぶりだ。
「俺は不安しかないけどな……クッキーの面倒だってちゃんとみれないのに……ま、ベティがミレーヌ向きなのを教えてくれてるだろ」
「そうですね~。あ、ミレーヌちゃん話終わったみたいですよ」
ミレーヌが何やら満足げな顔で歩いてくる。
その背中越しに見えるベティの表情が、曇って見えたのは気のせいだろうか……。
……いや、気のせいではない。
ベティが俺に向かって、手を合わせてゴメンなさいのジェスチャーをしている。
果たして何について謝っているのか?
強い魔物を捕獲に行くと聞かないミレーヌを止めきれなかったのか、捕獲してテイムしても役に立たない魔物の情報を教えてしまった事なのか……ミレーヌの事だから、どちらもあり得るから困る。
「さ、準備は出来てるわよね? 行くわよ」
「行くって、どこに行くんですか~?」
アンナは当然の質問をするがミレーヌは着いてからのお楽しみだと言う。
「嫌な予感しかせんわ」
俺は不吉な予感を感じ、すぐさま腰の道具入れを見て、色付きポーションが各種入っているかを確認する。
「さぁ、私にテイムされるべき魔物が待ってるわ……ついてきなさい!」
そう言ってミレーヌはスタスタと冒険者ギルドを一人足早に出て行く。
「絶対ろくでもない魔物だぞ」
「そんな気配がしますね~」
ミレーヌの後に続かずその場に俺とアンナはとどまり相談をする。
「いざとなったら【目覚める力】を使って……」
「私の砂時計まだ落ち続けてるんですよ~」
そう言うアンナの砂時計は、ミレーヌを蘇生させた時から落ち続けていた。
かく言う俺の砂時計も、まだ砂が落ち続けている。
「く……ミレーヌ以外奥の手は使えないか……」
「何事もない事を祈りましょう」
バァァン!
冒険者ギルドの入り口ドアが激しい音を立てて開かれる。
「アンタ達はいつもいつも……何で着いて来ないのよ!?」
ミレーヌは怒気を孕んだ強い口調とドスドスと大きな足音を立てて俺とアンナに詰め寄る。
「はいはい、今行きますよ」
「ちょっと相談をですね~、オホホ」
一旦家に戻り、竜舎からパージ達を出して乗り込む。
「で? 目的地は?」
「だから着いてからのお楽しみよ! 私が先導するからはぐれず着いて来なさい!」
上から目線でそう言って、ミレーヌの飛竜ブーが地面を蹴り空へと飛び上がる。
続いて俺とアンナのパージとレイムズも空へと飛び上がった。
どうでもいい事なのかもしれないが、毎度毎度クッキーが当たり前のようにパージに乗り込んでいるのは何故なのだろうか……?
~数時間後~
「やっと着いたわね」
「この季節に飛竜で長距離移動はキツイ」
「鼻水が凍りました~」
俺達はウイジン湿原と呼ばれる湿地帯に降り立っていた。
このウイジン湿原は、ほぼ泥炭地で普通に歩ける場所は限られている。
「オイィィ……湿地帯来るならそう言ってくれよ。そしたら汚れてもいい格好で来たのに……」
「そうですね~、私も編み上げブーツで来ちゃいましたよ……」
俺とアンナはぬかるむ足元に早くもウンザリしていた。
「何よ、文句ばっかり。ここに目的の魔物が良く出るってベティが言ってたんだから仕方ないでしょ」
「いや、俺らは行き先さえ言ってもらえてたら、ここでも文句は無かったんだけどな」
「クッキーも足取られて歩きにくそうですね~」
アンナはぬかるみにハマって歩きにくそうなクッキーをヒョイと抱き上げる。
ミレーヌよ……あれは本来ならお前の仕事だぞ。
それで、俺たちは一体どんな魔物を捕獲しに来たんだろう。
「マッドデーモンよ」
「ふぁ!?」
「ブーーッ!」
アンナは水筒から飲んでいた水を吹き出し、俺は耳を疑った。
「だから! マッドデーモンよ!」
はい、解散。
勝てるわけがない。
マッドデーモンとは単独行動型の魔物で、身体は泥で出来ているのだが、デーモンという名なのに一見すると暗黒騎士のような姿で、何故か男心をやたらとくすぐるカッコいい魔物だ。
だが戦闘能力はすこぶる高くAランクに分類される。
数が少ないので滅多に会う事はない珍しい魔物である事も付け加えておく。
「勝てるわけねーだろ!」
「ミレーヌちゃん、よく考えて!」
ミレーヌはハンと鼻で笑い余裕を見せている。
「アンタ達バカなの?」
知力Gのオマエにだけは言われたくない。
「私の職業忘れたの? 魔獣使いよ!?」
「だから何だよ?」
ミレーヌは美しい桃色の髪をかき上げながら、理解しない俺とアンナにイライラした様子で説明する。
「私は魔獣使いよ。倒さなくてもいいの……そう、捕獲さえ出来ればね!!」
ミレーヌの叫びがウイジン湿原に響き渡る。
「……アカン」
俺とアンナは危うく冷たくぬかるんだ地面に膝をついてしまうところだった。
「バカだバカだとは思ってたけど、ミレーヌって本っ当にバカなんだな」
俺は身体から全ての力が湿原に吸い取られているような気にさえなっていた。
「ミレーヌちゃん……捕獲するにも魔物を弱らせなきゃダメなんですよ~……」
「え? 私スキル【捕獲】あるわよ?」
何それ初耳みたいな顔をするんじゃない。
「クッキーみたいに、ペットショップに売ってる魔物とは違うんだよ。野生の魔物は捕まりたくないから必死に抵抗するだろ?」
「だから、弱らせたところを捕獲するんですよ」
「……知ってた」
ミレーヌの瞳が右に左に大忙しだ。
「嘘つくんじゃねーよ」
「嘘じゃないもん」
「だいたいマッドデーモンなんて簡単に会えるわけねーだろ。会いたくもねーけど!」
「だってベティが目撃情報が多いのはココだって言うから……」
「そもそもなんでマッドデーモンをテイムしようと思ったんですか~? レベル差ありすぎて無理ですよ~」
俺とアンナでミレーヌを問い詰めると、昔から暗黒騎士っぽい出で立ちが気に入っていたそうだ。
「でも、今の俺たちじゃ無理だぞ?」
「何よ! 私が【目覚める力】使えば一撃で瀕死に出来るわ!」
「切り札をそんなしょうもない事に使おうとしてんじゃねえ! 俺とアンナは一回使っただけで、まだ砂時計の砂が落ちきってないんだぞ!?」
「そうですよ、ミレーヌちゃん。マッドデーモンは無理ですよ。単体で正規軍一個中隊を全滅させた逸話とかもある魔物ですよ!?」
俺とアンナの必死の説得が続くが、ミレーヌの決意は固く、やだやだ絶対マッドデーモンをテイムすると駄々をこねて聞かない。
「はあ、はあ……わかった。そこまで言うならいいだろう……ただし俺達が手伝うのは今日だけだ。今日遭遇出来たなら、捕獲に協力してやる。遭遇出来なかったら、綺麗さっぱり諦めろ」
「……わかったわ。私はベティの情報を信じる!」
こうして、ミレーヌの新しいテイムモンスター候補、マッドデーモンの捕獲作戦がウイジン湿原で開始された。
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