41 / 75
第二章 エンドレスサマー
第二章幕間
しおりを挟む俺の名はジョルジュ。
孤高のスナイパーにして、ロッジ・メルビンの用心棒(自称)だ。
今まで俺は獲物を射抜く事で全てを勝ち取ってきた。
そんな俺が今となっちゃ、レナに叱られながらベッドメーキングをしたり、バンチの為に薪を割ったりと笑い話にもなりゃしねえ。
俺はスナイパーなんだ……こんな、のほほんとした毎日を過ごす為に弓の腕を磨いたわけじゃない!
愛弓ジークフリートも泣いているぜ。
全てを射抜いて来たそんな俺だが、一つだけ射抜けないものがある。
それは……女心だ!
……そう、俺は恋をしちまっている。
そのお相手は、アルモンティアのヤキメン屋台で名を馳せ、今ではここエンドレスサマーで『海の家カモメ』の女店主となったアイラさんだ。
黒髪のロングヘアーをポニーテールにして、今日もお客の為にヤキメンや料理を作り続けているのだろう。
そんなアイラさんの心だけ……心だけは俺はまだ射抜けないでいる。
俺はそれまで知らなかったんだ。
この俺の腕と愛弓ジークフリートを持ってしても、この世に射抜けない物があるなんて……な。
だが、最近のアイラさんの様子が少しおかしい気がする。
エンドレスサマーに来てからというもの、急に開放的な格好で仕事をしだしたのだ。
確かに魅力的で美しいのだが、嫁入り前の女性が肌をそんなに露出するものだろうか?
─────否!!
彼女はこの常夏の暑さにやられてしまっている!!
アルモンティアでの彼女と言えば、白いTシャツにデニムにエプロンと言った普通の格好だったのに、エンドレスサマーで暑さにやられ開放的になってしまった彼女は、上はビキニ、下はショートパンツにサンダル、それにエプロンと言うリゾートスタイルになってしまっているのだ!
……え? リゾートなんだから、リゾートスタイルで良いんじゃないかだって!?
良い訳がないだろう!
彼女は嫁入り前なんだぞ!
出来れば肌の露出は出来るだけ控えて欲しい。
それが俺の素直な感想だ。
そんな悶々とした、口にはできぬ感情をどうにか出来ぬものかと毎日自問自答を繰り返していた。
そんな時はナイトウルフ達の山を散歩するのが決まりになっていたのだが、俺はそこで禁断の扉を開いてしまった。
開けてはいけないパンドラの匣を見つけてしまったのだ。
ナイトウルフ達の山のとある一角から下を見下ろすと、なんとアイラさんとマルチナが住む家が見える事に気付いてしまったのだ。
しかも!
しかもだ!!
ここからは、アイラさんの部屋が丸見えなのだ。
アイラさんは普段から男勝りで姉御肌なところがある人だが、自分の家の裏は山だからと全く警戒していない……カーテンがいつ見ても開いているのだ。
そしてある晩、俺は遂に行動に移した。
俺の中の猛る衝動を遂に抑えきれなくなってしまったのだ。
はあっ……はあっ……はあっ……。
やめておけ、やっちまえよ……山を一歩登る度に、俺の中の天使と悪魔が交互に囁き続ける。
俺はナイトウルフ達がほとんど出払っていない夜、彼らの山の例の一角に、黒い格好をして来ていた。
そしてアイラさんの部屋に明かりがついていない事を確認してから、地面に伏せる。
ここからは忍耐力勝負だ。
だが耐える事には慣れている。
スナイパーは職業柄、狙撃などの依頼も多い。
狙撃の時は、ターゲットが現れるまで何時間も身を潜めている事もあるからだ。
飲まず食わずで息を潜め、周りの背景と一体化する。
そこに俺という個は無く、あるのは依頼達成への執念のみ。
今回も夜の山と一体化してアイラさんを待つ。
どれくらいそうしていただろう。
時間の感覚が薄れ、自分が山でうつ伏せに寝ている事すら忘れてしまう。
まるで自分が自然の一部になったようにさえ感じる。
今なら小鳥なども無警戒で俺の背に留まりそうだ。
それからさらに時は流れる。
そして、ついにその時は来た。
アイラさんが帰って来たのだ。
部屋に明かりが灯り、遠目にだが窓の向こうにアイラさんが確認出来る。
スナイパーの俺の目になら何とかなる距離だ。
「今日も一日お疲れ様です」
俺は小声でアイラさんの一日の労をねぎらう。
────……ゴクリ。
アイラさんが、トレードマークとも言えるポニーテールをほどいた。
────……ゴクリ。
その時が刻一刻と迫る。
案の定、アイラさんはカーテンを閉める素振りすら見せない。
────……ゴクリ。
アイラさんがホルターネックの水着の結び目に手を伸ばす。
────キタ。
と思った瞬間、マルチナが部屋を訪ねて来たのだろう、結び目に伸ばした手を下ろしてしまった。
「チッ!」
思わず舌打ちをしてしまった。
マルチナぁぁ! キエエェェェ!
俺がマルチナに苛つきを隠せずに足をバタバタさせたいた時、さらに俺に不幸が舞い込む。
ヤツから【思念通信】が入ったのだ。
(ジョルジュ~、何処にいる? レナとバンチが探してるんだけど)
俺は意を決して無視を決め込む。
(ジョルジュ~! あれぇ? おっかしいなぁ、聞こえてると思うんだけど……何かあったのかなぁ?)
何もないわ! まだ何もな!
頼むから俺の事はそっとしておいてくれ。
レナとバンチなど待たせておいても何も問題ないわ。
どうせ奴らの事だから、やれ薪を割れだの、やれ明日の予定の確認だのと、どうせ大した用事ではない。
────!!
ヤツからの通信に気を取られていたせいで、危うく肝心なアイラさんの動向から気を逸らしてしまっていた。
いつのまにかマルチナが居なくなっているではないか!?
────……ゴクリ。
再び止まっていた時が動き出す。
「ハッハッハッハッ」
「…………」
アイラさんが首の水着の結び目に手を伸ばす。
「ハッハッハッハッ」
「…………」
なんださっきからハッハ、ハッハうるさいな。
いまクライマックスなんだ、静かにしろや!
「ハッハッハッハッ」
「…………」
アイラさんがついに結び目を解き、水着を脱いだ。
──!?
かぁぁぁぁっ!
水着を脱いだタイミングで後ろを向いてしまったではないか!
着替えてしまう前にコッチを向かないだろうか……。
「ハッハッハッハッ」
「…………」
「ええい! うるさい! 犬じゃないんだから静かにしろ! 今一番大事なとこなんだよ!」
そう言って一瞬我に帰り振り返ると、ステアーと上に乗ったタロが俺を覗き込んでいた。
「こんな所で何やってるんだ?」
「いや……! その……少し考え事をだな……」
「こんな山の中でか?」
「う、うむ。静かだからな」
「うつ伏せに寝そべって?」
「少し眠気もあってだな……」
自分でも苦しいと分かる言い訳を続ける。
それよりもこのフェンリルの野郎が犬ころサイズの癖に、全てを見透かしたような目で、俺を憐んでいるような目をして見て来やがるのが気に食わない。
「サガ様! ここからアイラ嬢とマルチナ嬢の家が丸見えです!」
「な!?」
「ふーーん……」
ちぃぃ、このままでは変態覗き魔野郎としてアイラさんに嫌われてしまう。
「ほ、ほんとだ!? 偶然ここから見えるなぁ……全然気付かなかったよ」
「……オイラ達はユウタから連絡受けてジョルジュを探してたんだぞ」
「え? そ、そうなのか? それは手間を掛けさせたね」
「レナとバンチが探してるぞ。オイラが送ってやるからステアーに乗るといいぞ」
「どうぞ」
そう言ってステアーはジョルジュが乗りやすいよう身をかがめた。
クッソオォォォ。
あと一歩と言う所でぇぇぇ。
このままでは漢ジョルジュ死んでも死にきれん。
一目……一目だけでも!
そう思い隙を突いて下を見たが、既にアイラの部屋の明かりは消えていた。
……もう死のう……。
宿願も果たせず、変態覗き魔のレッテルを貼られて生きていくくらいなら、ドブに捨てられたゴミを見るよう目でアイラさんに見られる位なら、もう死のう。
「……今回だけだぞ」
「!?」
「今回だけは、何をしてたか内緒にしといてやるぞ」
「サ……サガ様ぁぁぁ! 一生着いて行きますぅぅぅ!」
「タロだぞ。サガと呼んで良いのはナイトウルフ達だけだぞ。出来ればタロって呼んで欲しいけど」
「サガ様、それは流石に……」
「分かってるぞ。だからステアーも今日の事は内緒にするんだぞ」
「はっ!」
「オイラも男だから気持ちは分からんでもないんだぞ。でも行動に移したら負けだぞジョルジュ」
「はっ! 二度と致しません!」
「さ……みんなが探してる。行くぞ」
こうして俺の夜は更けていった。
0
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します
名無し
ファンタジー
毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる