沖田氏縁者異聞

春羅

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第二章

第一話

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――パーン!

「次!」

――パァン!

「次!」

 ここは壬生浪士組の屯所。

 壬生村の八木邸と前川邸を借り切り、お世辞にも大人しいとは言えない浪人共が寝泊りしている。

 局長の一人・近藤勇は、京に来る前は試衛館という天然理心流剣術道場の道場主をしていた。剣の腕が頼りの浪士組で、真っ先に屯所にも道場を造らせのだ。

 今朝も厳しい稽古の音がこれでもかと屯所中に響いている。

「違う! そんなんじゃ実戦では通じない。躰で斬れ!」

 一際大きな厳しい声は、副長助勤筆頭であり剣術師範頭。天武の剣士などと称される、沖田総司。

「げっ! 今日の朝稽古は沖田先生かよ!」

「うわ、マジサボりてぇ! あれで試衛館塾頭時代よりは稽古が優しくなったらしいから驚きだよな」

「っつか、普段の沖田先生からの豹変ぶりはありえねぇよ」

 沖田は九歳の時、試衛館に内弟子として入門して以来その才能は凄まじく、十八歳で免許皆伝となった。いつも冗談ばかり言っているが、剣を持つとがらりと人が変わる。でも実際に人を斬ったことはまだ無い……とは兄貴分である土方が見ていればわかることらしい。

 稽古中には意外にも短気で負けず嫌いな面が顔を出す。明らかに格下の相手だろうが本気で打ち据えるから、常に人の輪の中心にいる癖に稽古中だけは疎まれていた。

「まぁ、そう言うなって」

「うわっ! はっ……原田先生!」

 道場の奥で、地獄耳ながらも知らん顔をする土方と違い、大声を掛けるのは原田左之助と藤堂平助。

「あいつだってお前らが斬られて死なねぇように、あんな稽古してんだからよ」

「総司くん、言ってたよ。“僕と稽古して一本取れていたら、そこら辺の人にはまず負けませんから”ってね」

 あいつ……んな生意気言いやがるのか、と土方は吹き出しかけた。

 一見仲が良いが、壬生浪士組の内には二大派閥がある。

 かつて水戸天狗党として尊王攘夷活動に奔走していた、筆頭局長・芹沢鴨率いる水戸派。他には新見錦、平山五郎、平間重助らが属している。

 そしてまだ江戸にいた頃試衛館道場に集まった、近藤勇を中心とした試衛館派。

 沖田総司、井上源三郎は、生え抜きの天然理心流。山南敬介、永倉新八、原田左之助、藤堂平助は元は別の流派を修め、近藤の人柄を慕って食客として居ついてしまった。今は副長の土方も似たようなものだ。その他に、第一次隊士募集で入隊した斎藤一。

 ここに挙げた者が、壬生浪士組の幹部である。

 まだ“会津藩御預かり”の待遇がそぐわない入隊したての平隊士達は幹部隊士二人に言い聞かせられ慌てて居を正して、入り口付近から中へ、半ば連行の格好である。

「だからなっ、総司もお前等の為にやってんだって」

「そうそう、愛のムチ!」

 一人の隊士が壁に打ち付けられ、悶絶しながら転がった。
 
「立て!」

 鍔迫り合いから突き飛ばした張本人が竹刀を広い肩に乗せて怒鳴っている。

「……多分」

 五人お互いに顔を見合わせて、顔を青くした。


 そう聞かされたのはいつだったか。

「月野……あんたのお父さんはなぁ、あんたの生まれる前、立派なお医者さまやったんよ」

 何となく悪くて、聞けずにいた本当の親のこと。ある日お母さんが教えてくれた。不憫に思い、ついてくれた嘘かもしれない。でもその日からわたしは、壬生村の外れにあるお医者さまのお嬢さんを妬み憧れた。

 自分と重ねていたのかもしれない。わたしの親なんて、貧困の末に娘を遊廓に売り飛ばすひとなのに。聞いたことが頭に染み付いていた……いいえ、ただの見栄かもしれない。

 いつも、医者の娘を恨めしく見ていた。あんな嘘をついてしまった。

 ごめんなさい、総司さん。

 この時嘘をつかなければ、わたしはあなたというひとを知らないまま表面ばかりを見つめていたでしょう。


「いってきまぁす」

「……ってあんた! まぁたお菓子買いに行くん?」

 菓子を買いに行くだけの割には少しお洒落した後姿を、先輩芸妓に呼び止められた。

「ええやん。好きなんやもん」

「太ったら、歳さま、来てくれなくなるで」

「……別にええもん……行ってきます!」

 芸妓としての毎日は、思ったより辛いものではなかった。前から踊りが好きだったので、人前で舞い、喝采を浴びるのは存外気持ちの良いことだった。

 そんな日々の合間に、よく菓子を買いに出かけた。出かける時はいつも落ち着かなかった。通り過ぎる人々を、きょろきょろと見回してばかりいた。


 丈の高い細身の躯。陽に透ける少し明るい色の髪。折り目がきちんと付いた袴。今日も刀を差していない。纏う空気さえ優しく見える。

「これと、これ……あっ、あと、それも! おねえさん」

「いややわぁ、そないなおべんちゃら言うて」

 総司さん!

 背中だけれどはっきりとわかった。声を掛けようか迷っている時、総司はくるっと振り向いた。

「月野さん! こんにちは!」

 安心する笑顔。はきはきした声。

 二人は一緒に、お菓子屋さんの軒先に腰掛けた。茶を飲みながら、とめどない話をした。本当に話が尽きなくて、よく笑い合った。

「でも、よく会いますね。月野さんも、この辺りに住んでいるんですか?」

「え……? はい……」

「やっぱり! もしかして、お家はお菓子屋さんだったりして」

「いえ、……小さな……医者……です」

「へぇー、すごいなぁ」

 いとも簡単に、月野の口は嘘を吐き出した。こんなに罪悪感のある嘘は初めてだった。とても総司の顔を見ることができず、ずっと俯きながら答えた。

 疑うことを知らなそうな青年。

 医者の娘という女が、まさか島原の芸妓だとは……月野が嘘を言うなどと露ほどにも思っていない相手を騙した。

 口にした途端に後悔して本当のことを切り出そうと顔を上げると、

「あーっ! この間のねえちゃんや!」

という元気な子どもの声がした。

 その子ども・ミチも軒先に腰掛けて、餡団子を頬張った。

「いっつもなぁ、うちが暇なときはそーじと遊んでやっとるんやで!」

「もう、ミチには敵わないなぁ」

 カリカリとおでこを掻きながら苦笑いをしている総司を見ると、ちょっといじめたくなる、ミチの気持ちが少しわかる気がした。

「あんなぁ、せやからなぁ、ねえちゃんも今度から仲間に入れたげるっ!」

「ほんと? うれしい!」

「約束やでぇ」

「じゃあ、指切りする?」

 ミチの元気な唄に合わせて指切りしながら、ふと総司の方を見た。すると総司もこちらを見ていたので、慌てて目を逸らそうとした。でもすぐににっこり笑ってくれたので、つられて笑顔になっていた。

 今が夕焼けの空でホッとした。きっと紅潮した頬を、赤い陽が隠してくれている。

 “身の程”は、十分にわかっているつもりだった。

 芸は売っても身は売らず、心は売らずの気高い島原芸妓を気取っても、所詮世間大半の人間から見ればただの遊女。

 いずれ正体が知れたら、本気で相手にしてくれるわけがない。

 今日会えたのはうれしいけれど、今以上に総司のことを知るのは少し怖くて、その理由もわかってきた。謀ってまで良く思われたい浅ましさに、心底嫌気がさした。


 置屋に帰るなり、またも先輩芸妓達に騒がれた。

「月野ー! 歳さまが来てはるよー!」

「そう……」

 呟いて自分の部屋に行こうとすると

「ちょお、どこいくん? 歳さま、あんたを呼んでるんよ!」

と、止められた。

 月野は心底、驚きの声を上げる。

「さっきから待ってはるんやから、はよ行き!」

「うらやましいわぁ。歳さま、同じ妓に二度会うなんて滅多にせえへんて噂やで」

 平手打ちにした上に枕を投げ付けるような芸妓に会うなんて、あのひと、おかしいんじゃないだろうか。それとも、あの時のお叱りを今頃受けるのでは。

 様々心配しながらも、念入りに支度をした。

 流行りの着物がお好きらしい洒落者なので、迂濶な恰好では行けないからと、自分にいいわけめいて聞かせながら。

「おおきにぃ」

 襖を開けると土方は、やはり澄まし顔で月野を見た。この流し目に世間の女のひと達は騙されるんだ、と思った。とびきりの美女さながらの顔からは、あの壬生浪士組の副長だなどと誰も想像がつかない。

 このひとの前だと、憎まれ口しか出てこないのは何故だろう。

「“くそガキ”をまた呼んでくれはるなんて、ほんに、おおきに」

「こちらこそ先日は格別のもてなし、いたみいります」 

 睨みつけても、澄ました顔は崩れることは無かった。

 そして酒を奨めても、全く口にしない。この前からずっとなので流石に聞いてみた。

「土方さま、どうしてお酒を呑まないのですか?」

 すると抜けるように白い肌をさっと朱くして、呟くように言った。

「……呑めねぇんだよっ」

 なんだか初めて弱みを見た気がして、少し嬉しい月野の頬が緩むのを遮るように続けた。

「んなことより月野、お前、俺に手紙書かねえか?」

「え? なんでですか?」

「何でってお前……ったく、色気のねえガキだな」

 振り上げた手の平は、土方の肩に届く前にしっかりと掴まれた。

「そう何度も食らうかよ」

 にやりと口元に笑みを浮かべている。

 あの……早く手を放してください……って、指を絡めないでください!

 言う間もなく、土方は続けた。

「俺宛の恋文を集めてな、故郷の奴らに送ってやるんだ」

 悪戯好きな少年のような表情で言った。

「……そんなの。わたしが書かなくても、もう沢山もらっているのだからいいじゃないですか」

「数は多けりゃ多い方がいいんだよ。いくら、くそガキからでもな」

 ……むっ……むかつくぅ!

 故郷に恋文を送るなんて、意外に茶目っ気のあるひとなのかなと思った。

 でもこの時、結局手紙を書かなかった。

 土方のしたことが、故郷に残した家族、親戚、友人達への、

「俺は京でも元気だ。心配するな」

という表現だったということに気付くのは、まだ先の話だった。


 いつも通りに足音を顰めて急に声を掛けて。

 慌てた豊玉宗匠・土方の俳諧がドタバタ仕舞われるのを待つのが、この部屋に入る時のお決まりの動作だ。

 でも今日は、それが聞こえてこない。

「……入ってもいいんですかぁ?」

「ダメだっつっても入ってくんだろ」

「よくおわかりで」

 スラリと障子を開けると、普段は几帳面に片付いて何も無い部屋いっぱいが紙だらけだった。

 よっぽど煮詰まって句作を?

「総司ほら、恋文」

 訊ねる前に、地顔とも言える得意気な表情をニヤリとする。

「ええ! こんなに?」

 思惑通りに驚いてしまった沖田に、さらに土方は

「お前な、誰に訊いてんだ。この二枚目を見てみろよ」

と自慢してくる。

「はいはい。どうするんですかコレ。天日干しにでもするんですか」

 その大量の紙束の内の一枚を摘まんでヒラヒラはためかせた。

「多摩に送るんだよ」

 故郷に……? 何の為に……って、自慢ですよね。

 おのぶさんに、また怒られますよ?

「実はどうにも難攻不落の女がいてな。試しに恋文捨ててみる」

 過去の女性の一掃、ってことですか。

 沖田の記憶の幼い内から近藤に

「こんの節操なしっ!」

と嘆かれていたバラガキ歳さんも廃業のようだ。

「肝心のその人には、お手紙もらったんですか?」

と、訊こうとしたが、途中から眉間の皺に気付きやめた。

「……へぇえ。てっきり土方さんは百発百中かと思ってました」

 フラれることなんてあるんですね。ちょっと見てみたいなぁそのひと。

「ひゃっぱ……そのガキヅラでそういう台詞吐くなよ」

「へ? なんでですか?」

 押してダメなら押し倒せって人だからなぁ……たまには引いてみたらどうですか?


 やけに澄んだ良く通る声で隊士を集めるのは沖田総司。こんな時でもへらへらしている。

「新入隊士のみなさーん! こちらに集まってくださーい」

 正反対な程反りが合わなそうな印象の、山崎烝に呼び掛けた。

「すーすむさんっ!」

「……沖田先生。大丈夫です。聞いていますよ」

「あーやしいですねぇ。ぼーっとしてちゃあダメですよぉ」

 どっと、隊士達の笑い声が上がる。

 不意に肩を叩かれた山崎だけは、いつのまに横に立っていたのだと、眼を見張っていた。その表情が感心に変わる合間、総司は頬を膨らませている。    

 いい加減、そんなガキみてぇな面は止せと、広場を望む縁側から苦々しく思うのは土方だ。

「失礼致しました。どうぞ、続けて下さい」

「僕だって、遊んでたところを鬼副長に引っ張って来られたんですからぁ」

 いじけるのも止せ。それも俺が見てる前でよく言いやがった。

「それと。“先生”は、いりません。なんかこう……むず痒いです」

 本当に首筋を掻きながら笑う。俺が見てても効果ねぇな、と土方は溜め息する。新人指導を任せてみたが、これじゃあ示しがつきやしねぇ。

「では、お話しますよー」

 隊士達の前に戻りながら言った。

「んー……隊務というと、当面は京に集まってきている“不逞浪士”さん達の捕縛に、討伐ですかねぇ。彼等、思想的には僕達と近いらしいんですけど、すこーし、過激みたいなんですよねぇ」

 “自分の考え”というものは昔から薄い。全て、他人から聞いたことを客観的に述べるだけの説明に聞こえる。
人間を観察して人と成りを分析する癖は性分なのだろう山崎は、そんな感想を持った。

「おう、沖田! 君も行こうでは無いか!」

 芹沢鴨。武士然とした大きな人物である。立派なのは体躯だけでは無く圧倒する“人物”の大きさだ。

「おはようございます! 芹沢局長!」

 新入隊士達が一斉に挨拶した。全員漏れなく、気圧されている。この気迫に動じていないのは、土方と沖田くらいだ。

「わあい! どこへ連れてってくれるんですかぁ?」

「仕事だ仕事。大坂へ行くぞ」

 あの芹沢がこんな優しげな顔をするとは。意外な一面に驚く間に、沖田は同行を即決した。

 野郎、俺に目配せすらしやがらねぇ。許可を求められたところで、勝手にしろとしか言ってやらねぇが、と土方はいじけているように見えないでもない。

「では説明はこの辺で。皆さんは剣の稽古でもしてみてください。あなた方の一番の仕事は“死なないこと”ですからね」

 皆散り散りになると沖田はすっと山崎の元へ向かい、口元だけを動かせて耳打ちした。土方が、山崎に仕事を任せると伝えておけと言ったからだ。隊内外を探り、疑わしい隊士の調査や不逞浪士共の潜伏先を捜す、今後土方の右腕になる仕事だ。

 本人にしか聞き取れない、低く小さな囁きだった。こう言われたと、後からぼやかれた。

「随分、人を見ていらっしゃいますね。浪士組の“諸士調役・監察”に任命されちゃいましたよ、山崎烝さん」

 背筋が凍ったという。

 山崎が振り向くと、いつものにやけ顔に戻っていた。

「じゃ、行ってきます!」

 次に土方に視線を向ける。役職を与えた人物が誰であるか、わかっているというように目礼した。


 沖田が出かけて行ったのは本当に仕事で、大坂の取締である。

 王城の都・京を目指して来た浪士共が吹き溜まり、決まって行う乱暴狼藉に手が付けられなくなった上での要請だ。

 しかしこの町は古くから大坂町奉行所が治安維持をしていた。新参者でその上、江戸の浪人の集まりである壬生浪士組が歓迎される訳はない。

 むしろ、奉行所の与力には何故かことある毎にいちゃもん付けられて恨まれている。

 無事に仕事を終えた後に事件は起こった。あまりの暑さに閉口した芹沢が、舟涼みをしようと提案したのだ。

 元々四角い顔をさらに強張らせながらの近藤の横で報告を受けたが、芹沢とは同門の神道無念流、一時期同じ道場に通っていた旧知の仲で、今でも割と馬が合うらしい永倉もほとほと参っている様子だ。

「新八さんっ! 見てくださいっ、いーっぱい魚がいますよっ」

「おぅ……って総司、身ぃ乗り出して落っこちるなよ」

 舟上にいるのは、芹沢、山南敬介、沖田、永倉、斎藤一、井上源三郎、原田左之助、平山吾郎、野口健司、島田魁。

 勿論、宴会の最中である。

「はぁい。……あれぇ、はじめさぁん、なんか顔色おかしいですよぉ?」

 顔面蒼白状態の斎藤が舟縁に頬杖をつき、俯いている。

「うわっ! 斎藤、どうした? さっき食った鮒寿司にでもあたったか?」

「……いや……っ……」

 普段無表情を崩さすにいるのにその眼をぎゅっと錘り、やっとで声を出している。

「酔っちゃったんですかっ?」

 沖田はいつも楽しそうにしているが、こんな時まで嬉々として見えるのは気のせいか? 永倉は、

「まだ人を斬ったことは無いらしいが、その時でさえ笑っていそうな奴だ」

などと付け加えた。

 山南に促され、永倉は報告を続ける。

「おぅい、芹沢さん、すまんが舟を停めてくれ」

 永倉曰く、普段空威張りをして暴れていても性根が好人物な芹沢は、すぐに舟を河岸に着けるよう船頭に言った。

 舟から降りた後、すぐに斎藤の介助をした。一方芹沢は独り、往来に出て行く。斎藤を休ませる為の宿でも探しにいったのだろうと誰もが思った。

「ぎゃああああっ!」

 腹の底に響くような咆哮のした方にすぐに向かった。駆け付けると、血刀を下げた芹沢の前に角力取が倒れていた。肥えた腹が一刀両断されている。

「なっ……! どうしたんだ芹沢さんっ!」

「こ奴が、わしの前に立ち塞がり、通せんぼうをしたのだ」

 ぶっきらぼうに、そっぽを向いている。まるで悪びれた様子は無い。

「それだけで罪の無い町民を斬ったのですか、あなたは……!」

 常識人である山南が呆れ顔で言った。

「その町民の分際で、わしを馬鹿にした。無礼討ちだ!」

「局長さん、あんたやり過ぎだぜ! 大坂を守りに来た俺達が、住んでる奴斬っていいのかよ!」

「原田ァ! 貴様、芹沢局長に盾突くか!」

 喧嘩っ早い原田と平山が、今にも掴みかかりそうになるのを皆で止めている時、永倉は鮮血を浴びた角力取の顔を見てはっとした。

「おい、……こりゃあ小野川部屋の熊川とかいう角力取じゃねぇか」

 いくら京に来たばかりの者達でも知っている名力士の名に、一同驚嘆した。

「いかんなぁ……看板力士を斬られちゃあ、向こうはただでは帰さないだろうなぁ」

「源さん、んな呑気な」

 そうは言っても、既に夕刻。斎藤の具合のこともあるので、住吉屋という遊郭に登
楼することにした。

 この間中、沖田はかっ捌かれた肉厚な腹の切り口を、まるで芹沢の腕を確かめるよ
うにマジマジと見つめていた。


 芹沢達は着いて早々宴会を始め、沖田と永倉は斎藤の床の傍についていた。

「はじめさん程の剣客でも苦手なものがあるんですねぇ」

 沖田はやはり嬉々とした様子で、斎藤にいろいろと軽口を言った。元々人をからかうのが生き甲斐と言わんばかりだから、こういう時は俄然張り切っている。真顔で黙る斎藤……沖田としてはこの反応も楽しみなのだろうが、見兼ねて止めてやった。

「あんまり斉藤をいじめんなよ、総司」

 そう言いながらも、いつも通りな沖田に内心ほっとして、先刻の雰囲気は俺の気の所為だった、と永倉は笑う。

「うおぁっ! なんだあれ?」

 原田が窓の外を見ながら頓狂な声を出した。

「どうしたぁ、左之」

と、腰を上げる。だが窓を覗き込む必要も無く、すぐに原因がわかった。

「浪士共ォ! 出て来い!」

 地響きと罵声。何十人もの角力取が押し寄せている。中には芹沢を名指しで罵倒する者もいた。


「こいつら、どうやってここを調べやがった」

 平山が八角棒を握る角力取り達を、苦々しい目付きで睨みながら吐き捨てた。

「“あれ”を斬った時に逃げた付き人に、わしが教えた」

 何食わぬ顔で芹沢が片頬を上げる。

「芹沢鴨は逃げも隠れもせん!」

 下の連中に大喝し、大小二刀を腰にねじ込んだ。

 敵の名を名乗る男を目すると角力取達は一層閾りたつ。

「腹ごなしだ。一つ暴れるぞ!」

「応!」

 芹沢と平山が床を鳴らして出て行く。

「局長!」

 山南は当然止めた。

 まずいことになった。あの体格と人数相手では芹沢もただでは済むまい。

 勿論助太刀はする。かといって、大坂の力士を浪士組が斬り伏せるのは……。

「局長に斬られる前に、伸してあげればいいんですよ」

 言うより疾く、沖田は二階からひらりと飛び降りた。報告を受ける近藤は今更、頭を抱えながら聞いている。

 乱闘の中で、嬉しそうな芹沢の声が響いた。

「おお、来たか!」

「……微力ながら」

 言葉と同時に素早く腰を落とし、数人の角力取の間をすり抜けた。音を立てて倒れた躯に斬り口は無い。

「ばっ……あの人数全員相手に峰打ちは無理だ!」

 でも、こいつらとなら……。

「行こうぜ! ぱっつぁん」

「斎藤くんは寝ていなさい」

 原田と山南に科白を取られながらも刀を佩き、永倉も階下に走り出た。温厚な山南の勢いに、講釈でも聞いてるつもりか土方はつい吹き出した。

 角力取の方には四、五人の死者と手負い二、三十人が出た。沖田は瞼の上辺りを打たれ血が流れ目を覆っても、あの早業は衰えなかった。永倉も知らぬ間に、島田の剣先に左腕を掠められていた。

 その後近藤に事の次第を話したのは、八軒屋の宿である京屋。

「血相変えてさ、俺ぁ殴られるかと思ったぜ」

 永倉がヒヤリとしたのは柄の間で、すぐに事件を奉行所に届け出た。

「向こうの謂われのない無礼により、やむを得ず斬ったと言っておいた」

 流石は、一組織の長である。だがこれだけで終わらないのが近藤の人好きのするところだ。

 一悶着やった小野川部屋の連中と酒宴を催した。酒の席で互いに詫び合わせ、京坂合併の相撲大会の開催と手伝い迄申し出た。

 すっかり両者を宥め、取り持ってしまったのだ。


「なんか……痕残りそうだな、その傷」

 沖田の瞼の上に目を遣りながら、土方は苦々しく言う。

「あはは、女の子じゃないんですから、傷くらい付いてたってどうってことないですよ」

「わざと、んな血の止まんねぇ所に傷こさえる位だからなぁ」

「えぇ? ……やだなぁ、変な土方さん」

 やっとできた瘡蓋の辺りを掻きながら眼を細める沖田の手を、掻くなと退かした。

 こちら側にも怪我人がいる方が向こうの怒りが鎮まり易い、近藤さんの顔が立つ、とでも考えたのだろう。そう思うといつも以上にこ憎らしく見えて、土方は浅黒い額を小突いた。

 あの後本当に京坂相撲大会は実現した。大盛況で互いにより親交を深めた。

 しかし、いい顔をしない者が一人いた。

 芹沢鴨だ。

 根っからの武将気質である芹沢は、労働をして金を得ることを良しとしない。試衛館派のしたことを商人の真似事だと非難し、近藤のことを影では、あのドン百姓めが、と罵っているとは、知っているのは土方のみだった。

 まともに考えれば、一つの組織に長が二人いるのは異常である。

 傍から見る者は皆、二人は当然対立していると考え、自然と派閥が生じた。だが当の二人は、仲が悪い所か人格の根底に確かに通じるものが合ったのだ。

 江戸から京への道中で、宿割役を命じられた近藤が芹沢の宿を取り忘れたことがあった。勿論芹沢は激怒し宿の用意ができたのも聞かず、本庄宿の真ん中で野陣だと云い篝火を炊いた。町民の家々は所狭しと建っているので、少し

 でも火が点けばたちまち大火事になる。

 近藤がいくら謝っても無視を決め込む芹沢に、試衛館の連中は遂に斬りかかろうとした。それを近藤は、

「これは私の責任だ!」

と諌め、なお土下座をして謝った。

 この姿に、芹沢は自分と同じ武士の誇りを感じたのだろう。

 火を消して用意された宿に入り、試衛館の面々を全員呼んで飲み明かした。

 その後も何かと意気投合し、江戸に戻ると言う浪士隊の発案者・清河八郎に対立した京残留組の仲間になっていた。

 居候している家の葬式の際、自ら買って出た受付を務めている間に、いい大人が暇を

 見付けては落書きをして遊んでいる程に仲が良かった。近藤が言うには、芹沢は絵が上手いらしい。

 二人の間に亀裂が入ったのは、思えばこの時からだったのだろう。


 土方は、また来ていた。

 月野の評価に寄れば、自分は何の気も利かない新人芸妓でその上、平手打ちして枕まで投げ付けたのに、余程変わっているひとか、おかしがってからかっているのか、とにかく不思議なひと、といったところだ。

「イテッ」

「え? どうしたんですか?」

 それもあまり酒は飲まない方だ。自分から銚子を持つのが珍しいなと思えば、途端に腕を押さえた。

「ああ、稽古中にちょっとな」

 副長さんをそんな風に打ちのめす人がいるんですか?

 そんなに強い人が……それにそんなことが許されるんですか?

 遊郭と一緒にするのは失礼だけれど、島原同様、壬生浪士組も上下関係にはとても厳しいらしいのに、やっぱり稽古も島原と同じように無礼講なのかなぁ。

 着物を捲くると大きな痛々しい痣ができていて、その衣が掠るだけでも少し眉を歪めていた。

「い、痛そう……お薬お持ちしましょうか?」

「いや、いい。俺、薬はこれしか効かねぇから」

 懐から取り出した袋には“石田散薬”の文字。

「あ!」

 思わず大きな声を出した月野に土方も驚いて、普段は冷たいくらいに整った眼を張った。

「知ってんのかよ?」

 結構有名なお薬だったんだぁ……わたしはこの前いただいたのが見るのも飲むのも初めてだったけれど。

「はい! すっごく苦いんですよねぇ。お酒で飲むんですって! ご存知でした?」

 月野は感心しきりだというのに、土方はちょっと首を傾げ気味……の後はなぜか少し得意気だった。

「焼酎だろ。よっくご存知だぜ」


 一方翌日、また菓子屋で総司を見つけた。やはり一人で抱えるのが大変そうな程、お菓子を買い込んでいる。

「総司さん……っ」

 広い背中に向かって声を掛けた。呼び掛けるのに慣れず、なんだか声が上擦ってしまう。

「あっ月野さん、やっぱり来たぁ」

 いつもの笑顔でやっぱりなんて言われてしまうと、待ってくれていたのかもと月野は期待してしまう。

 総司さんは全然意識していないんだろうなぁ。

「またお菓子ですか?」

「あはは、あなたこそ」

 いえ、わたしはあなたに会いたくて……などと、絶対言えなかった。

 見慣れた景色なのに、この姿越しに見る世界は別物みたい。ここが落ち着くのは、のどかさのおかげだけじゃない。

 壬生寺の境内に腰掛けて菓子を食べながら話をしていると、突然訊かれた。

「月野さんは……気にならないんですか? 僕が、どんな人間なのか」

 急に真面目な顔になる総司の双瞳を驚いて見返すと、ふと眼を逸らされた。

「どんな人間って……」

「例えば……身分、とか」

 横顔でよく見えないものの眉を顰め、なんとなく表情が曇っている。

「……うーん、じゃあ……わたし、当ててみましょうか?」

 いつもの元気な総司に戻って欲しくて、切り出してしまった。

「まず、お家はお武家様ですよね」

「え?」

 やっとこっちを向いた顔は、少し意外そうだった。

「いつも袴の折目がしっかり付いているからかなぁ。それに、きちんとしているし」

月野は随分細かいところまで見ている。総司は瞳を細めた。

「……でも、剣術はからっきしなの!」

「……っ!」

 もなかを喉に詰まらせてお茶で流す、まるで子どもの仕草を見て思わず笑った。やっとで落ち着くと、目をぱちぱちとさせながら大きく息を吐いた。

「な、なんでですかぁ?」

「だって、猫背じゃないですか」

 背は高いのに少し丸っぽい猫背。剣術は姿勢が大事だ、と聞いたことがあったのだ。

「あはは! ひどいなぁ……他にはどうです?」

 自分のことなのに、何か楽しい物語でもせがむような表情になっている。

「そうですねぇ……道場主、なんて合ってるかも! ひとに教えるのは上手で、近所の子ども達を集めて毎日楽しそうに稽古してるんです。どうですか? 当たってます?」

 元気づける為どころか、本気でそう思った。

 だって総司さんには良く似合うお仕事だ。

「ふふ。さあ、どうでしょう?」

「もう! ずるいです!」

 頬を膨らませると、悪戯をした後の少年のような顔でしばらく笑っていた総司は、急に身体を向けて思案顔になった。

「月野さんは……立ち姿や仕草が綺麗だから、舞を舞ったりしたら似合うだろうなぁ……きっと、天女さんみたいですよね……あれっ……!」

「えっ?」

「あそこ……! 猫が」

 指で差し示された方を見ると、大きな木の上で真っ黒な子猫が下に降りられずびくびくしている。

「僕、行ってきます!」

 そう言って走っていくと、するすると木の上に登って行ってしまった。

 子猫に悪いと躊躇しながら、月野はその間中、さっきの言葉ばかりが気になっていた。

 ゆっくりと近づき、子猫を自分の懐に大事そうに潜り込ませると、またするすると木から降りてくる。降りて来て懐から出すと、急に暴れて素早く遠くへ逃げてしまった。

 総司は振返り、月野が見ていたのに気がつくと、にこにこしながら帰って来た。

「はは……嫌われちゃいました……」

 少し溜め息交じりに呟いた。動物が好きそうなこの青年は、とても残念そうに苦笑いになった。

「……あっ! そんなことないですよ!」

 月野の声で子猫の走って行った方を振り向くと、さっきの子猫は遠くからじっと総司を見つめている。勝手な想像かもしれないが、何となく、すまなそうな顔に見えた。

「行っていいよ」

 そう言って総司が手を振ると、今度は本当に帰って行った。

「総司さん、髪が……」

 木の枝に引っ掛かってしまったのか、髪が少し乱れている。

「あれ……」

 すぐに元結を外し、結び直そうとした。

「痛……っ」

 びくっとして髪から放した指を見ると、少し深目に引っかき傷が付いている。じんわりと、血が滲むのを総司は唇に含んだ。

「あ……さっきの子猫に……あの、わたしに結わせてください」

 思わず、言ってしまった。こんなの絶対に困った顔をされる、と半分後悔したが、総司は笑顔で、

「お願いします」

と、背を向けた。

 見た目よりもずっとさらさらとした髪の毛に触れると、思ったよりもずっと胸が鳴った。髪に通す指先が、脈を打つように熱い。

「これで……結ってもいいですか?」

「え?」

 振り向くと、まとめかけていた髪の毛が少しはらりと落ちる。

「あ……ごめんなさい」

 そう言って、またすぐに顔を戻した。

「綺麗です……紫の元結ですね。ありがとうございます」

 明るい声が嬉しかった。いつも元気で優しいと感じているのに、何故か紫が似合う気がして選んだ。

「あの時の、お薬のお礼です」

 本当は喜んで欲しいだけ……というよりも、何か身に付けてもらえるものをあげたかった。

「ああ……! どうです? 効きましたか? あの薬」

「はい。でも、すっごく苦かったです!」

 総司はお腹を抱えながら笑い出した。

 この日……別れ際に総司は、またと言った。特別会う約束などしないのに、何故かまた会えると信じられた。


 夕方になるとまだ肌寒く、渡り廊下を通ると、少し火照った頬に気持ちの良い風が当たる。帰ってから急いで支度をし、土方が待つ部屋の襖を開けた。

「逢いたかった、月野」

「おおきに。……その言葉、何人のおなごはんに言わはるんですか」

 いつも通り澄ました顔で澄ました科白を言われると、ついこんな返事をしてしまう。

 どうしてこのかたに会うと、いつもよりもっと可愛い気がなくなってしまうのだろう。

 こんな新人にせっかく付いてくれたお客様なのだから愛想良くすればいいのにとわかっていても、土方にはできないのが不思議だった。

「相変わらずのムカつくガキだな」

「……っわたしだって! 天女みたいだって褒められたんですから!」

 溜息混じりに言われた言葉にかっとなって、つい声を大きくした。総司に言われたことをもう一度自分の口で言うと途端に恥ずかしくなり、顔が赤くなっていくのを感じた。

「はぁ? 天女だぁ? どこの気障野郎に言われたんだ」

 俺でも言わねぇぞ、と土方は苦々しく片眉を上げる。

「キザだなんて……そんなことありません!」

 何、顔真っ赤にしてんだよ。

 ムキになってそいつを庇う月野に、イラついている自分がいる。

 その野郎が気にいらねぇ。

 なんで……こんなイラつくんだ。

 土方は、月野を残して部屋を出た。

「あ……っ土方さまっ」

 席を立った時、珍しくしおらしい声で呼び止められたが応える余裕が無かった。

 ……余裕が無ぇ……? 自分が……自分じゃないみてぇだ。

「便所」

 短く返し襖を閉めた。

 何マジにムカついてんだよ……。ありえねぇ。

 まさか……妬いているのか?

 二人の心中に同じ疑問が湧いた。

 でも、土方さまがどうして……。

 月野にはそれすらわからない。

 こういう時、他の芸妓達なら追い縋るのだろう。十綾天神なら。

 考えて、もう少し考えていたなら、普通の芸妓みたいに可愛らしく追い掛けたかもしれない。でも月野の心は土方の羽織の懐にちらりと見える、手帳に移ってしまった。席を立つ直前に無造作に脱いで、几帳面な土方に珍しくそのままドサリと置いて行ったものだ。

 そもそもこういう時にすぐに追い掛けずに、どうしようか考え込むのが可愛くないと、開き直りもした。

 好奇心に呆れながらも、気になって仕様が無い。

 ……ごめんなさいっ!

 もう少しだけ覗かせて、表紙を見た。

『豊玉発句集』
 

 泣きそうな声だった。

 独り、部屋で待つ姿を思うと土方の帰る足は速くなる。気恥ずかしくなり、 何食わぬ風で部屋に戻った。

 ……げっ! なに見てんだよっ?

 月野は土方の句帳を開いていた。

 土方は密かな趣味で句を詠む。だが褒められたことなど一度もない。沖田などは詠んでいると決まって邪魔しに来て、出来上がった句を見ては涙を流して笑い転げる。

 まだ江戸に居た頃の句を集めたのが、今、土方が入って来たのにも気付かずに熱中している句集だ。

「おい」

 勿論、自分が詠んだなどと言えない。どうやって言い繕うか……内心穏やかになれないまま声を掛けた。

「土方さま……この句集……」

「あー、そ、それはだなぁ……」

 やべぇ、目が泳ぐ。

「……あっあの、勝手に見たりしてごめんなさいっ! わたし……すごく、好きです」

「……は?」

「好きです、この句! ……とても……純粋で素朴で……大好き!」

 容赦無く真っ直ぐに見つめてくる双瞳を、まともに見ることもできない。瞳に吸い込まれるのが怖くて、目を合わせられない。それぐらい……それぐらいに魅きつけられる。

 ……魅きつけられるって……。

 土方は青くなる程の意外さを、自分の心に感じた。

「誰が詠んだんですかっ? 土方さまのお知り合いですか?」

 突っ立ったままの土方を、また見上げる月野。あれだけ好きとか言われた後では余計に言えやしない。

「気に入ったんならやるよ、それ。俺には良さがわかんねぇし」

「ほっ、本当ですかっ? ありがとうございます!」

 女の喜ぶ顔がこんなに嬉しいものなのかと、何度も驚かされる。

 月野はまた句帳に目を落として、熱心に読み始めた。

 女性のそれの如く流れるような、繊細な文字で綴られる、素直な句。

「“しれば迷ひ  しらなければ迷はぬ  恋の道”……かぁ……このかたはきっと恋をしているんですね」

「ちょっ……貸せっ」

 慌てて句帳を取り上げ、丸で囲った。発句の世界では失敗作を意味することは、月野も聞いたことがある。

「あー! 何するんですかぁ!」

「もう句帳の話は終いだ」

 怒るのを余所にそう言うと、月野の前で初めて、酒をぐいっと呑み干した。

 “春の月”を好んで詠む……作り手の本当の心が現れたような句の数々。月野は事ある毎にこの筆跡を追い、生涯その身から離さなかった。

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