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「誤解される顔つきだって自覚してるなら尚更よ。普通は感情が表に出にくい人でも、相手を不愉快にしているからってどうにかしようとするのが普通でしょ? 誤解されても仕方ない放置ってしないわよね? まぁ、まず、お姉様は私たちと話そうともしなかったのだから、その努力など皆無だったって認識で構わないわよね? 」

 レオノーラの口から次々と飛び出す言葉はどれも棘まみれ。
 一気に口にして疲れたのか、レオノーラは肩で息をする。
 シリウスはそれを支えながら、レオノーラを落ち着かせようと背中をさすっていた。

「それは貴方達が私を家族として認めてくれないから機会がなかっただけよ」
「機会が無かった? 」

 レオノーラはどの口が言うのかと鼻で笑った。

 *

 食事の席でなんの会話がいけなかったのか、ベアトリーチェはよく不服そうな顔になった。
 皆でベアトリーチェの機嫌取りをしても拗ねたように黙ってばかり。
 返事をする事は稀だった。
 そうなれば元の和やかな空気に戻れるわけがない。
 たまらずラドア伯爵がベアトリーチェを叱責すれば、あからさまに傷つきましたという表情を浮かべて立ち去るし、何をしても無駄だと皆が黙れば「私が嫌なら最初から呼ばなければいいのに」と捨て台詞を吐いて出ていく。
 呼ばなければ呼ばないで、泣いているか部屋に籠ってしまい拗ねて母たちを困らせる。

 ベアトリーチェは最初からレオノーラ達を自分に害をなす存在だと思っていて、なんでもかんでも湾曲して捉える。
 レオノーラが必死に話しかけたのだって、どうしてそうなったのか可愛いとマウントを取る女として認識されているようだった。

『お姉様はこんなことも知っておられるのですね』
『こんなの当たり前よ』
『いえ、私なんて全然知らなかったので、やっぱりお姉様はすごいです』
『まあ、貴方は笑っていればいいから・・・』
『え?』
『私は貴方のように自慢できる容姿もないから・・・。でも、貴方は学ぶ必要もないでしょ? 』

 ベアトリーチェの馬鹿にしたようなあの表情。
 最初は思い違いかと思っていたが、何度も話しかければ分かってくる。

『貴方には知識なんて必要ないでしょ? 』
『貴方は泣けば誰かが助けてくれるでしょ? 』
『貴方に努力は必要ないでしょ? 』
『貴方は綺麗にして座っていればいいでしょ? 』

 彼女の言葉の端々から感じられる自分への侮り。
 それでも笑っていたレオノーラだったが、それらは心を抉った。

 正直、レオノーラは、2年も経たぬうちに心が折れた。
 12歳のベアトリーチェが難しい年頃で仕方がないというのなら、1つしか違わないレオノーラだって思春期に突入する。
 義姉の顔色を窺っての生活に反感を覚えるのも時間の問題だった。
 自分を馬鹿にする人間に丁寧に話しかけるのも馬鹿らしかった。

 *

「あれだけ言っといて、機会が無かったなんてよく言ったわね」
「それは貴方を傷つけるつもりで言ったわけではないわ。貴方の為にと、無駄なことをしなくてもいいように言っただけよ」

 ベアトリーチェは悪気もなくそう言ってのけた。
 本当にそう思い込んでいるのだなとレオノーラは心底驚く。
 あれだけの態度をとっておいて被害者面できるその図太さは尊敬にあたる。
 そして王太子の方を向いたベアトリーチェ。

「本当です。私には義妹を傷つけようとした事などありません。そんな意図などあるはずありません」

 王太子はそれに特に応える事はない。
 ただ、苦笑いのような微妙な笑みを見せるだけ。

「それなら、逆にお姉様は、これだけ私が気を使っていたのに、どこを阻害されたっていうの? 」
「貴方、あれだけの事をして、自覚がないのね」

 ベアトリーチェは胸に手を押さえて苦しそうな表情を浮かべる。
 何が勘違いされる顔つきだと毒付きたくなる思いを堪え、レオノーラは彼女の話に耳を傾けた。

「実際、私が会話に入れない内容ばかりを話していたわ。私が行かなかった買い物や劇の話に、貴方が生まれ育った地域の話・・・、私の知らない話について行くことなんてできないわ」
「お姉様は私たちが誘っても断るじゃない。だから、行かなかったお姉様の為にお話したんでしょ? 私の町の話だって聞いて欲しかったから話したの。それがいじめなの? お姉様の知らない話をすることが? 」
「私が忙しいとわかっていて誘ったでしょ? 」
「そうね。勉強を詰め込みすぎだから気分転換でもしなかってお母様は毎回お姉様を誘っていたわね。これは気遣いに含まれないの? 」
「貴方はよく自分の町の自慢話をして、ここが住みにくいって当てつけていたわ」

 レオノーラは、これはダメだと頭を抱えた。
 ベアトリーチェにとって、レオノーラがする何もかもが自分を害する為のものだと思い込んでいる。
 母に髪を結ってもらったのを見せに行ったのも、ベアトリーチェには母に可愛がってもらえる愛らしい自分を自慢しているように思われていそうだ。
 勉強ができると誉めたのも、それしか脳がないという嫌味なのだろう。
 気遣いが全て裏返しにされている衝撃はやわいものではなかった。
 言ったことは事実だし、間違ってはいない。
 いないが、意図と真逆に捉えられてはうつ手がない。
 このままでは、ベアトリーチェがレオノーラに放った言葉も、全て“思い違い”で済まされてしまう。

「お姉様の言うとおり、仮にそうだとしても、なんで私だけお姉様を虐めたって責められるの? 」

 レオノーラはベアトリーチェに問いかける。

「お姉様が、私に阻害されたと感じるように、私だってお姉様の態度と言葉に傷ついたわ。いや、私だけじゃない。ラドア伯爵と、お母様だって・・・」

 レオノーラは唇を噛み締めた。
 どうしても譲れない点がある。

「いや、私よりもお母様よ・・・。お母様に謝ってよッ」

 レオノーラは唸るような声をベアトリーチェに放つ。

「お母様にどんな態度をしたと思っているのよ。どんなに湾曲に解釈しても、あれはおかしいわよ。許せるわけないッ」

 自分にされた仕打ちよりも声を荒げてレオノーラは言った。
 いつの間にかレオノーラは拳を握りしめていたようで、シリウスがそれを和らげようと手を添えた。

「お母様が頑な態度を取るお姉様を心配して、不満があるなら教えてくれって言った時なんて言った? 」

 ギラリとエメラルドの瞳がベアトリーチェを睨む。

「貴方に世話をして頂く筋合いはありませんので、お構いなく。私は伯爵家としての教育は済んでますので、わざわざ男爵の奥様であった貴方のお手を煩わす事もないかと。どうぞ勝手に父とよろしくして下さいな」

 レオノーラが言い切れば、周りの貴婦人から「まあ」と驚きの声が上がる。
 扇子で顔を覆い、ベアトリーチェに冷たい目を向ける者もいた。

「それは、私の身を守るために言っただけよ」
「叔母に対する態度でもなかったわよ。自分の倍以上生きた相手に対して良くあんな言い方ができたものね」

 レオノーラの奥から込み上げる熱は涙となって溢れ出そうなのを堪える。
 大きく深呼吸をして、意地でも泣くものかと力を込めた。
 大勢の前で泣くなんてしたくないし、ベアトリーチェには絶対に自分のそんな姿見せたくなった。
 泣くのはベアトリーチェの方だと、自分を奮い立たす。

 夜な夜な、ベアトリーチェとの関係に悩みらひっそりと涙を流す母の背中を忘れることができない。

 レオノーラの母は忙しいラドア伯爵に変わって、屋敷の指揮をとった。
 それも、この家の正当な後継者であるベアトリーチェに問題なく引き継ぐ為にと、慣れない事でも進んでやっていた。

 なのに、母が部屋に一歩でも入れば、母を泥棒呼ばわりし物を投げて「今度は私から何を奪うのっ」とヒステリックに声を荒げた。
 仲が良かった時のようにと手土産を買って帰れば、自分を連れて行かなかったせいなのか不機嫌になる。
 細かい事を言えばもっとある。

 ベアトリーチェは自分が家族から阻害されたと言うが、レオノーラにしてみれば先にこちらを拒絶したのはベアトリーチェだった。
 母やレオノーラをいつも自分を虐めようとする人間だと思い込んで、何をしても逆手にとってくる。

 言葉が返ってくるのはまだマシな方だ。
 あからさまな不機嫌な顔なのに黙られるのはかなり堪える。
 かなり湾曲して物事を捉えるベアトリーチェの思考を読み取ることはできない。
 聞いても返答は返ってこないし、悪くなるばかりの空気に打つてもなかった。

 ラドア伯爵だって懸命にベアトリーチェと話をし、態度を改めるように言った。
 けれど、悲劇のヒロインのつもりなのか何を話しても、自分には誰も味方がいないと泣くか、自分が我慢すればいいのねと悟った表情で聞き流すだけ。

 その光景は使用人達の目に入るし、自分たちに被害が及ばないようにベアトリーチェを遠巻きに見るのは自然のことだった。

「でも、再婚は私の意思を無視したものだったわ! 」

 ベアトリーチェは根本はそこにあると言わんばかりに反論する。
 けれどレオノーラには火山が噴火したかの如く火をふいた。





「どれだけ馬鹿なのよ! あんたの為にお母様と再婚したんじゃないっ! 」





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