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2章 太陽になれない月

幕間ーエレン①

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 エレンの世界はいつも暗闇だった。

 いじめっ子達は、エレンを埃だらけの狭く暗い場所に閉じ込めた。
 母が亡くなった後、預けられた孤児院でもそうだった。
 いつも「悪魔」だと言われ、何をされても逆らう事はなかった。
 幼いエレンには理解できる世界ではない。

──僕がみんなと違うから・・・

 全て自分が悪いのだとエレンは思った。
 ただ同じになりたかった。
 なんでもない、ただのエレンになりたかった。

 エレンは孤児院を出た。

 きっかけは、夜に罰として外の馬小屋に一人閉じ込められたことだった。
 暗闇はエレンの居場所だったが、エレンには暗闇が恐ろしくもあった。
 その闇がいつか自分を飲み込んでしまいそうな恐怖にエレンは怯えた。
 そして逃げ出した。
 とにかく違う場所へ、暗闇のない場所へとエレンは足を進めた。

 だが、どこもエレンには暗闇だった。
 街を見渡せば太陽に照らされているのに、そこにエレンの居場所はなかった。
 太陽の下に出ても、エレンを満たしてくれるものはなかった。
 むしろ、その眩しさが毒の様な気がして、エレンは自分が汚れている様に思えた。

 エレンは結局暗闇の中にいるしかなかった。
 同じ様に生きる人間に倣って、盗みを働いた。
 だが、赤い目は暗闇に溶け込むのさえ難しくさせる。
 エレンは髪で目を隠す様にした。

 暗闇に溶け込む様になると、またエレンは暗闇を恐れた。
 今度は、暗闇に完全に溶け込んでしまう様な感覚がエレンを襲う。

 だが、月を見るとエレンは心が落ち着いた。
 太陽とは違って月の光はエレンに優しい気がした。
 そこにいるエレン自体を癒してくれる。
 そんな気分で、エレンは暗闇に浮かぶ光を眺めていた。

 そんな生活を続けていたある日、エレンはかき集めたわずかなコインを握り、いい匂いのする店に行った。
 店主はエレンを見るなり怒りだした。
 「お前のくるところじゃない」「お前がいると客が減る」と言って、エレンを殴った。
 客達も見て見ぬふり、いや、煩わしそうにエレンを見ていた。
 数発殴られた後、抵抗できなかったエレンはそのまま掴まれて外に放り出された。

 暴力など日常茶飯事だったが、その痛みに慣れることがない。
 ただ心だけが切り離されたように何も感じなくなっていた。

 それでも、怒りがおさまらない店主をぼんやりと見ながら、エレンはどうせなら殺してくれればいいのにと思った。
 自分の全てが暗闇に飲み込まれる前に、自分が終わればいいのに。
 母の元にいけば少しだけ楽になれそうな気がして、エレンは目を閉じようとした時。
 
 月に似た輝きが目の前に現れた。

 いきなり自分の目の前に現れた少女。
 彼女の意志の強そうな深い青の瞳の中に月光ににた煌めきをエレンは見た。
 夜の暗闇に光る彼女の髪はたなびいて、見惚れるような美しさだった。
 柔らかい彼女の小さな体が自分を優しく包み込んだあと、立ち上がりエレンを恐怖から守ろうとする。

──お月様みたい

 エレンは、暗闇に現れた彼女を見て、そう思った。

 それからは、エレンには彼女しか見えなかった。
 他に綺麗な身なりをした人が現れたが、エレンは目印のようにただ彼女を見ていた。
 彼女はその見た目だけなく、性格も月のようで、とても静かで神秘的だった。
 エレンには分からない話をしていたが、彼女の声色はエレンを落ち着かせる不思議な響きをしていた。

 だからか、自分の怪我を治してくれると大人達が話し始めた時、彼女も連れて行かなければと思った。
 自分を抱きしめて痛みに耐える彼女の顔が思い出される。
 久しぶりに出した声は、目の前の人たちのように流暢にはいかなかった。

 それから始まった、治療院での生活はエレンの記憶にほとんど残っていない。
 久しぶりに浴びる太陽の光はただ眩しいだけで、慣れないものだった。
 ただ、ずっと月のことを考えていた。
 何度も何度も彼女を思い出して、夜がこわいと思わなくなっていた。

 それからしばらくして一度だけ月が太陽を思わせる少女と共にやってきた。
 太陽の少女は、いきなりエレンの顔を掴み宝石のような瞳だと騒ぎ出した。

──見ないで

 エレンは恐怖に震えた。
 自分の目はおかしいのだと言われているようだった。
 普通ではない自分が嫌で、気づけば彼女を拒否していた。
 驚く月の少女の顔が見えた。

──嫌われちゃう

 また暗闇にのまれそうで、エレンはひたすら震えた。
 今は彼女を見たくはなかったし、見られたくはなかった。

 けれど、その後、また彼女は来てくれた。
 静かに佇む姿はやっぱり月のようで、少し距離が離れていたがエレンはそれに安堵した。
 普通ではないおかしな自分を見られなくて済むと思った。
 そして、再び視界に現れたことが嬉しかった。

「セレーナ・・・」

 だから、エレンは彼女の前を聞いた時、思わず言葉を発していた。
 彼女の存在が自分の中に刻まれた。
 そんな気がした。

 その穏やかな気持ちを邪魔するかのように太陽の少女が忙しなく口を動かしていたが、エレンには耳に入ってこなかった。
 月の名前を何度も反芻していた。
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