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2章 太陽になれない月
2−6
しおりを挟む数日後、セレーナは、帰ってきた公爵をソルと一緒に捕まえた。
「二人とも、こんな時間にどうした? 」
遅くまで起きているセレーナ達に驚いていた公爵だったが、セレーナもソルも怯むことなくエレンの話だと迫った。
「あのね、セレーナがお父様に話があるの」
ソルが先に言った。
「ソルはとってもとってもいい考えだと思う! 」
ソルはイマイチ内容を理解していないだろうとセレーナは思った。
多分、セレーナがエレンを屋敷で引き取ると軽率に言ってしまったから、エレンと暮らせると張り切っている様子。
ソルがそんなに彼を気に入ってしまうとはセレーナは意外だった。
みんな友達と言い切ってしまいそうなソルにしては、一人に固執するのはとても珍しい。
「ね、お父様。聞いて! 」
ソルが公爵を無理やり引っ張って椅子に座らせた。
公爵は時間を気にしていたが、「分かったよ」とすぐに聞く姿勢になった。
「それで、セレーナは何を思いついたんだい? 」
「彼は、お父様に借金があります」
セレーナが改まった話し方で言うと、公爵は「ん? 」と首を傾げた。
「お父様が彼の為に払った治療費。あと、上乗せして渡したお金。それらのお陰で、彼はあの容姿でも困ることなく、丁重な治療を受けています」
「上乗せ・・・」
公爵は少し苦笑いを浮かべたが、セレーナは構うことなく続けた。
「それだけではありません。ソルが持っていく過剰なお見舞いの品もあります」
あれからほぼ毎日のようにするはエレンの元に行っている。
しかも、授業をサボって。
デジレ夫人もまたかと呆れていた。
セレーナは流石に授業を休む事はしないが、またソルが暴走しないように時々見張に行く。
それに、段々と健康的な顔つきになる彼を見るのは、好ましかった。
ソルの一方的なおしゃべりにも段々と反応を示すようになった彼の事も知れるし、セレーナにとって読書以外での小さな楽しみとなっていた。
「ソル」
公爵は厳しい目をソルに向けた。
ソルは首をすくめて、「だって寂しそうだったから」と言い訳をする。
セレーナは、あえてソルを止めなかったので、少しだけ責任を感じるも、注意したとしてソルが止まったかどうかは分からない。
「あと、それと、私の治療費もあります・・・」
セレーナは尻すぼみになりながら言った。
公爵はなぜエレンの借金にそれが含まれるのか心底わからないという顔をした。
「その、私は彼を庇ったので・・・彼は私に、借り・・・があると思います」
セレーナは自分で言っていて恥ずかしかった。
とても恩着せがましい事を言っている気がして、小さくなる。
公爵はそれが分かったのか苦笑いを浮かべた。
「それで、それがどうしたと」
「なので、彼は多くの借金があります。けれど、彼には働き口もなく、それを返す為の手段はありません。それに容姿の問題から、簡単に他の場所が見つかるとは思いません。それに、彼が働ける年齢になるまで彼が逃げないように見張らないといけないと思います」
「つまり? 」
段々とセレーナの言いたいことを分かってきた公爵は、結論を急かした。
「そうなると、借金を返済する為に、彼には屋敷に来る他はないと思います」
ニコニコと笑う公爵。
セレーナはさっきまで名案だと思っていたのに、きちんと説明しているとかなり無理やりな話に思えていて、子どもの浅知恵に感じられた。
セレーナはこんなことしか思いつかない自分が情けなくなり、俯いた。
「まぁ、そうだね」
公爵は穏やかな声で言った。
「私もね、彼は我が家で引き取るのがいいと思ってたよ」
「ヤッタァ! 」
ソルが全身で喜びを表す。
公爵はソルが落ち着くのを見届けて、セレーナの方に顔を向けた。
「けれど、セレーナはそれだけの理由で引き取るべきだと思ったわけではないよな」
公爵に問いかけられ、セレーナは顔を反射的に上げた。
父の優しい目が答えを促す。
「彼には後ろ盾が必要だと思うから・・・。お父様が認めたってなれば、彼を容姿だけで嫌がる人は減ると思って。だってそれは神話の話に過ぎないし、公爵家に逆らえる人はそう多くない・・・でしょ? 」
セレーナが慎重に言葉を紡げば、公爵は目を細めて頷いた。
「そうか。セレーナは、彼が容姿を気にせず暮らして欲しかったんだね」
セレーナは頷いた。
だって不公平だと思った。
普通の人より生き難い彼には誰かの助けは必要で、それは彼でどうすることもできなくて、そんなのあんまりだと思った。
結局、セレーナはソルと同じだった。
ただ、彼を助けたかった。
手が届くなら助けたくて、自分で言った理屈をひっくり返した。
それは貴族としてどうなのかまだ分からない。
けれど、ソルのように、理屈ではなく行動する事もあるのだとセレーナは気づいた。
たっぷりと言い訳をくっつけないと動けないセレーナだったが、何もしなければ後悔すると思った。
だから、口先ではソルを諭しながらも、本当は、ずっと言い訳を探していたのかもしれない。
「セレーナ、君は決して誤った道を選択したんじゃないよ」
公爵は椅子から立ち上がると、セレーナに笑いかけた。
「ずっと考えてたんだろ? 誰にとっても、いい方法を」
「でも」
「完璧じゃなくてもいいんだ。セレーナの頭にその通りが浮かんだかどうかが重要なんだ。セレーナは多くの人の事を考えた。それでいいんだよ」
「あの子は嫌がるかもしれない」
「それでもだ」
公爵はセレーナの言葉をやんわりと包み込む。
「なら、お父様は何を考えていたのですか? 」
セレーナは公爵に問いかける。
セレーナが考えれたことぐらい、公爵ならとっくに浮かんでいたはず。
最初から引き取るつもりなら、考えるなんて言わなくてもよかったのではないか。
セレーナの中に疑問が残る。
「そうだね。大人は色々と余計な事を考えることが多くてね。嫌になってしまうな」
公爵は曖昧に笑って誤魔化した。
「しかし、2人とも彼を引き取ることに賛成なら、問題はないだろう。さて、そうなると、彼次第だ。あとはお父様に任せてくれるね? 」
腰に手を当ててにっこりと笑う父。
セレーナもソルも何も躊躇うことなく返事をした。
*
そうして、エレンは公爵家に引き取られることとなった。
公爵と彼がどんな話をしたのかセレーナは知らない。
2人だけで話したいから、と入れてもらえず、公爵が部屋を出てきた時には既に話はついていた。
治療師の許可が出たエレンは、すぐに公爵家にやってきた。
「エレンのお洋服も準備しているんだよ。あとね、それとね──」
ソルは彼がやってきて心底嬉しいのか、玄関ホールであれこれと説明する。
そして彼の部屋に連れて行こうと手を引いていた。
彼は相変わらず表情はなかったが、それでもソルの手を払いのけることはない。
セレーナは、さすがだなと思う。
──ソルには敵わない
人の心に入るのはソルの得意分野だ。
ソルだから触れるのも許すし、振り回されても文句もない。
あの赤い瞳もすぐにソルに夢中になるのだろうとセレーナは思った。
──いいな
なんとなくソルが羨ましかった。
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