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第一章 フーバスタン帝国編

第8話 〈告白!!〉

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 ───カラン。

 朝をかいたグラスの中で、琥珀色の酒に溶かされた氷が音を立てる。
 ここは冒険者ギルドに併設されている食堂兼酒場だ。

「一体何なんだあの短剣は? 神官なんだから大人しく錫杖持ってろよ」

「いやいやいやいや。アッシュさんこそ、あのハンマーは何ですか?」

「コレか!? 星屑スターダストハンマーだが?」

 チラリとマントの中に隠されたハンマーを見せる。


「そうじゃなくて! なんで魔導士のアッシュさんがハンマーでイノブタ殴ってるんですか!!」

 それは現場でも説明した通り、近接攻撃の出来る魔導士になるためだ……なんて、とても言える状況ではない。


「……新しく買ったから、どうしても使いたくって……オヤッサンが勧めてくれたハンマーだから……」

「そんなこと言ったら私の短剣だって同じですよ!」

 念のために短剣を買った店を聞く。


「オヤッサン……」

 同じ店だった。
 あの商売上手め。

 このまま互いが互いのせいにしていても埒が明かない、俺はついに秘密を打ち明ける覚悟を決めた。


「実は俺……」
「実は私……」


 ん?


転職ジョブチェンジしたんだ!!」
転職ジョブチェンジしたんです!!」

「「え~~~~!!」」

 まさかのアンナと同じタイミングでの告白だった。
 アンナも俺が覚悟を決めた時に、打ち明ける覚悟を決めていたのだろう。


「やはりそうだったか。おかしいと思ってたんだ」

 クエストを受注した時の、受付の職員の反応がおかしかったのが、ずっと頭に引っかかってだんだよな。

 アンナが転職ジョブチェンジしてたのなら納得だ。
 アンナも女神インティーナ様の配慮で、冒険者カードに何らかの細工がなされているのだろう。


「やっぱりレベル1なのか?」

「アッシュさんも?」

 俺たちは黙ってお互いの冒険者カードを見せ合って笑う。

 アンナの冒険者カードを見た俺は、己の目を疑わずにはいられなかった。


 レイナ・フラン 19歳 女性

【S】〈盗賊シーフ

【レベル】1

 体力 ──F
 力  ──E
 耐久力──H
 俊敏性──C
 魔力 ──SS
 知力 ──F
 運  ──B

【スキル】罠感知、罠解除、盗む、追跡、鍵開け、残像、目覚める力

 となっていた。

 何より驚いたのは職業ジョブだ。
 聖職者である神官で【聖女】とまで称されたアンナが盗賊シーフ……世も末である。

 ただ、それで短剣を持っていたのは合点がいった。
 盗賊シーフの武器と言ったら、短剣かナイフが一般的だからだ。

 それにしても神官から盗賊シーフ……振り幅がデカい。
 対極に位置する職業ジョブと言えるだろう。

 いや、正反対の職業ジョブを選んだのは、俺も同じ。
 アンナも聖職者として振る舞わなければならない人生に疑問を抱いていたのかもしれない。

 引き継ぎステータスっぽいのは魔力か……羨ましいぜ。
 しかし、俺の戦士の冒険者カードと見比べると、スキルがモリモリあるな。
 まあ、純粋な戦闘職ではないから、ステータスが低いのが、スキルで補われているのかもしれない。


 一応、前のアンナの冒険者カードはこんな感じだ。


 アンナ・フランシェスカ 19歳 女性

【S】〈神官〉

【レベル】201

 体力 ──C
 力  ──D
 耐久力──D
 俊敏性──B
 魔力 ──SS
 知力 ──SS
 運  ──B

【スキル】古代魔法ロストマジック、奇跡、慈愛、聖者の波動、

古代魔法ロストマジック】は失われた古代の魔法がつかえる。魔王ランブローザに使っていた〈詠唱阻害魔法バベル〉などがこれに当たる。

【奇跡】成功率が決して高くない蘇生魔法の成功率が100%になるスキル。まさに奇跡である。
 もしかしたらアンナの抜群のプロポーションも、このスキルの副産物かもしれない。まさに奇跡。

【慈愛】支援魔法、回復魔法が範囲魔法になる。つまり一度の魔法でパーティー全員に支援や回復が行える便利なスキル。

【聖者の波動】アンナの近くにいるだけで体力の回復速度が上がる地味だけど超有能なスキル。

 これが以前のアンナの冒険者カードの内容だ。


 しかし新しいアンナのスキルは効果を聞く必要がないな、まるでコソ泥だ。

 ……ん?
 盗賊シーフになったアンナにも【目覚める力】スキルがあるんだな……これも偽名と同じで女神インティーナ様からの特典なんだろうか?


「アッシュさんは、なんで戦士に転職ジョブチェンジしようと思ったんですか?」

 俺の冒険者カードを見て笑っていたアンナが口を開いた。


「あん? ガキの頃憧れてたんだよ。それに後衛職だった俺は、一度でいいから魔物を思いっきりぶっ叩いてみたかったんだよ、ミレーヌ達みたいにさ。アンナは? 随分と思い切った転職ジョブチェンジだと思うけど」

 俺の問いにアンナは一呼吸置いてから答える。


「アッシュさんと同じですよ」

「ガキの頃盗賊シーフになりたかったの!?」

「ち、違いますよ! バカなんですか!?」

 俺は話の腰を折ったことを、手を合わせて謝罪する。メンゴ。


「私が孤児だったのは知ってますよね?」

 ……もちろん知っている。有名になってしまった今、世界中の人間が知っているだろう。


「孤児院で育てられ『星見の儀』で神官の才能があると判明してからは、聖人である事を強要されて育ちました。そして強くなれば強くなるほど、有名になればなるほど、私に聖人である事を人は望んだのです」

「…………」

「挙句の果てに【聖女】ですからね。聖人としての私を求められる事に、少しだけ疲れちゃったのですよ」

 なるほど……幼い頃から聖人としての生き方を強制されて来た反動というわけか……その反動が盗賊シーフを選ばせたというのも怖い話だが。


「そうか……でもこれで自由に生きられるな」

「はい! 共に一から頑張りましょう、アッシュさん!」

 もちろん共に頑張るが、これでパワーレベリングは不可能になったな。
 見せかけだけS級冒険者のパーティーだが、中身はレベル1同士の駆け出しも同然だ。

 ──いや、駆け出しでもレベルが1って事はないだろう。
 何かしらの経験でレベルなんて上がっているものだからな。


「そう言えば、アッシュさんはいつ転職ジョブチェンジしたんですか?」

「昨日だ」

「わあ、私と入れ違いですね~。私は一昨日です」

 もしかして王都フォルテッシモの教会にアンナが居なかったのは、転職ジョブチェンジするために、チンザノ島に向かってたからなのか!?


「えへへ」

 アンナがやけにニヤニヤしている……なんだか気持ち悪い奴だ。
 取り敢えず理由だけ聞いといてやるか。


「そりゃアッシュさんが私と同じ事考えて転職ジョブチェンジしてたのが嬉しいからですよ~。やっぱり仲間だな~って」

 そう言われてみればそうか……生まれ持った才能で職業ジョブが決められる世界で、禁止ではないが暗黙のルールで御法度となっている転職ジョブチェンジを、示し合わせてもいないのに仲間が同時期にやっていたら、そりゃ嬉しいか。


「そうそう……アッシュさんも、インティーナ様にこの砂時計貰いましたか?」

 アンナが手に持つ砂時計は、俺がインティーナ様に貰った砂時計と全く同じ物だった。


「ああ、コレだろ? 貰ったけど何なんだろうな?」

「持っていれば、いずれ判ると言われましたけど……まだ判りませんね」

「まだじゃないんだろ? その時まで大事にしまっておくさ」


 アンナと砂時計の話をしている時だった。


(アレ英雄の【聖女】様と【星屑】じゃね!?)

 誰か知らんが俺の称号を省略するのはヤメロ。


(【星屑】はともかく【聖女】様美人過ぎだろ!? スタイルやべーし)

 よし分かった! 表出ろやコラァ!


(嘘!? 私【拳帝】様の大ファンなんだけど!? カイ様はいないの!?)
(ここにお二人が居るって事は、【剣聖】ミレーヌ様もいらっしゃるのかな!?)

 俺達の顔を知っている冒険者が居たのだろう。
 ヒソヒソと噂話をされている。
 有名税というやつだな。
 ……だが何故に俺だけ省略された上に呼び捨てなのだ!? 解せぬ。


 冒険者ギルドの職員は、カードを見て俺達の名前を勘違いしているから騒ぎにならなかったが、冒険者カードを確認していない他の冒険者からしたら、やはり見た目で俺達とバレてしまうのだろう。


「出ようか」
「ですね」

 俺とアンナは、冒険者ギルドを出てミレーヌの屋敷に向かう。
 もしかしたらミレーヌが帰って来ている可能性に賭けたが、やはりミレーヌは不在だった。

 騒ぎになるのを避ける為、俺とアンナは元のパーティーの誰も住んでいない国で、大陸同盟ジャスティスにも参加していない国、北大陸にあるフーバスタン帝国でクエストを受注してレベルを上げる事にした。


グングンと高度を上げる飛竜から、小さくなる街々を見下ろし、一抹の寂しさを覚えながら、自由国家アンセムを後にした。
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