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第三章
第三章7 〈急襲〉
しおりを挟む「ヨシ! タロの出番だ……行ってこい!」
俺の言葉にタロがキョトンとする。
「行く? オコノヤキ買いにか?」
「バカね! 伯爵の調査に決まってんでしょ!?」
「え……オイラ一人で?」
「アンタ一人でよ!」
「いや……リリルもついて行って。タロ一人でイチから調べるより効率いいっしょ。タロいればよっぽど安全だろうしさ」
「「行きたくな~い」」
「頼むよ。こればっかりは俺やギルでは出来ないし……」
タロもリリルも心底行きたくなさそうだ。
まあ、リリルは危ない目にも遭ってるんだから、二度も行きたくない気持ちはわかるが、タロは何であんなに行きたくなさそうなんだ?
ただ面倒だからか?
「……オコノヤキ……」
「あ?」
「領都名物オコノヤキで手を打つぞ」
どんだけ食べたいんだよオコノヤキ。
「わかったわかった。ちゃんと調べて来てくれたら、好きなだけ食べさせてやるから」
「本当か!? なら行くぞ!」
「アンタねぇ……」
「リリルも行くぞ。レッツラゴーだぞ」
そう言ってリリルを連れてタロは走って行った。
さて、俺達は宿で待つとしますか。
◇ ◇ ◇
「ちょっとアンタ、正面から乗り込む気?」
タロは相変わらず何も考えていないのか、レイモンド伯爵邸の正門から堂々と入ろうとする。
「? ダメなのか?」
「門番に捕まってお終いよ。少しは頭使いなさいよ」
「ならリリルにはいい案があるのか?」
「……人気のないところから、塀を飛び越えて入れば良いじゃない?」
「ハッ」
なんかタロに鼻で笑われたんですけど?
「オイラの正面から乗り込むのと、大して変わんないからな」
「私一人なら空から簡単に入れるのよ! そもそもユウタがこんな明るい時間から潜入させようとするのが間違ってるのよ」
「仕方ないぞ。ユウタは頭イイ振りしたバカだからな。一番タチが悪いんだぞ」
「そうね。忘れてたけどユウタだもんね……過度の期待は禁物だわ」
私とタロは散々ユウタの愚痴をこぼしながら、伯爵邸の塀に沿って歩いていた。
侵入しやすい場所を探すためよ。
そして、ここからなら大丈夫かなって場所から侵入しようとした時だったわ。
「───!?」
タロが急に身構える。
「どうしたの?」
「殺気をぶつけられたぞ! 気をつけるんだぞ!」
「え!?」
タロが急に辺りをキョロキョロ見回す。
私もタロの頭の上から飛んで、上空から警戒する。
すると、伯爵邸の中庭に一人の女が立っていて、空に浮かぶ私を見ていた。
色とりどりの花が咲く伯爵邸の中庭に、何とも似つかわしくない黒い装束に身を包む女だった。
「タロ! 中庭に女が一人いてこっち見てる! 多分アイツが殺気放ったのよ!」
そう言うとタロがすぐさま塀の上に飛び乗った。
そしてその中庭から殺気を放つ女を見て、すぐさま私に言った。
「リリル……引くぞ」
そう言って塀から飛び降り、私を乗せて伯爵邸から離れる。
「タロどうした? あの女知ってるの?」
「知らないぞ」
「ならなんで逃げるのよ?」
「気付かれてる時点で潜入は失敗だぞ。それに多分……」
「多分?」
「この姿のままじゃ、あの女に勝てないぞ」
「……嘘……タロが!?」
「嘘なんかじゃないぞ。あの女はとんでもない使い手だぞ。この姿でも負けはしないかもしれないけど、勝つのは無理だぞ」
私は今更、あの女がどれだけの脅威だったかに気付く。
「アイツが見逃してくれて助かったぞ。正直あの女がいたら潜入はもう無理じゃないかな?」
「……なら帰って作戦会議ね」
私はユウタに、【思念通信】で作戦の失敗を告げ宿に戻った。
◇ ◇ ◇
「黒装束の女か……」
俺はタロとリリルの報告を受け、黒装束の女について考える。
「普通に考えたら、昨日の潜入騒ぎを受けての護衛だよな」
「そう考えるのが自然だぞ」
「伯爵かセバス、どっちの護衛かは分からないけどね」
今までの情報をまとめると、セバスの護衛の確率が高いだろうけどな。
セバスが何者だとしても、自分の腕に自信があるなら書状なんて搦手を使っては来ないはずだ。
そういう回りくどいやり方をしてくるのは、自分では大して戦えない頭脳タイプなんだろう。
もしくは、体調の悪い伯爵が雇った護衛かもしれないが、伯爵にはお抱え騎士団銀の翼があるわけだから、ティルトンなりに護衛させれば済む話だ。
「ありゃ相当な手練れだと思うぞ」
「タロが勝てないと思って引き返して来るくらいだから、よっぽどなんだな」
「私には強いとか分からないけど、空から見てたのに完全に目が合ってたからね」
「どうすっかな~?」
コンコン────。
俺たちが頭を悩ませていると、ドアをノックする音が聞こえる。
流石にさっきの今なので、タロが身構え俺もエクスカリバルに手を添えて警戒をする。
「俺です。ネスタです」
──ホッ。
なんだネスタか。
タロも警戒を解くが、タロの鼻に引っかからないとは流石斥候と言ったところか。
俺の【警戒】スキルも何の反応も示さなかった。
スキルが反応しなかった時点で敵ではないのかもしれないけど。
俺はドアを開けネスタを部屋に入れる。
「団長からの伝言です。屋敷にセバスが雇った護衛の女が居るので注意してくれとのことです」
「遅いよティルトン」
「え?」
俺はネスタにタロ達にあった事を話す。
「なるほど、一足遅かったですか。申し訳ない」
「いやいや、セバスが雇ったと分かっただけで収穫ですよ」
ネスタはその情報だけを伝えて帰って行った。
ふむ……女の護衛を雇ったのは、やっぱりセバスで間違ってなかったな。
さて、この後はどう動くべきか……もういっそ正面から乗り込んでやろうか。
コンコン────。
ん? ネスタの奴、何か言い忘れたのか?
俺がドアを開けようとした時だった。
「ユウタ! ドアから離れろ!」
タロが叫ぶのと同時に【警戒】スキルが反応して頭の中を警報音が鳴り響く。
警報音と同時に後ろに飛んだ俺の腹を、ドアを貫通して現れた鋭利な刃がギリギリを掠めて止まる。
「ユウタ!」
「あっぶね! もう少し長かったら刺さってたわ」
「なんでだ!? 全くニオイしなかったのに! 急に現れたぞ!?」
ドアに突き刺さったままの、おそらく刀であろう刃物がスーッと音も立てずに戻っていく。
まさか俺の【警戒】スキルとタロの鼻を掻い潜って襲って来るとは。
それともネスタにも反応しなかったし、斥候スキル持ちには役に立たないのか?
もしくは両方を掻い潜れるほどの腕の持ち主なのか。
そんな事よりどうする?
こんな狭い宿の一室じゃまともに戦えない。
かと言って外に出ても、昼間の人通りじゃ無関係の人まで巻き込んでしまう。
(リリル! 窓から出てギルの無事を確認してくれ!)
(わかった!)
リリルが窓からギルの部屋に飛んで行くのを確認してから、エクスカリバルを鞘から抜く。
「タロ、さっき言ってた奴だよな?」
「間違い無いぞ。いきなりニオイがしたからな」
ドアが音もなく開き、そこに黒い装束に身を包んだ一人の女性が立っていた。
手には短めの日本刀のような武器を持っている。
黒い髪に黒い瞳。
背も高いし、タイプ的に言えばアイラさんと同じだが、眼の冷たさが違う。
なんの温度も感じない瞳だ。
その目を見ていると、身体の芯が冷えるような気さえしてくる。
(ギルは無事よ!)
(ギル! 敵襲だ! リリルと一緒に昨日晩飯食べた店に行っててくれ! )
(了解です親分! 親分もお気をつけて!)
さて、どうやって切り抜けるかだけど……。
「この人、護衛ってより暗殺者かね……」
「そんな雰囲気だぞ」
「俺にも判る強者の気配……」
「ここじゃ変身出来ないぞ」
姿見せてから、全然動かないのが余計に怖い。
俺もタロも、そしてその女性も誰一人として動かないでいた。
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