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序章
しおりを挟むめいいっぱいに陽を浴び、地上に広がる、光輝く黄金の稲穂。
人々に恵みをもたらす温かなそれに似た金髪を海風に靡かせている女性。
船の甲板にいる者は談笑などに勤しみ海上を賑やかしているが、彼女は一言も発する事なく木造の手すりに華奢なその身を預けている。
物思いに耽っているように見える彼女の双眸は、その瞳が見つめている海と同じエメラルドグリーン。
それは彼女の容姿をよく表しており、どこか儚げで透き通った美しさを湛えていた。
「気分が悪いのですか? 」
癖のある栗毛の男が穏やかな声で心配そうに彼女に駆け寄る。
彼女はゆったりと振り返り、その瞳に彼を映すと先程の朧げな様子が嘘だったかのように、蕾が綻ぶような笑みを浮かべた。
男は確かに整った容姿はしているものの、特段な美しさは見受けられない。
背の丈も成人男性としては平均的なもの。
質のいい服装は豊かな家の者に見えるものの、細い体つきは手足を長く見せているものの頼りなさが拭えない。
人目を引く彼女に比べると彼は幾分が見劣りする。
「体は大丈夫よ。考え事をしていただけ」
「眩暈はしませんか? 海に出るのは久しいですし、薬の副作用の事もあります。無理はしないでください」
「ふふ、心配性ね」
「それは前から分かりきっている事ではありませんか。貴方が僕の気を揉まさないように気をつけてくださいよ」
男は甲斐甲斐しい従者のように彼女のそばに傅く。
「あら、それもそうね。貴方は気が小さいから」
「そうです。僕の寿命を思うなら、貴方は我慢だけはしないでください」
「まあ」
彼女は、目を丸くした後、小鳥のさえずりのような長閑な笑い声を上げた。
それは、お伽噺から飛び出した理想的な姫君そのもの。
「ねぇ、こっちへ」
彼女が言えば、男は穏やかなヘーゼルの瞳を細め、背後から彼女を包み込むように手を伸ばす。
そして、彼女は当たり前のようにすっぽりと彼の腕の中におさまった。
そんな2人の姿は何故かしっくりときて、容姿の優劣など感じさせない不思議な心地にさせられる。
「考え事は? 」
男が彼女を宝物を扱うかのように優しく包み込みながら尋ねれば、彼女は彼の温もりに浸るように目閉じながら答える。
「もういいの。いくら考えても無駄だから」
彼女は目を閉じたまま彼の手に自分の手を重ねる。
男はそれで納得したのか、いや、彼女にそう言われたから、それ以上問いたださない。
「貴方がそう言うのなら」
「それよりも、私、新しい宝石が欲しいわ」
彼女は彼に期待の籠ったエメラルドの瞳を向ける。
彼女の胸元は既に計算するのが恐ろしく思える豪華な装飾品がぶら下がっていた。
男は驚いた顔を見せたが、彼女の瞳とかちあった瞬間、笑顔を浮かべる。
「えぇ、貴方が言うのであれば」
「王都には何があるのかしら? とっても楽しみだわ」
「貴方の望むがままに」
男はそう言って彼女の髪を一房持ち上げて口づけをする。
「我が愛しきレオノーラ」
男は惚けたような──、陶酔したようにも見える笑みを浮かべる。
彼女──、レオノーラはそれを満足げに見つめていた。
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