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しおりを挟むあまりの圧倒的な存在感に萎縮しそうなレオノーラだったが、我に返ると深々と頭を下げた。
シリウスも頭を下げ、王太子の言葉を待つ。
「フィデーレ卿とその婚約者で違いないか? 」
王太子の問いにシリウスが答え、改めて名乗り終わるとレオノーラもそれに続く。
「ラ、・・・ラドア伯爵家の娘、レオノーラでございます。殿下の御尊顔を拝することができ、この上ない幸せでございます」
「面をあげよ」
再び顔を上げたレオノーラは改めて王太子の顔を見つめる。
彼の瞳は深い海のように底知れぬ何かが感じられレオノーラの体は勝手に緊張した。
──これが王族
品性があるとかないとかの話ではない。
支配者らしいその佇まいや表情は、レオノーラの知らない威圧感があり、他を圧倒していた。
形式的な挨拶を交わしただけでレオノーラの喉はカラカラ。
正直、16年引きこもり生活だったレオノーラの相手としては最悪だった。
シリウスがレオノーラの背中に手を置いてくれているが、それでも動揺が拭えない。
『貴方、義妹の魅了の力で操られているだけだもの』
ベアトリーチェの発言はありえないものだった。
──なんでそんな事を言えるの?
レオノーラはベアトリーチェの方を振り返り、未知の生物でも見たかのような目を向けた。
ベアトリーチェは言ってやったと言わんばかりの表情を浮かべていた。
そこには罪悪感など一切ない。
レオノーラはそんな彼女が到底信じられず、言葉を失う。
そんなレオノーラに変わって口を開いたのはシリウスだった。
「ラドア伯爵令嬢、貴方は何か勘違いをされていませんか? 」
シリウスは王族の前とあって、慎重に言葉を紡ぐ。
しかしそんなシリウスのことなどお構いなしにベアトリーチェは悲しげに首を振る。
「勘違いではないわ。時々屋敷に来るだけの貴方には分からないわ。私が実家でどのような扱いを受けていたか・・・」
ベアトリーチェは悔しそうに両手を握り締め悲痛な表情を浮かべる。
「殿下、この場をお借りして我が家の惨状を皆様にお伝えしてもよろしいでしょうか? 」
ベアトリーチェは王太子の方へ歩み寄り頭を下げて懇願する。
いや、懇願というにはベアトリーチェの言い方は気軽すぎた。
「・・・」
そんなベアトリーチェを目を細めじっと見つめる王太子。
レオノーラは何か言うべきかと頭を回転させたが、言葉が出てこない。
「余程の事態なら許可を出そう」
「はい。これは危険な能力によって招かれた事です。皆様には知って頂く必要があります」
──何をっ
レオノーラは飛び出して姉を責め立てたかったが、ぐらつく感覚の拭えない頭では体を動かすことはできない。
立っているだでも精一杯だった。
「僕は魅了になどかかっていません」
シリウスはベアトリーチェに訴えるも、ベアトリーチェはそれをかくるあしらう。
「いいえ、貴方は魅了されてその自覚がないだけよ。きっと正気に戻れば、その術が解ければ、この異常性がわかるわ」
王太子の許可を得たベアトリーチェは慈愛のこもった表情でシリウスを見つめる。
そしてハリのある声で話し始めた。
もうそれはベアトリーチェの独壇場。
彼女はシリウスに訴えかけるように周りに聞かせる。
「5年前、義妹が来てから全てが変わってしまった。義妹は魅了の力で父だけじゃなく使用人まで操って好き放題したわ。父は私のことなどお構いなしに母が亡くなってすぐに再婚して・・・あんな馬鹿な人ではなかったのに。領地のことを放り投げて、義妹の欲を満たす為だけにお金を使うようになった。私には何もくれないのに、義妹の欲するがままに何だって買い与えた。そして縋るように、貴方との縁談を決めたのよ。義妹が作った借金のためだけに、フィデーレ侯爵家の財力を当てにして父は婚約を決めたの」
ベアトリーチェは悲痛な叫びを訴え続ける。
その叫びと共に、人々の目はレオノーラに厳しいものとなる。
面白そうに見ている人、魅了の力という力に興味を持つ人、嫌悪感を表す人、そしてただ様子を伺っているだけの人。
どの人もレオノーラにとっては驚異だった。
「誰も私を気にかけてはくれなかったわ。父が投げ出した領地経営も私が引き受けたけど、誰もそれに気づかない。それどころか、義妹にこれ以上の贅沢はやめてくれと訴えれば、血のつながりのない妹を虐げる悪女のように扱われたわ。義妹はそれに腹を立てて、私から更にものを奪っていったわ母の形見だって、父に泣きついて私から取り上げたっ! 残ったのはこのペンダントだけっ!! 」
そう言って苦しそうに叫ぶベアトリーチェが指した胸元に、レオノーラとシリウスは視線を動かす。
「けれど、これを守り切れたおかげで私は義妹に魅了されなかったわ」
ベアトリーチェがそう言い切ると同時に、2人は目を見開いた。
「まさかあれが・・・? 」
シリウスは目を凝らして呟く。
彼は完全にそれに釘付けだった。
ベアトリーチェはそれを自分の話に引き込まれているからだと思い更に言葉を続ける。
「これは、魅了の力を無力化するペンダントですわ」
高らかに発表するベアトリーチェ。
その声に周りから「そんなものがあるか」と驚きの声が上がる。
ベアトリーチェはその声が鎮まるのを待ってから、次の言葉を発する。
「このペンダントのおかげで私は義妹に操られる事なく、王都に逃げ出すことができました」
そして、微笑みながら王太子に目を向ける。
「そうですよね。殿下」
ベアトリーチェの微笑みに答え、王太子は頷いた。
「魅了が効かない事は証明されている」
田舎の伯爵令嬢での話を王太子が認めた。
その信憑性は格段に上がり人々の間に困惑が広がる。
「そんなものがあるのか? 」
「加護の無効化があれで可能なら複雑な術式を毎日かける必要もないのか? 」
「だとすればとんでもないものだぞ」
「魔術の脅威がなくなる」
魔術を扱えない者が多いこの世界では、魔術師は力にもなるが未知の脅威でもある。
力で制御しきれない恐ろしさが、心の奥底に潜んでいた。
人々は想像を膨らましていく。
そしてその想像が進むにつれ、人々の関心はレオノーラの方へ向く。
「「「「「なら、彼女は本当に魅了の力を? 」」」」」
一斉にレオノーラに向けられた彼らの疑念の目。
それはあまりに冷酷でレオノーラは足元から冷えるものがあった。
──なんで・・・
なぜこの様な事になったのか。
レオノーラは縋るようにシリウスの腕を掴んだ。
そうでないと立っていられない。
この冷たい鋭い視線に押し潰されそうだった。
すると、シリウスはレオノーラの手に自分の手を重ねた。
レオノーラは恐る恐るシリウスの顔を見上げる。
シリウスはあの頼りなさげな表情をどこへ隠したのか、しっかりとした双眸をレオノーラに向ける。
穏やかなヘーゼルの色はいつもより色濃く、力強さがあった。
彼の手は先程までの震えもないし妙な硬さもない。
優しくレオノーラに添えてあるだけ。
彼から伝わるレオノーラへの信頼。
──そうよね、もういいわよね?
レオノーラは顔を上げ、シリウスに確認する。
シリウスは仕方なしと言わんばかりに頷いた。
「お姉様・・・」
まだ頭がグラグラするが、レオノーラは立ち直しベアトリーチェに向き直る。
もう我慢ならない。
「私は・・・魅了の力なんて、使ってない」
レオノーラは絞り出すようにつぶやいた。
けれど、ベアトリーチェは「往生際が悪い」と一蹴した。
「また力でどうにかしようとしてるの? 無駄よ。この会場は何十にも術がかけられてるわ。ここで貴方の力は通用しないわ」
ベアトリーチェの声色にはレオノーラを馬鹿にしたものが含まれる。
きっと、いや、絶対、レオノーラを魅了の力に頼るしかない、顔だけの女とでも思っている。
「それ本気で言ってるの?」
地を這うような低音がレオノーラの口から紡がれる。
レオノーラの中でブツンと何かが切れた。
腹が立って仕方がなかった。
人前で押さえていたストッパーは跡形もなく消え去った。
──そっちがその気ならやってやる
体面なんてどうでもいい。
レオノーラはギラついたエメラルドの瞳をベアトリーチェに向けた。
「責任転嫁もいいところ! その被害妄想とヒロイン気取りをどうにかしなさいよ! あと、嫉妬嫉妬って・・・、でしゃばりで高飛車な勘違い女のどこに嫉妬するっていうのよっ!! 」
その愛らしい容姿に似合わぬ怒号が会場に響いた。
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