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第一話 ある老人の死
エピローグ:ミドウの退院
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──翌日、森友総合病院の受付ロビーにはクロとマキの姿があった。本当にミドウが退院するかどうかをみるためである。
そして予告通り9時過ぎに大荷物を抱えたミドウが降りてくる。
「なんだ、本当に追い出されたのか」
「まずはおはようの挨拶だろ。おはようマキちゃん」
「ずいぶんと私物を持ち込んでたんですねぇ」
「なんだよぉ、ふたりとも冷たいじゃないか」
「さんざん振り回されたからな。今日だって本当に退院するか確認に来たんだ」
「信用ねぇなぁ」
「当たり前です」
マキは昨夜のミツの言葉が過ったが、あらためて見るとありえないなと全否定した時だった、ロビーに緊張が走る。
医師が横並びになり、看護師は目立たないように身を隠し、事務職もその場で直立不動の姿勢をとる。
そこへ正面玄関の前に黒塗りの高級セダン車が停まり、後部座席のドアが開く。中から黒の中折れ帽を被り和服姿の老人が出てくる。
黒縁丸メガネ、口元は白く蓄えた髭、背は普通にみえるがあの世代なら高い方だろう。
供の者が杖を渡そうとするが、それを軽く手を振って断ると、高級そうな革靴を履いた足で病院内に入ってくる。
受付け待ちの来院者の中から拍手が起きる、立ち上がって敬礼するものや何度も何度もお辞儀する者もいる。
それらに手を振り応えながら、事務所内に労いの言葉をかけ、整列した医師に囲まれながらエレベーターに乗り上階へと消えていった。
儀式みたいな出来事を見ていたクロがぽつりとつぶやく。
「何だありゃあ」
「あれが森友魁山だよ。御年99歳、生きた伝説。財団職員にとっては神様の降臨ってところだな」
「ふぅん。……これを見せたかったのか」
「なにがよ」
「わざわざ退院日時を言ったから、何かあるのかなと思って来たんだよ」
クロがそう言うと、マキがビクッと震える。そしてスマホを取り出す。
「……班長すいません、ちょっと電話してきます」
「なんかあったのか」
「あ、いえ、プライベートの用件です。ついでに用も足してきます」
ぺこりと頭を下げてマキは離れていく。それを見送ったふたりは、ふたたび会話を続ける。
「で? 見せたかったのか」
「まあな。どんな人物でどんな権力を持ってるか、よく解ったろう」
「まあな」
軽く受け流しながらもクロは知らず知らずに緊張していたことに気づく。──格が違う──瞬時に防衛本能が働いていたのだ。
「あんな御方に任せられたんだ。これで弘美さんも安心さ」
「お前、魁山のこと知ってるのか」
「まあな。ご年輩の人と話すときよく話題に出るから図書館で郷土史とか読んで知識を入れてる」
「教えろよ」
「調べろよ。それじゃな、マキちゃんによろしくー」
「待てよ。ひとつ訊かせろよ」
「なんだよ。もう全部話したぜ」
「絵はあといくつあるんだ」
「何のことだ」
「とぼけるな。割田内外の絵はあといくつあるかって言ってるんだ」
ふぅーっとため息をつくと、クロに近寄り小声で話す。
「やっぱり気づきやがったか。どこでわかった」
「窃盗サイト被害の喫茶店でお前が絵を掛け変えてたって聞いてな。ひょっとして内外の未発表作品があって隠してるんじゃないかと思ったんだよ。ということはあるんだな」
「ああ。画商も知らない未発表作品がある。窃盗でも隠匿でもねぇよ、ちゃんと内外にもらったヤツだ」
「どういうことだよ」
「依頼料の残金代わりさ。前金は現金でもらったが、無理心中するつもりだった内外は死んだあとの残金として最後に描いた作品をやると言ったのさ」
「どうやって手に入れた」
「描きあがって梱包されたものを業者のふりして受け取りにいった。その時はまだ弘美さんはしっかりしてたけどな」
「それをどうする気だ。魁山先生にまた買ってもらうのか」
「いんや。ほとぼりの冷めた頃に売って現金にするよ。今は底値だから保管しておく」
「値上がりするのか」
「先のことはわからんよ。とりあえず経費込みでとんとんくらいになったら売るつもりさ。じゃあな」
聞くだけ聞いただろと、ミドウは手をひらひらさせて病院を出ていった。
それをムスッとしながら見送ると時間を確認する、すでに10時を過ぎていた。
「マキくん、遅いな」
※ ※ ※ ※ ※
──その30分くらい前、宮裏紗絵はあたえられた個室で訪問者を相手にしていた。
小柄で看護師姿のおかっぱ頭の、やけに陽気な振る舞いをする訪問者に宮裏は面食らっている。
「……あなた」
「どうもー、[あの御方]のメッセンジャー、エムでーす。もちろん偽名ですよー」
夢の国の主役マウスのような身振り手振りをするので、宮裏は軽く神経を逆撫でられる。それを無視してエムは話し続ける。
「ゲームの加点対象として認める、とのことです。それとは別に頼まれたことも了承するとのことです」
「そう。わかったわ」
「でわでわ~」
退出しようとするエムに宮裏は話しかける。
「ねえ、なんであんなことしてるの」
「なんのことでしょう? 私は[あの御方]の忠実なる下僕以外何もしてませんよー。でわでわ~」
エムはお辞儀をしたあと、静かにドアを閉めていく。宮裏はエムと最近知り合った人物を比べる。
「似ているけど……雰囲気がまったく違う……姉妹? 双子? 他人の空似?」
わからないから考えるのをやめ、とりあえずゲームで加点されたことを喜ぶ事にした。
そして予告通り9時過ぎに大荷物を抱えたミドウが降りてくる。
「なんだ、本当に追い出されたのか」
「まずはおはようの挨拶だろ。おはようマキちゃん」
「ずいぶんと私物を持ち込んでたんですねぇ」
「なんだよぉ、ふたりとも冷たいじゃないか」
「さんざん振り回されたからな。今日だって本当に退院するか確認に来たんだ」
「信用ねぇなぁ」
「当たり前です」
マキは昨夜のミツの言葉が過ったが、あらためて見るとありえないなと全否定した時だった、ロビーに緊張が走る。
医師が横並びになり、看護師は目立たないように身を隠し、事務職もその場で直立不動の姿勢をとる。
そこへ正面玄関の前に黒塗りの高級セダン車が停まり、後部座席のドアが開く。中から黒の中折れ帽を被り和服姿の老人が出てくる。
黒縁丸メガネ、口元は白く蓄えた髭、背は普通にみえるがあの世代なら高い方だろう。
供の者が杖を渡そうとするが、それを軽く手を振って断ると、高級そうな革靴を履いた足で病院内に入ってくる。
受付け待ちの来院者の中から拍手が起きる、立ち上がって敬礼するものや何度も何度もお辞儀する者もいる。
それらに手を振り応えながら、事務所内に労いの言葉をかけ、整列した医師に囲まれながらエレベーターに乗り上階へと消えていった。
儀式みたいな出来事を見ていたクロがぽつりとつぶやく。
「何だありゃあ」
「あれが森友魁山だよ。御年99歳、生きた伝説。財団職員にとっては神様の降臨ってところだな」
「ふぅん。……これを見せたかったのか」
「なにがよ」
「わざわざ退院日時を言ったから、何かあるのかなと思って来たんだよ」
クロがそう言うと、マキがビクッと震える。そしてスマホを取り出す。
「……班長すいません、ちょっと電話してきます」
「なんかあったのか」
「あ、いえ、プライベートの用件です。ついでに用も足してきます」
ぺこりと頭を下げてマキは離れていく。それを見送ったふたりは、ふたたび会話を続ける。
「で? 見せたかったのか」
「まあな。どんな人物でどんな権力を持ってるか、よく解ったろう」
「まあな」
軽く受け流しながらもクロは知らず知らずに緊張していたことに気づく。──格が違う──瞬時に防衛本能が働いていたのだ。
「あんな御方に任せられたんだ。これで弘美さんも安心さ」
「お前、魁山のこと知ってるのか」
「まあな。ご年輩の人と話すときよく話題に出るから図書館で郷土史とか読んで知識を入れてる」
「教えろよ」
「調べろよ。それじゃな、マキちゃんによろしくー」
「待てよ。ひとつ訊かせろよ」
「なんだよ。もう全部話したぜ」
「絵はあといくつあるんだ」
「何のことだ」
「とぼけるな。割田内外の絵はあといくつあるかって言ってるんだ」
ふぅーっとため息をつくと、クロに近寄り小声で話す。
「やっぱり気づきやがったか。どこでわかった」
「窃盗サイト被害の喫茶店でお前が絵を掛け変えてたって聞いてな。ひょっとして内外の未発表作品があって隠してるんじゃないかと思ったんだよ。ということはあるんだな」
「ああ。画商も知らない未発表作品がある。窃盗でも隠匿でもねぇよ、ちゃんと内外にもらったヤツだ」
「どういうことだよ」
「依頼料の残金代わりさ。前金は現金でもらったが、無理心中するつもりだった内外は死んだあとの残金として最後に描いた作品をやると言ったのさ」
「どうやって手に入れた」
「描きあがって梱包されたものを業者のふりして受け取りにいった。その時はまだ弘美さんはしっかりしてたけどな」
「それをどうする気だ。魁山先生にまた買ってもらうのか」
「いんや。ほとぼりの冷めた頃に売って現金にするよ。今は底値だから保管しておく」
「値上がりするのか」
「先のことはわからんよ。とりあえず経費込みでとんとんくらいになったら売るつもりさ。じゃあな」
聞くだけ聞いただろと、ミドウは手をひらひらさせて病院を出ていった。
それをムスッとしながら見送ると時間を確認する、すでに10時を過ぎていた。
「マキくん、遅いな」
※ ※ ※ ※ ※
──その30分くらい前、宮裏紗絵はあたえられた個室で訪問者を相手にしていた。
小柄で看護師姿のおかっぱ頭の、やけに陽気な振る舞いをする訪問者に宮裏は面食らっている。
「……あなた」
「どうもー、[あの御方]のメッセンジャー、エムでーす。もちろん偽名ですよー」
夢の国の主役マウスのような身振り手振りをするので、宮裏は軽く神経を逆撫でられる。それを無視してエムは話し続ける。
「ゲームの加点対象として認める、とのことです。それとは別に頼まれたことも了承するとのことです」
「そう。わかったわ」
「でわでわ~」
退出しようとするエムに宮裏は話しかける。
「ねえ、なんであんなことしてるの」
「なんのことでしょう? 私は[あの御方]の忠実なる下僕以外何もしてませんよー。でわでわ~」
エムはお辞儀をしたあと、静かにドアを閉めていく。宮裏はエムと最近知り合った人物を比べる。
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