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SIDE:B
B -5
しおりを挟むベアトリーチェが彼に心を開いて数日が経った。
彼はベアトリーチェの話を真摯に受け止め、そして「大変だったね」と笑いかけてくれた。
それだけでベアトリーチェの心は満たされる。
それから義妹や父、シリウスのことは思い出さなくなった。
やっと心が自由になったのだとベアトリーチェは実感する。
──彼に話してよかった・・・
ベアトリーチェはほっとしてスープを口に運んだ。
すると向かい側に座っていた子爵令嬢が口を開く。
「ベアトリーチェ様も苦労したのですね」
彼女は侍女として宮廷に仕出している子爵令嬢で、彼女がそう言えば彼女の侍女仲間がうんうんと頷く。
今日は貴族出身の令嬢達に囲まれてベアトリーチェは食事をしていた。
近頃は同僚よりも、歳の近いが身分はベアトリーチェより低い男爵家や子爵家の令嬢達とよく話をするようになっていた。
彼女達はベアトリーチェの発言の端々で、彼女の状況をある程度察していたようだった。
──まさかバレているなんて・・・
自分は言ったつもりなんてないのにと身を縮こませながらベアトリーチェは言葉を返す。
「苦労って・・・、義妹は皆に愛される人だから・・・」
「皆に愛されるって、それっておかしいですよね」
子爵令嬢が不思議そうに首を傾げた。
「全ての人に愛されるってありえますでしょうか? 嫌なところがない人ってことですもの。そんなの人間らしくありませんわ」
心底信じられないという風に彼女は言った。
すると他の令嬢達もそれに同調する。
「そうです。どんなに偉大な事をやり遂げた国王だって、実はこうだった、ああだって悪口を書かれているではありませんか」
そう言われてベアトリーチェは頭が殴られたような気分になる。
「そ、そうでしょうか・・・」
「そうですわよ。いくら愛らしい顔でも好みもありますし」
「私なんかは、可愛らしいお顔よりも、ベアトリーチェ様のようなお顔に憧れますわ」
「そうです。きっと性格だって好みによって好き嫌いがありますわよ」
「当たり前ですわ」
彼女達にそう言われて何かが崩れ始める。
なぜそれが当然だと思っていのかベアトリーチェも分からない。
「まるで彼女を愛さないといけないって操られてるみたい」
その一言にベアトリーチェはハッとさせられた。
*
その日、食堂から戻るとベアトリーチェはいくつかの本を選びそれに目を通す。
そして、ベアトリーチェの中で一つの真実が見えてきた。
「つまり、君は義妹の力が働いていると言いたいのか? 」
2日後、ベアトリーチェは定期的に顔を出すチェザーレにこのことを伝えた。
「ええ。考えてみれば私は義妹の鑑定書を見たことがないわ。体が弱いのを理由に授業を受けていなかったから、魔力などないのかと思っていたのだけど──・・・」
そこまで言って、ベアトリーチェは悔しげに唇を噛み締める。
ベアトリーチェが心を開いたあの日からベアトリーチェは彼に敬語を使わなくなった。
彼との距離は確実に近くなり、2人の関係は変わりつつある。
「お父様の様子が変わったのは、義妹が来てから。使用人の態度が変わったのも同じよ。あまりにも不自然だわ」
「義妹が全員を操っていると? 」
「ええ、シリウス──、いえ、フィデーレ卿も同じだと思うわ」
ベアトリーチェがシリウスの名を言い換えると、チェザーレはその口元に笑みを浮かべる。
それを見たベアトリーチェは一冊の本を開いて彼に見せる。
「これ、見て」
チェザーレはそれを見つめ目を細めた。
「『魅了の力』な・・・」
チェザーレは瞳から光を消す。
それだけその力は忌々しいものだ。
「これが、義妹の力よ。自分に好意を持たせるような状態にして相手を操るの。お父様が借金を繰り返していたのはきっとこれで正確な判断が取れなかったのよ。そして、お父様達に私への嫌悪感を抱かせて孤立させたの」
「その話でいけば、君の義妹が君を排除しようと動いていると考えられるが? 」
「私が気に入らなかったのね。だから私から全てを奪おうと──・・・」
ベアトリーチェはなぜ今までそれをおかしいと思わなかったのかと拳を強く握りしめる。
父が再婚を強行した時からおかしかったではないかと。
「そうか。だとすれば、君の義妹はかなりの魔力の持ち主になるな。魔導師の魔術も複数人相手にかけるのはかなり困難だ。範囲もそう大きくはない。無理をすれば命に関わるからな」
「それは義妹の鑑定書を確認しないとなんとも・・・」
ベアトリーチェはそう言ってチェザーレに目を向ける。
鑑定書は、本人の他に、複製されたものが宮廷魔導師団と神殿の二ヶ所で保管されているのだが──
チェザーレは首をすくめた。
「本人の持っているものを確認するしかないだろうな。宮廷魔導師団の物は高官達にしか見せないし、厳重に管理してある。神殿の方は、教国に殺されたくなければやめた方がいい」
「そんな・・・」
領地に乗り込むしかないのかとベアトリーチェは項垂れた。
すると、先程まで背もたれにしなだれて聞く姿勢を保っていたチェザーレが体を起こした。
「それよりもだ。私としては君がその『魅了の力』の影響下になかったことの方が気になるが」
「え」
そう言われて、ベアトリーチェはその矛盾に気がつく。
ベアトリーチェは義妹と出会ってから彼女に好意を抱いたことなどない。
もしそれが、義妹が自分を排除しようとする要因ならばと、ベアトリーチェの中で繋がっていく。
「でも、私は魔力なんてないわ」
鑑定書は偽造ができるような代物ではない。
その為、ベアトリーチェには魔力も加護もないのは確実。
「その、ペンダントは? 」
チェザーレがベアトリーチェの胸元にぶら下がってあるものを指差す。
それは、実家から唯一ベアトリーチェが持って来れた母の遺品。
以前、ベアトリーチェは彼にそのペンダントの話をしていた。
「でも、これは母の遺品で・・・」
そう言いかけて、領地で父に奪われないように肌身離さず服の下に持っていったことを思い出した。
「それを調べさせて欲しい。何かわかるかもしれないからな」
「でも・・・」
「頼む」
チェザーレに真っ直ぐ見つめられれば、ベアトリーチェは頷かずにはいられない。
ベアトリーチェがそのペンダントを外してチェザーレに渡す。
「っ・・・」
その時、ベアトリーチェの指先が彼の手に当たり、ベアトリーチェは真っ赤になって手を引っ込めた。
チェザーレはそれを受け取るとチラリと視線を違う方へ向けた。
「さっきから視線が痛いのだが、大丈夫なのか?」
チェザーレが顎で示す方を辿り下の方をみれば、一階の受付から同僚の女性がこちらを睨んでいた。
「・・・大丈夫よ。よくあることだから」
ベアトリーチェはまたかと気弱に微笑む。
前は関係が良かったはずの同僚のあたりが強くなったのは最近の事だ。
仲良くなった令嬢達に紹介されて、最近は宮廷でも幅を利かせている公爵家の令嬢などとも仲良くさせて貰っている。
その関係で、仕事中にも呼び出しを受けたりする事が増え、嫉妬されているようなのだ。
とはいえ、今回のように睨まれたり、きつい言い方をされたり、時々無視される程度であの家で暮らしてきたベアトリーチェには何ら問題はない。
「そうか。では、またな」
ベアトリーチェが受付の方に気を散られている内ににチェザーレはそう言うといつの間にか姿を消してしまっていた。
──そんなに急がなくてもいいのに・・・
ベアトリーチェのために急いでくれたのかと胸が熱くなった。
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