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SIDE:L
L -13
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「にしても、危なかったぁあああああ」
夜会に復帰したレオノーラはバルコニーで脱力する。
シリウスは左胸につけていた装飾品をいじった後、顔を上げる。
「レオノーラ、外での発言は気をつけて」
シリウスが厳しい声でレオノーラを叱責する。
レオノーラが慌てて口を閉ざせば、シリウスは仕方ないなと笑った。
「もう防音の術式を展開してます」
「ありがとう」
「帰ったら、伯爵夫人のお叱りを受けてくださいね」
柔らかな笑みでシリウスが言う。
「もう既に小言なら聞いたわよ」
レオノーラはいじけた様子でちびりとグラスに口をつけた。
*
あれから、国王や王太子、赤髪の令嬢達が退出した後、ラドア伯爵家だけになった部屋で、レオノーラは母にぐちぐちと攻撃された。
先程までの大人しく座っていた姿が嘘のように、母はぐちぐち、ぐちぐちと口が止まらない。
『買った喧嘩なら最後まで自分で事を納めなさいな。デビュテントを正式に終えていない身で何をしているの。お前の社交界がこんな幕開けで、苦労するのは目に見えているわ。アングリッフ公爵令嬢が助けに入ってくださらなかったら、あのまま一家の恥を晒し続けていたのよ。私はお姉様に顔向けできなかったわ。あなたのそのすぐ突っ走る癖を治しなさい。大体、ね──』
レオノーラの行動の一から十まで注意された。
シリウスが仕方がなかったと止めに入ろうとすれば、火の粉が飛ぶ。
『あなたもあなたです。なぜ止めなかったのですか? あなたはこの子の医者ではなく、婚約者なのですよ? 一体どうしたら、2人してあんな事態に陥るのか──』
もう2人でそれを止めることなど叶うはずもない。
小言の3周目を迎えた所で、ラドア伯爵の助け舟が入る。
『この度は大事にならなかったのだから、それぐらいに。これ以上ここでは』
ベアトリーチェとずっと話していたラドア伯爵はそう言って、母を止めた。
そして、ベアトリーチェは泣き腫らした顔で、もう一度レオノーラ達に謝った。
一つ一つをどう思っていたのか素直にレオノーラ達に話すベアトリーチェ。
けれど受け入れきれない部分が多くて、かなり戸惑いながらで辿々しかった。
そしてベアトリーチェはシリウスにも頭を下げた。
けれど、シリウスは必要ないとそれを拒んだ。
『僕にも責任があります。これはどちらかが悪かった訳じゃないです。ただ、お互いに上手くいかなかった。それだけの話です』
そう優しく言うと、今度はシリウスが頭を下げた。
『けれど、あの場で破棄の理由を語ったのは卑怯でした。貴方に傷をつけたのは確実です』
『・・・いえ』
ベアトリーチェは首を横に振った。
『さ、ここで立ち話をしている場合ではない。陛下がうまく話を真tめてくださっているはずだ』
ラドア伯爵が話を区切る。
『ビーチェ、自分で後始末はできるな? お前は最後までやり切らねばならない』
すると、ベアトリーチェはどこか覚悟した顔で頷いた。
*
「きっと、彼女なら立ち直るでしょう」
シリウスはガラス越しに見えるベアトリーチェを見ながら言った。
ラドア伯爵と共に入場し直したベアトリーチェは、会場で騒ぎを起こしたことをレオノーラと共に謝罪した。
そして、レオノーラの母やレオノーラと笑顔で話すそぶりを見せ、周りにアピールして回った。
腫れぼったいベアトリーチェの顔を見れば、誰もそれ以上追求することはない。
後は醜聞が消えるよう努力するだけ。
「どうかな。図太いけど、プライド高い分、弱いところもあるから」
何より自分が自信を持っていた知識の面でも足りないところは痛感したはず。
彼女が何を思って笑みを作っているのか、レオノーラにはやっぱり理解できなかった。
「でも、多分お姉様には辛いことになると思う」
「なぜですか? 」
「多分というか、絶対、お姉様、王都でやらかしてる」
「王太子の件ですか? 」
「いや、それだけじゃないと思う」
レオノーラはグレタ夫人が教えてくれた内容と、あの後聞いたベアトリーチェの話を合わせて考えてみる。
まず、ラドア伯爵も知っているが、ベアトリーチェは連絡もなしにいきなりグレタ夫人の元に行った。
未だ夫を亡くした悲しみから喪に服していたはずの彼女と、ベアトリーチェは、ここ2年程交流がないのは知っている。
グレタ夫人は、ベアトリーチェの母とレオノーラの母と2人の幼馴染みで、今彼女とやりとりをしているのは主に母だから。
彼女にレオノーラの母は親子関係について相談もしていたので大体の事情は知っており、ベアトリーチェが出たのも何かの行き違いだろうとすぐさま察したそう。
けれども、ここで指摘しても聞く耳を持たないベアトリーチェを説得するため、「女性が1人は危ない」と他の角度から試みた。
しかし、それも失敗に終わったグレタ夫人はラドア伯爵に突然の訪問に関する抗議と今後の相談に関する書状を送り、仕方なしにベアトリーチェを受け入れた。
既に隠居生活に突入していた彼女にとっては、他家のいざこざに巻き込まれ家督を継いだ長男に迷惑をかけるわけにはいかないと、かなり迷惑な話だったそう。
今回の夜会は、噂を耳にし、どうにか知らせようと来てくれてたそうだ。
次に、宮廷図書館で働くようになったベアトリーチェは、同僚達と関わるようになった。
最初の頃は、ベアトリーチェも遠慮しておりうまく付き合っていたようだが、次第に嫉妬の対象になったと本人は思っているが、おそらくは大きな間違い。
褒められて図に乗ったベアトリーチェがボロを出したか何かだろうとレオノーラは思っている。
ベアトリーチェは自分は頭がいいと思い込んでいる。
シリウスもかつてベアトリーチェを褒めたが、それは知識量に関する話。
それを勝手に解釈し、どこかで自分以外はみんな馬鹿と無意識に思っている節があり、どこか人を見下した態度でいる。
本当に無意識の為、最初は問題なかった人間関係に軋みが生じ始まるには、そう時間はかからない。
だからだろう、最初は同僚と食べていた食堂では、同じ貴族出身の侍女をしている令嬢と共に過ごすようになった。
しかも会話の端々に、実家の話を食い込ませて、虐げて逃げてひたすらに頑張っている自分に浸っていた可能性もある。
そして、その侍女の知り合いも、下級から上の階級へと変化していった。
同情で知り合いを増やし、次から次へと上手く渡り歩く。
けれど、前の人とは不思議と縁がなくなる。
現に、あの夜会で手を差し伸べてくれたのは例の赤髪の令嬢だけ。
どうやら、彼女は、ベアトリーチェが最近懇意にしているアングリッフ公爵令嬢のマルティナ。
ベアトリーチェ曰く、かなり手助けをしてくれているのだそう。
なんとか公爵令嬢に取り入ることに上手くいったが、結局のところ、仲間増やしには失敗している。
もっと細かく聞けばありそうだが、おそらくベアトリーチェはかなり無自覚で失礼なことをしているのだろうとレオノーラは予想する。
だとすれば、レオノーラはともかくベアトリーチェの評判はなかなか回復しまい。
あの噂が広まったのも一時的なことで、後からベアトリーチェに対する悪評が広まる可能性だってあるのだ。
「まあ、結局のところ全部私の憶測だけどね。これで突っ走ったらお姉様と同じになっちゃう」
レオノーラは苦虫を噛み潰したような顔をした。
シリウスはそんなレオノーラを見つめながら微笑む。
「そうなりそうな時は僕が止めますから」
シリウスはレオノーラの落ちている一房の髪をすくい耳にかける。
レオノーラはそれを当たり前のように受け入れた。
でも心の中ではくすぐったさがある。
「でも、あの王太子、なんだか気になるわ。結局、私にあの加護があるって認めさせてどうしたかったんだろ? 」
「恐らく、弱みを握りたかったのかもしれませんね」
「嘘。なんで? 我が家は中央政権に我が家は関係ないわよ」
「恐らく、こっちの家でしょうね」
レオノーラは目を丸める。
シリウスはなんとなく分かっていたようで、弱々しい笑みを見せた。
「父の参加できない夜会を狙ったのですから、対処を遅らせようとした可能性もあります。ラドア伯爵の入場が遅れたのも彼が手を回したかもしれません。何かしらの裏があるのは確かかと」
「でもなんで? お姉様が好きだから協力しているわけでもないみたいだし、立太子している彼には、なんの脅威もないでしょ? 」
「彼は陛下の介入を嫌っていましたし、彼の個人的な事かもしれません」
「・・・益々分からないわ」
「資金目的か、技術目的か、または・・・」
「何? 」
「いえ、ただ彼には警戒するべきです」
シリウスは少しだけ顔を厳しくさせてレオノーラに言い聞かせる。
「レオノーラが悪女だと噂を広めたのも王太子の仕業かもしれませんよ」
「え? 」
「広がりが早すぎます。グレタ夫人が報告できない期間に一気に広まった。まるで我々の耳に届くのをわざと遅らせたようです」
「だとすれば、夜会が開かれたのもフィデーレ侯爵が参加できないようにしていた可能性もあるって事? 」
「レオノーラの言うとおりただの憶測ですが」
もうわけが分からないとレオノーラはため息を吐く。
「なんなのよ・・・。魅了の加護の言葉が出てきた時、めちゃくちゃビビったのに・・・」
手すりに捕まりながら項垂れるレオノーラ。
例のペンダントのおかげて体はかなり快調だった。
「会場で疑いの目を向けられた時はゾッとしたわ」
「ええ、あの時は驚きました。どうやって彼女があの加護までたどり着いたのか。偶然だったのならかなりの確率ですよ」
「今まで隠してきた事が無駄になるって、この力を隠すために家の恥を捨てることにしたのよ? シリウスだってそうでしょ? 」
レオノーラはシリウスに尋ねる。
「あの時はあの方法しか思いつきませんでしたからね・・・」
シリウスが遠い目をしながら、胃の辺りを抑える。
ベアトリーチェとの一件で発覚したが、彼はかなりメンタルが弱い。
ただ、そんな彼がいてくれた事でレオノーラは救われた。
「それに、陛下の前に行くことになった時はびっくりしたわ。最終的に問い詰められたらどうしようかと・・・」
「アングリッフ公爵令嬢が陛下に報告してくれたお陰で、ラドア伯爵が上手く陛下の協力を得られたようですね。彼女がいなければ、魅了の力の疑惑を完全に打ち消すことはできなかったでしょう」
「あの王太子は口が上手いもの。流されるところだったわ」
レオノーラには魅了の加護がある。
けれど、レオノーラはその能力を一度として使った事はない。
普段は無意識に使う事がないよう、魔力遮断の薬を服用している。
一般的には、外部からの魔力影響を受けない為の薬だが、他にも体内の魔力を外部に出さないよう抑え込む効果がある。
だから、行き場の失った魔力が体内で暴れ、気分が悪くなったり、めまいや頭痛、倦怠感などの症状を引き起こす。
それは魔力が強ければ強い程顕著で、レオノーラは強い魅了の加護を押さえ込むためにその薬を服用可能ギリギリの量で摂取していた。
確かにレオノーラの魔力は強いが、魔力過多で死ぬ程ではない。
レオノーラの場合は、魅了の力を隠蔽する為の副作用で病弱になっていただけ。
ベアトリーチェの亡くなった母も魅了の力を持っていたが、彼女の場合、レオノーラよりもかなり強い魔力のせいで薬を服用しても、魔力暴走が体内で起き寿命が縮んでしまった。
レオノーラの母もベアトリーチェも魅了の力はないが、この血筋に魅了の能力があるのは間違いない。
だから母の一族は、その能力のある子が生まれれば、ずっと隠蔽してきた。
100年前に魅了で国を恐怖に陥れようとした悪女がいるからではない。
常に魅了の力は、使用されれば自覚することのできない未知の恐怖として人々に忌み嫌われてきた。
差別される対象だった。
だから、レオノーラはこの力を隠さなければならない。
自分の為、家の為、そして将来の子のためにも決して知られてはならない能力。
シリウスの家は代々治癒の加護の家系で魔力や加護についても詳しい。
だからか、魅了を嫌う事なく同情し力を貸してくれるようになった。
これは、長年、妻の為、そして姪の為に奮闘し続けたラドア伯爵のおかげ。
「伯父様はどうやって、陛下の協力を得たんだろう? 」
「分かりませんが、今後はいざという時に陛下の後ろ盾が獲れるという事でしょうか? 」
「それは心強いね」
レオノーラは愛らしい笑みを浮かべた。
そしてシリウスがそれに応える。
──あ、えくぼ
レオノーラはシリウスの顔にあるそれを可愛いと思った。
最初はかなり抵抗のあった婚約だが、今はシリウスが側にいる事に安心する。
「それにしてもシリウス様、さっきは格好が良かったね」
「そうですか? 」
「うん、いつもの弱そうな姿じゃなかった」
シリウスはやっぱり弱々しい笑みを見せるが、レオノーラはそれで満足だった。
「頼りにしてますよ。私の共犯者様」
「そこは婚約者ではないのですね」
「だって、これから一生みんなを騙して行くのよ? 」
「それだけ聞くと本当の悪女みたいだ」
シリウスがくすくすと笑う。
それにレオノーラは満面の笑みを見せて言った。
「曰く、私は悪女らしいので』
SIDE:L ──完
**********
最後までお付き合い頂きありがとうございました。
これにて、本編完結です。
楽しんでいただけたでしょうか?
短編と言いつつも、レオノーラ視点のSIDE:Lが思いの外長くなり・・・
くどいと思いつつ、でもな、これも言っとかないとな・・・と自分で設定していたものを回収しようと文字が走り回ってしまいました。
けれど、なんとか最後まで完走することができました。
本当にありがとうございました。
この後、後日譚、3話を予定しております。
本編以外の視点で用意しております。
引き続きお楽しみいただけたらと思います。
しーしび
夜会に復帰したレオノーラはバルコニーで脱力する。
シリウスは左胸につけていた装飾品をいじった後、顔を上げる。
「レオノーラ、外での発言は気をつけて」
シリウスが厳しい声でレオノーラを叱責する。
レオノーラが慌てて口を閉ざせば、シリウスは仕方ないなと笑った。
「もう防音の術式を展開してます」
「ありがとう」
「帰ったら、伯爵夫人のお叱りを受けてくださいね」
柔らかな笑みでシリウスが言う。
「もう既に小言なら聞いたわよ」
レオノーラはいじけた様子でちびりとグラスに口をつけた。
*
あれから、国王や王太子、赤髪の令嬢達が退出した後、ラドア伯爵家だけになった部屋で、レオノーラは母にぐちぐちと攻撃された。
先程までの大人しく座っていた姿が嘘のように、母はぐちぐち、ぐちぐちと口が止まらない。
『買った喧嘩なら最後まで自分で事を納めなさいな。デビュテントを正式に終えていない身で何をしているの。お前の社交界がこんな幕開けで、苦労するのは目に見えているわ。アングリッフ公爵令嬢が助けに入ってくださらなかったら、あのまま一家の恥を晒し続けていたのよ。私はお姉様に顔向けできなかったわ。あなたのそのすぐ突っ走る癖を治しなさい。大体、ね──』
レオノーラの行動の一から十まで注意された。
シリウスが仕方がなかったと止めに入ろうとすれば、火の粉が飛ぶ。
『あなたもあなたです。なぜ止めなかったのですか? あなたはこの子の医者ではなく、婚約者なのですよ? 一体どうしたら、2人してあんな事態に陥るのか──』
もう2人でそれを止めることなど叶うはずもない。
小言の3周目を迎えた所で、ラドア伯爵の助け舟が入る。
『この度は大事にならなかったのだから、それぐらいに。これ以上ここでは』
ベアトリーチェとずっと話していたラドア伯爵はそう言って、母を止めた。
そして、ベアトリーチェは泣き腫らした顔で、もう一度レオノーラ達に謝った。
一つ一つをどう思っていたのか素直にレオノーラ達に話すベアトリーチェ。
けれど受け入れきれない部分が多くて、かなり戸惑いながらで辿々しかった。
そしてベアトリーチェはシリウスにも頭を下げた。
けれど、シリウスは必要ないとそれを拒んだ。
『僕にも責任があります。これはどちらかが悪かった訳じゃないです。ただ、お互いに上手くいかなかった。それだけの話です』
そう優しく言うと、今度はシリウスが頭を下げた。
『けれど、あの場で破棄の理由を語ったのは卑怯でした。貴方に傷をつけたのは確実です』
『・・・いえ』
ベアトリーチェは首を横に振った。
『さ、ここで立ち話をしている場合ではない。陛下がうまく話を真tめてくださっているはずだ』
ラドア伯爵が話を区切る。
『ビーチェ、自分で後始末はできるな? お前は最後までやり切らねばならない』
すると、ベアトリーチェはどこか覚悟した顔で頷いた。
*
「きっと、彼女なら立ち直るでしょう」
シリウスはガラス越しに見えるベアトリーチェを見ながら言った。
ラドア伯爵と共に入場し直したベアトリーチェは、会場で騒ぎを起こしたことをレオノーラと共に謝罪した。
そして、レオノーラの母やレオノーラと笑顔で話すそぶりを見せ、周りにアピールして回った。
腫れぼったいベアトリーチェの顔を見れば、誰もそれ以上追求することはない。
後は醜聞が消えるよう努力するだけ。
「どうかな。図太いけど、プライド高い分、弱いところもあるから」
何より自分が自信を持っていた知識の面でも足りないところは痛感したはず。
彼女が何を思って笑みを作っているのか、レオノーラにはやっぱり理解できなかった。
「でも、多分お姉様には辛いことになると思う」
「なぜですか? 」
「多分というか、絶対、お姉様、王都でやらかしてる」
「王太子の件ですか? 」
「いや、それだけじゃないと思う」
レオノーラはグレタ夫人が教えてくれた内容と、あの後聞いたベアトリーチェの話を合わせて考えてみる。
まず、ラドア伯爵も知っているが、ベアトリーチェは連絡もなしにいきなりグレタ夫人の元に行った。
未だ夫を亡くした悲しみから喪に服していたはずの彼女と、ベアトリーチェは、ここ2年程交流がないのは知っている。
グレタ夫人は、ベアトリーチェの母とレオノーラの母と2人の幼馴染みで、今彼女とやりとりをしているのは主に母だから。
彼女にレオノーラの母は親子関係について相談もしていたので大体の事情は知っており、ベアトリーチェが出たのも何かの行き違いだろうとすぐさま察したそう。
けれども、ここで指摘しても聞く耳を持たないベアトリーチェを説得するため、「女性が1人は危ない」と他の角度から試みた。
しかし、それも失敗に終わったグレタ夫人はラドア伯爵に突然の訪問に関する抗議と今後の相談に関する書状を送り、仕方なしにベアトリーチェを受け入れた。
既に隠居生活に突入していた彼女にとっては、他家のいざこざに巻き込まれ家督を継いだ長男に迷惑をかけるわけにはいかないと、かなり迷惑な話だったそう。
今回の夜会は、噂を耳にし、どうにか知らせようと来てくれてたそうだ。
次に、宮廷図書館で働くようになったベアトリーチェは、同僚達と関わるようになった。
最初の頃は、ベアトリーチェも遠慮しておりうまく付き合っていたようだが、次第に嫉妬の対象になったと本人は思っているが、おそらくは大きな間違い。
褒められて図に乗ったベアトリーチェがボロを出したか何かだろうとレオノーラは思っている。
ベアトリーチェは自分は頭がいいと思い込んでいる。
シリウスもかつてベアトリーチェを褒めたが、それは知識量に関する話。
それを勝手に解釈し、どこかで自分以外はみんな馬鹿と無意識に思っている節があり、どこか人を見下した態度でいる。
本当に無意識の為、最初は問題なかった人間関係に軋みが生じ始まるには、そう時間はかからない。
だからだろう、最初は同僚と食べていた食堂では、同じ貴族出身の侍女をしている令嬢と共に過ごすようになった。
しかも会話の端々に、実家の話を食い込ませて、虐げて逃げてひたすらに頑張っている自分に浸っていた可能性もある。
そして、その侍女の知り合いも、下級から上の階級へと変化していった。
同情で知り合いを増やし、次から次へと上手く渡り歩く。
けれど、前の人とは不思議と縁がなくなる。
現に、あの夜会で手を差し伸べてくれたのは例の赤髪の令嬢だけ。
どうやら、彼女は、ベアトリーチェが最近懇意にしているアングリッフ公爵令嬢のマルティナ。
ベアトリーチェ曰く、かなり手助けをしてくれているのだそう。
なんとか公爵令嬢に取り入ることに上手くいったが、結局のところ、仲間増やしには失敗している。
もっと細かく聞けばありそうだが、おそらくベアトリーチェはかなり無自覚で失礼なことをしているのだろうとレオノーラは予想する。
だとすれば、レオノーラはともかくベアトリーチェの評判はなかなか回復しまい。
あの噂が広まったのも一時的なことで、後からベアトリーチェに対する悪評が広まる可能性だってあるのだ。
「まあ、結局のところ全部私の憶測だけどね。これで突っ走ったらお姉様と同じになっちゃう」
レオノーラは苦虫を噛み潰したような顔をした。
シリウスはそんなレオノーラを見つめながら微笑む。
「そうなりそうな時は僕が止めますから」
シリウスはレオノーラの落ちている一房の髪をすくい耳にかける。
レオノーラはそれを当たり前のように受け入れた。
でも心の中ではくすぐったさがある。
「でも、あの王太子、なんだか気になるわ。結局、私にあの加護があるって認めさせてどうしたかったんだろ? 」
「恐らく、弱みを握りたかったのかもしれませんね」
「嘘。なんで? 我が家は中央政権に我が家は関係ないわよ」
「恐らく、こっちの家でしょうね」
レオノーラは目を丸める。
シリウスはなんとなく分かっていたようで、弱々しい笑みを見せた。
「父の参加できない夜会を狙ったのですから、対処を遅らせようとした可能性もあります。ラドア伯爵の入場が遅れたのも彼が手を回したかもしれません。何かしらの裏があるのは確かかと」
「でもなんで? お姉様が好きだから協力しているわけでもないみたいだし、立太子している彼には、なんの脅威もないでしょ? 」
「彼は陛下の介入を嫌っていましたし、彼の個人的な事かもしれません」
「・・・益々分からないわ」
「資金目的か、技術目的か、または・・・」
「何? 」
「いえ、ただ彼には警戒するべきです」
シリウスは少しだけ顔を厳しくさせてレオノーラに言い聞かせる。
「レオノーラが悪女だと噂を広めたのも王太子の仕業かもしれませんよ」
「え? 」
「広がりが早すぎます。グレタ夫人が報告できない期間に一気に広まった。まるで我々の耳に届くのをわざと遅らせたようです」
「だとすれば、夜会が開かれたのもフィデーレ侯爵が参加できないようにしていた可能性もあるって事? 」
「レオノーラの言うとおりただの憶測ですが」
もうわけが分からないとレオノーラはため息を吐く。
「なんなのよ・・・。魅了の加護の言葉が出てきた時、めちゃくちゃビビったのに・・・」
手すりに捕まりながら項垂れるレオノーラ。
例のペンダントのおかげて体はかなり快調だった。
「会場で疑いの目を向けられた時はゾッとしたわ」
「ええ、あの時は驚きました。どうやって彼女があの加護までたどり着いたのか。偶然だったのならかなりの確率ですよ」
「今まで隠してきた事が無駄になるって、この力を隠すために家の恥を捨てることにしたのよ? シリウスだってそうでしょ? 」
レオノーラはシリウスに尋ねる。
「あの時はあの方法しか思いつきませんでしたからね・・・」
シリウスが遠い目をしながら、胃の辺りを抑える。
ベアトリーチェとの一件で発覚したが、彼はかなりメンタルが弱い。
ただ、そんな彼がいてくれた事でレオノーラは救われた。
「それに、陛下の前に行くことになった時はびっくりしたわ。最終的に問い詰められたらどうしようかと・・・」
「アングリッフ公爵令嬢が陛下に報告してくれたお陰で、ラドア伯爵が上手く陛下の協力を得られたようですね。彼女がいなければ、魅了の力の疑惑を完全に打ち消すことはできなかったでしょう」
「あの王太子は口が上手いもの。流されるところだったわ」
レオノーラには魅了の加護がある。
けれど、レオノーラはその能力を一度として使った事はない。
普段は無意識に使う事がないよう、魔力遮断の薬を服用している。
一般的には、外部からの魔力影響を受けない為の薬だが、他にも体内の魔力を外部に出さないよう抑え込む効果がある。
だから、行き場の失った魔力が体内で暴れ、気分が悪くなったり、めまいや頭痛、倦怠感などの症状を引き起こす。
それは魔力が強ければ強い程顕著で、レオノーラは強い魅了の加護を押さえ込むためにその薬を服用可能ギリギリの量で摂取していた。
確かにレオノーラの魔力は強いが、魔力過多で死ぬ程ではない。
レオノーラの場合は、魅了の力を隠蔽する為の副作用で病弱になっていただけ。
ベアトリーチェの亡くなった母も魅了の力を持っていたが、彼女の場合、レオノーラよりもかなり強い魔力のせいで薬を服用しても、魔力暴走が体内で起き寿命が縮んでしまった。
レオノーラの母もベアトリーチェも魅了の力はないが、この血筋に魅了の能力があるのは間違いない。
だから母の一族は、その能力のある子が生まれれば、ずっと隠蔽してきた。
100年前に魅了で国を恐怖に陥れようとした悪女がいるからではない。
常に魅了の力は、使用されれば自覚することのできない未知の恐怖として人々に忌み嫌われてきた。
差別される対象だった。
だから、レオノーラはこの力を隠さなければならない。
自分の為、家の為、そして将来の子のためにも決して知られてはならない能力。
シリウスの家は代々治癒の加護の家系で魔力や加護についても詳しい。
だからか、魅了を嫌う事なく同情し力を貸してくれるようになった。
これは、長年、妻の為、そして姪の為に奮闘し続けたラドア伯爵のおかげ。
「伯父様はどうやって、陛下の協力を得たんだろう? 」
「分かりませんが、今後はいざという時に陛下の後ろ盾が獲れるという事でしょうか? 」
「それは心強いね」
レオノーラは愛らしい笑みを浮かべた。
そしてシリウスがそれに応える。
──あ、えくぼ
レオノーラはシリウスの顔にあるそれを可愛いと思った。
最初はかなり抵抗のあった婚約だが、今はシリウスが側にいる事に安心する。
「それにしてもシリウス様、さっきは格好が良かったね」
「そうですか? 」
「うん、いつもの弱そうな姿じゃなかった」
シリウスはやっぱり弱々しい笑みを見せるが、レオノーラはそれで満足だった。
「頼りにしてますよ。私の共犯者様」
「そこは婚約者ではないのですね」
「だって、これから一生みんなを騙して行くのよ? 」
「それだけ聞くと本当の悪女みたいだ」
シリウスがくすくすと笑う。
それにレオノーラは満面の笑みを見せて言った。
「曰く、私は悪女らしいので』
SIDE:L ──完
**********
最後までお付き合い頂きありがとうございました。
これにて、本編完結です。
楽しんでいただけたでしょうか?
短編と言いつつも、レオノーラ視点のSIDE:Lが思いの外長くなり・・・
くどいと思いつつ、でもな、これも言っとかないとな・・・と自分で設定していたものを回収しようと文字が走り回ってしまいました。
けれど、なんとか最後まで完走することができました。
本当にありがとうございました。
この後、後日譚、3話を予定しております。
本編以外の視点で用意しております。
引き続きお楽しみいただけたらと思います。
しーしび
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ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。
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