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第一章 フーバスタン帝国編

第30話 〈残った謎!!〉

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「しっかし、よく生きて帰れたもんだ……」


 俺は家のリビングで、新たに依頼していた分のポーションを確認しながら呟く。

 今回も青の濃淡意外にも、赤や黄色、緑といった様々な色のポーションが混じっていた。


「どれが効いたんだろうな?」

 僅かな可能性に賭け、アンナとミレーヌの亡骸に必死でポーションをかけた辛い記憶を思い出す。

 奇跡的にどれかのポーションが効いて、アンナが蘇生したから良かったものの、どのポーションに蘇生効果があるのかは把握出来てはいない。


 アンナとミレーヌ二人に同じポーションを使って、アンナだけが蘇生したと言う事は、そのポーションの蘇生効果も100%ではないのかもしれない……もしくは量の問題なのか、もしかしたら運の要素すら絡んでいるのかもしれない。

 だけど、こればかりは簡単に実証実験出来る事ではない。
 なのでこのポーションを調合したボンズ錬金術師に、話を聞くのが一番だろう。
 折を見てベティに打診してもらうとするか。


 それから、この砂時計だ。

 職を司る女神インティーナ様に貰ったこの砂時計、あの日からまだサラサラと砂が落ち続けている。

「物理的に、そんなに砂が入ってるわけないよな?」

 それなのに、魔導士の力が消えていったあの時から砂は落ち続けている。

 それを考慮すると、スキル【目覚める力】で過去の職業ジョブに戻った事と、この砂時計の砂は無関係ではないのだろう。
 この砂時計は明らかに反転する前と後では、砂が落ちきるまでの時間がハッキリと違う。

 例えば、この流れている砂が落ち切るまで、【目覚める力】は使えないとか……そして落ちきった状態から反転させると、再度砂が落ちきるまでは【目覚める力】が使えて過去の力を取り戻すことが出来る。
 こんな感じなのかもしれない。

 この砂時計についても実証は難しい……いずれインティーナ様に直接聞きに行くのが手っ取り早いだろう。


 そして最後に五分ゴブリンだ。
 これについても疑問点が多い。

 なぜフーバスタン正規軍が徹底的に魔物狩りをした後の、ウェイカプの町に出現したのか?
 なぜ本来は単独行動することが多い五分ゴブリンが、五体もの群れで行動していたのかだ。

 ゴブリン属の魔物は通常多数で群れを作っているが、五分ゴブリンだけは単独行動している事が多い。
 なので、特殊危険モンスターに指定されながらも、五分ゴブリンによる被害はそこまで多くない。
 単独で出現しても、発見さえ出来れば容易に逃げることが出来るし、遠距離攻撃で圧倒する事も簡単だからだ。



 考えても答えの出ない事かもしれないが、思考を停止するわけにはいかない。
 あの時、色付きポーションが奇跡的に効かなければ、俺はミレーヌとアンナを失っていたのだ。
 次に同じような事が起きないよう、そしてあの五分ゴブリンの出現が何者かが糸を引いて起きた事なのだとしたら、キッチリと落とし前をつけさせなくてはならないからだ。

 俺は一人、色付きポーションを眺めながら思考を巡らせていた。


「難しい顔して、どうしたんですか~?」

 突然アンナの顔が俺の視界を埋め尽くす。


「うおっ!? ビックリしたぁ!」

 家には自分一人しかいないと油断して、考え事に集中し過ぎて、用事を済ませたアンナが帰宅した事に全く気付いていなかった。


「ミレーヌもだけど出歩いたりして大丈夫なのかよ?」

 運良く蘇生出来たとはいえ、二人が少しの間心肺停止していたのは紛れもない事実だ。
 何らかの後遺症が残っていても不思議ではない。


「心配ないですよ。【目覚める力】で神官に戻った時に怪我は全快してましたから。ミレーヌちゃんだって私の魔法で前よりは元気なくらいですよ!」

 いや、お前が後遺症が残る云々言ってたんだけど?


「それよりもミレーヌちゃんが新しい防具が欲しいから、アッシュさんを連れてきてって頼まれて帰ってきたんですよ」

「いつもの店に行くのか?」

「ミレーヌちゃんはもう行ってますよ」

 俺はリビングに広げていたポーションを片付けて、アンナと家を出る。



「ミレーヌちゃん、ゴブリンに防具壊されちゃいましたからね~」

 五分ゴブリンに即死させられた後に、服をビリビリに破られていたからな。


「……てかよ、アイツ防具着けてたか?」

「え~と……冒険者の服着てただけですね」

 冒険者の服とは、別の地方では旅人の服とも呼ばれる、ただの頑丈な服である。
 大勢いる冒険者のニーズに応えるため、デザインはとても豊富だ。


「そんなんだから簡単に破られるんだよ」

「確かに皮鎧でも着ていたら、破られる事は無かったかもですね~」

 俺とアンナは、ミレーヌのバカさ加減に呆れながら武具屋に入って行った。



「ういーす」
「こんにちは~」

「お、来たな。謎の金持ちどもが」

「遅いわよ」

 雑談していたミレーヌとオヤッサンその2が俺達に気付く。


「否定はしないけど、謎の金持ち言うな」

「……否定せんのか……」

「そんな事よりアッシュ。ちょうど今相談してたんだけど、どっちの冒険者の服がいい? どっちも捨て難くて迷ってるの」

 その言葉にアンナの目から光が消えた。


「それを決めさせるためにアンナを使い走りさせて俺を呼んだのか?」

「え? そうだけど?」

 お前を蘇生させるために死力を尽くした俺とアンナに謝れ。


「もうどっちでもいいよ、そんなもんは! てか、両方買えばいいだろ?」

「ミレーヌちゃ~ん、ちゃんとした防具買いましょうよ~?」

 そのアンナの言葉に反応したのは、ミレーヌではなくオヤッサンその2だった。


「なんだお前ら!? 今日は防具買いに来たのか? ならオススメのがあるぜ?」

「アラ? 見せもらおうかしら?」

「さすが話が早いですね~」

「何だ? そのいつもと違う反応は……一応見るだけ見てみるか」


 オヤッサンその2が展示してあった革鎧をマネキンごと持ってくる。
 その動作にアンナが俺に耳打ちしてきた。

(オヤッサン兄弟の激アツ演出ありませんでしたね)

 うむ、無かったな。

 オヤッサン兄弟の激アツ演出とは、オヤッサンその2と、その兄であるアンセムの武具屋のオヤッサンが、掘り出し物を持ってくる時に一度バックヤードに消える動きの事だ。


 オヤッサンその2は、激アツ演出無しでミレーヌに皮鎧の説明を始める。

「コイツは、とある地方で最近まで暴れていた熊の皮を云々かんぬん……」

「…………」
「…………」

 タゴ・サクめ……皮まで売りに出してやがった。


「どう? 似合ってる?」

 ベルト・紺ベアーの皮と金属を合わせて作ったブリガンダインを試着したミレーヌが、クルリと一周回って俺とアンナに感想を求めてきた。

 ブリガンダインとは、主に胸部の保護を目的とした上半身用の軽量の鎧だ。


「い、いいんじゃないですか? 似合ってると思いますよ~?」
「お、おう。オマエが気に入っているのなら、それが一番だよ」

「気に入ったわ、コレ戴けるかしら?」

「毎度あり。いや~、オマエらは即決するから見ていて気持ちいいよ。コッチの冒険者の服はオマケで付けてやるから、好きな方持っていきな」

「本当!? ありがとう!」

 こうしてミレーヌは新しい防具として白熊のブリガンダインを購入した。


 ……可哀想なミレーヌ。
 自分が倒した熊の素材を他人が売却し、それを購入した武具屋が作った鎧を買ったのだ。
 本来ならミレーヌ自身が素材を持ち込み鎧の製作依頼をしていれば、おそらく今の半額くらいで購入出来たはずだ。

 あの時、ベルト・紺ベアーを持って帰る術が無かったとはいえ、タゴ・サクという中間業者を挟んでしまったせいで値段が吊り上がってしまったのだ。


「うふふ……新装備って何で気分が高揚するのかしら」

 ミレーヌは俺たちにご機嫌な様子でカーテシーをする。


「は……あははは~」
「良い鎧買えて良かったな」

 ミレーヌさえ良ければ、敢えて何も言うまい……というかミレーヌはその鎧が自分が先日倒したベルト・紺ベアーから作られた物だとは気付いていない。


「フ……馬鹿で良かったぜ」


俺達はこの後、いつもの食堂に食事に行った。

俺とアンナが、何も言わずにミレーヌに食事をご馳走したのは言うまでもない。
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