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「なんだか嫌な感じ」

 突き刺さるような視線を感じ、レオノーラはツンとした小さな鼻に皺を寄せた。

 王都に来てから、いや、船から降りた瞬間からまとわりつくような視線を感じていたレオノーラ。
 初めて来た都会に感覚が敏感になっているのだろうと思っていたが、流石に何かがおかしいと感じる。

 当初の願い通り、王都で有名な店で買い物をしようと署名すれば、先ほどまでレオノーラの美しさを讃えていた店側はサッと顔色を変えた。

『何か? 』

 レオノーラが気になり尋ねれば、のらりくらりと宙に浮いた言葉を返される。
 けれど、彼の目には鋭さがあってレオノーラは品定めされているように感じられた。
 その時は王族も愛用していると聞く商会の人間がそんな態度をとるのかと驚きはしたが、思いの他いい宝石ばかりが手に入り、レオノーラは気にしないようにしていた。

 他の店でも純粋にショッピングできたかと言われたら、正直、鬱陶しい何かが常にあって落ち着かない自分がいたのは確か。

 そして、王宮で名を呼ばれ会場に足を踏み入れた途端に感じた、ぞわりと身の毛がよだつ様なあの感覚。
 初めての場で緊張しているからかと思っていたが──・・・

「やっぱり体調が優れませんか? 」

 レオノーラの隣に立つヒョロリとした栗毛の男性が腰を屈めて、彼女の顔を覗き込む。
 視界に広がるヘーゼルの瞳は不安げに揺れていた。
 レオノーラは表情を和らげ、かぶりを振った。

「ありがとう、大丈夫よ──シリウス様」

 レオノーラがそう答えれば、男性──シリウスは力が抜けたような笑みを浮かべ顔を遠ざける。
 けれど彼の心配は拭えていないのか、レオノーラの背中に手を回し、エスコートしながらも彼女を周りから守るように立つ。

「レオノーラ、僕から離れないでくださいね」

 彼もこの不躾な視線を感じているのか、彼の動作は少し固かった。
 彼と婚約してまだ半年。
 まだ気恥ずかしさは抜けないが、彼との距離は少しずつ縮んではいる。

「シリウス様、私は幼子ではないのよ」

 レオノーラは彼の胸を拳で軽く小突くと、彼はそれを目尻に皺寄せた気弱な笑みを浮かべて受け止める。
 そんなシリウスでもたしかに男性で、小突いても体はびくともしなかった。

「それに、今日はお守りがたくさんあるから」

 レオノーラは自分の胸元に視線を移す。
 彼女の今日の装いは、艶めく金髪に負けない程の装飾品を、これ以上足す必要がない程全身に身につけている。
 華奢なレオノーラには大きすぎる宝石のネックレスは、王都についてから作った特注品だ。
 まとまりのない宝石類は他から見れば些か不格好だが、レオノーラはそれでも満足していた。
 いつもの気分の悪さも感じない。

「今日は・・・、い、一段と綺麗です」

 シリウスはボソボソと口に何かを含んだような言い方をする。
 レオノーラは、いつものベアトリーチェお姉様に対する態度はどうしたのかと問いたくなるが、それを許しているのはレオノーラ。
 事務的な物言いをする彼は本来の彼ではないとよく知っている為、無理を強いたりはしない。
 褒められたレオノーラは、素直に頷き、改まってお礼を言う。

「シリウス様、ありがとうございます。貴方も今日は素敵よ」

 いつもの癖っ毛を綺麗にセットしているシリウスはいつもより凛々しく見える。
 それでも、頼りない彼の印象が消えるわけではないが、それだけレオノーラの隣で安心しての事。
 レオノーラの微笑みに彼も安心した顔を見せた。

「それにしてもなんとも奇妙ですね」
「お母様達はまだなのかしら? 」
「先に来ていたはずなのですが・・・」

 朝から別行動をしていた母親達の姿が会場にはない。
 鈍感なシリウスさえ感じているこの違和感。

 ──考えすぎかしら?

 そう思うも、警戒する気持ちは止められない。
 レオノーラはベアトリーチェお姉様を思い出し、なんとも言えない渋いものが湧き上がって来た。

「あれが・・・」
「ラドア伯爵家の・・・」

 近くの集団からコソコソと声が聞こえた。
 その会話の中から、家や姉の名が出てきた気がしたレオノーラ。
 何気ないふりを装って髪の毛を整えながら瞳だけその集団に向ける。

「ほらやっぱり、金髪だし」
「宝石に目がないって本当なのね」

 どうやら貴族の令嬢方の集団。
 気軽に話している様子を見るに、普段から仲の良い同じ身分の友達なのかもしれない。

 ──私の事?

 彼女達の会話の内容は聞こえにくく、すぐには理解できなかった。
 ただ、近寄ってくる様子がないし、周りの様子を見るに良い内容ではない気がする。
 疑い始めたら止まることのない思考にレオノーラは悩みながら、じっと彼女達の会話に集中する。

「話通り殿方が好きそうな顔をされているわ」
「ってことは、あの隣の方が? 」
「地方では知らないけど、王都ではそこまで目立つ方ではないと思うけど」

 主語がはっきりしない会話は、彼女たちには分かってもレオノーラには難しい。
 中途半端な分、余計によくない方へ想像は進んでしまう。
 けれど、聞く限りレオノーラの事で間違いはなさそうだ。
 この変な状況を理解するには彼女達の会話を聞くしかないと、レオノーラはこめかみを触る。

「なら、間違い無いわね」

 彼女達も確かめ合って結論が出たようだ。





「あれが、様ね」





 ──え?




 全く予想もしてなかった言葉に、レオノーラは固まった。




 ──私が




 レオノーラが戸惑い顔を上げれば、シリウスの目とかち合う。
 彼も後ろの令嬢達の話を聞いていたようだ。
 彼のヘーゼルの瞳はあの日の様に揺れて落ち着きがない。
 レオノーラは気休めにと、声を出さずに口パクで「落ち着いて」と彼に伝える。
 しかしシリウスの動揺がおさまることはない。
 仕方なしにレオノーラはシリウスに声をかける。

「きっと勘違いよ」
「ですが・・・」
「レオノーラ嬢」

 シリウスが口を開きかけると、横から声がかけられた。
 顔を向けると、母とそう歳の変わらぬ女性──グレタ夫人がいた。

「お久しぶりです、グレタ夫人」

 レオノーラは顔を切り替えて挨拶をし、隣のシリウスの紹介をした。
 シリウスと挨拶を交わしたグレタ夫人は頬に手を当て同情的な目をレオノーラ達に向ける。

「そう、貴方が。大変だったわね」
「いえ・・・」
「私の次男も騎士を目指していたのだけど、精神的に参って今は領地に戻っているわ。心が疲れれば体も疲れてくるから、気をつけてね」
「はい・・・。お気遣いに感謝いたします」

 グレタ夫人に優しく肩を叩かれ、シリウスはゆっくりと頷いた。

「ところで」

 グレタ夫人は慈愛に満ちた表情を一変させてレオノーラの方へ向き直る。

「ベアトリーチェ嬢は王都で話題の的ね。貴族令嬢が宮廷の図書館員として働き始め、知識もなかなかの物だと評判よ」

 グレタ夫人は扇子をバサリと音を立てて開くと、口元を隠した。

「周りの者達との交友を広め、今はアングリッフ公爵家の令嬢と頻繁に会っているのだとか」

 ビックネームにレオノーラは大きな目を丸めた。
 アングリッフ公爵家となれば国家中枢で活躍した偉人を輩出してきた名門中の名門。
 国内外の王族の血も流れており、その存在は教皇でも無視できないと噂される程。
 そんな貴族の中の貴族と家出したベアトリーチェが仲良くしているなんて夢のようの話。

 ──あの人が、アングリッフのご令嬢と?

 驚きはすぐに消え、レオノーラはその顔を気難しそうに歪める。
 レオノーラにとってあまり良いことではない様に思える。

 そんなレオノーラを機にすることなく、グレタ夫人は勝手に話を進めていく。

「それに、ラドア伯爵が実娘を虐げていたって噂になっているわ。しかも、それを主導しているのは血のつながりのない妹だと」
「はい?」
「妹はだとね」

 レオノーラは想像もしていなかった内容に目をしばたかせる。
 やっぱり先程の令嬢達の会話は自分の事だと認識するも、理解も納得もできない。
 けれど、思い当たる節がないわけではない。

のせいですね」

 レオノーラの鈴の音のような愛らしい声が一変する。
 グレタ夫人はそんなレオノーラの顔を一目見ると、扇子で顔を全て覆ってしまった。

「わ、わたくしも最近知ったばかりですのよ。まあ、そういったことですので、こ、これで失礼しますわ」

 早口でそう言うと、乾いた笑い声で「おほほ」とわざとらしく笑ってそそくさとその場から立ち去っていく。
 その間、2人の会話をじっと聞いていたシリウスは険しい顔をしてグレタ夫人が消えるのを見届ける。




「「・・・」」



 2人の間に沈黙が流れる。



 ──あの人が・・・



 俯いていたレオノーラの肩が震え始める。



 ──許さない



 レオノーラの中に沸々と湧き起こる“怒り”。
 それは消える事なく次々と生まれ、溜まって、そして──


「絶対、許さないッ」


 レオノーラの口から呻くような低い呟きとなって飛び出した。
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