コドク 〜ミドウとクロ〜

藤井ことなり

文字の大きさ
上 下
48 / 49
第一話 ある老人の死

エピローグ:ミドウの退院

しおりを挟む
 ──翌日、森友総合病院の受付ロビーにはクロとマキの姿があった。本当にミドウが退院するかどうかをみるためである。

 そして予告通り9時過ぎに大荷物を抱えたミドウが降りてくる。

「なんだ、本当に追い出されたのか」

「まずはおはようの挨拶だろ。おはようマキちゃん」

「ずいぶんと私物を持ち込んでたんですねぇ」

「なんだよぉ、ふたりとも冷たいじゃないか」

「さんざん振り回されたからな。今日だって本当に退院するか確認に来たんだ」

「信用ねぇなぁ」

「当たり前です」

 マキは昨夜のミツの言葉が過ったが、あらためて見るとありえないなと全否定した時だった、ロビーに緊張が走る。

 医師が横並びになり、看護師は目立たないように身を隠し、事務職もその場で直立不動の姿勢をとる。

 そこへ正面玄関の前に黒塗りの高級セダン車が停まり、後部座席のドアが開く。中から黒の中折れ帽を被り和服姿の老人が出てくる。
 黒縁丸メガネ、口元は白く蓄えた髭、背は普通にみえるがあの世代なら高い方だろう。
 供の者が杖を渡そうとするが、それを軽く手を振って断ると、高級そうな革靴を履いた足で病院内に入ってくる。

 受付け待ちの来院者の中から拍手が起きる、立ち上がって敬礼するものや何度も何度もお辞儀する者もいる。
 それらに手を振り応えながら、事務所内に労いの言葉をかけ、整列した医師に囲まれながらエレベーターに乗り上階へと消えていった。

 儀式セレモニーみたいな出来事を見ていたクロがぽつりとつぶやく。

「何だありゃあ」

「あれが森友魁山だよ。御年99歳、生きた伝説。財団職員にとっては神様の降臨ってところだな」

「ふぅん。……これを見せたかったのか」

「なにがよ」

「わざわざ退院日時を言ったから、何かあるのかなと思って来たんだよ」

 クロがそう言うと、マキがビクッと震える。そしてスマホを取り出す。

「……班長すいません、ちょっと電話してきます」

「なんかあったのか」

「あ、いえ、プライベートの用件です。ついでに用も足してきます」

 ぺこりと頭を下げてマキは離れていく。それを見送ったふたりは、ふたたび会話を続ける。

「で? 見せたかったのか」

「まあな。どんな人物でどんな権力ちからを持ってるか、よく解ったろう」

「まあな」

 軽く受け流しながらもクロは知らず知らずに緊張していたことに気づく。──格が違う──瞬時に防衛本能が働いていたのだ。

「あんな御方に任せられたんだ。これで弘美さんも安心さ」

「お前、魁山のこと知ってるのか」

「まあな。ご年輩の人と話すときよく話題に出るから図書館で郷土史とか読んで知識を入れてる」

「教えろよ」

「調べろよ。それじゃな、マキちゃんによろしくー」

「待てよ。ひとつ訊かせろよ」

「なんだよ。もう全部話したぜ」

「絵はあといくつあるんだ」

「何のことだ」

「とぼけるな。割田内外の絵はあといくつあるかって言ってるんだ」

 ふぅーっとため息をつくと、クロに近寄り小声で話す。

「やっぱり気づきやがったか。どこでわかった」

「窃盗サイト被害の喫茶店でお前が絵を掛け変えてたって聞いてな。ひょっとして内外の未発表作品があって隠してるんじゃないかと思ったんだよ。ということはあるんだな」

「ああ。画商も知らない未発表作品がある。窃盗でも隠匿でもねぇよ、ちゃんと内外にもらったヤツだ」

「どういうことだよ」

「依頼料の残金代わりさ。前金は現金でもらったが、無理心中するつもりだった内外は死んだあとの残金として最後に描いた作品をやると言ったのさ」

「どうやって手に入れた」

「描きあがって梱包されたものを業者のふりして受け取りにいった。その時はまだ弘美さんはしっかりしてたけどな」

「それをどうする気だ。魁山先生にまた買ってもらうのか」

「いんや。ほとぼりの冷めた頃に売って現金にするよ。今は底値だから保管しておく」

「値上がりするのか」

「先のことはわからんよ。とりあえず経費込みでとんとんくらいになったら売るつもりさ。じゃあな」

 聞くだけ聞いただろと、ミドウは手をひらひらさせて病院を出ていった。
 それをムスッとしながら見送ると時間を確認する、すでに10時を過ぎていた。

「マキくん、遅いな」

※ ※ ※ ※ ※

 ──その30分くらい前、宮裏紗絵はあたえられた個室で訪問者を相手にしていた。

 小柄で看護師姿のおかっぱ頭の、やけに陽気な振る舞いをする訪問者に宮裏は面食らっている。

「……あなた」

「どうもー、[あの御方]のメッセンジャー、エムでーす。もちろん偽名ですよー」

 夢の国の主役マウスのような身振り手振りをするので、宮裏は軽く神経を逆撫でられる。それを無視してエムは話し続ける。

「ゲームの加点対象として認める、とのことです。それとは別に頼まれたことも了承するとのことです」

「そう。わかったわ」

「でわでわ~」

 退出しようとするエムに宮裏は話しかける。

「ねえ、なんであんなことしてるの」

「なんのことでしょう? 私は[あの御方]の忠実なる下僕以外何もしてませんよー。でわでわ~」

 エムはお辞儀をしたあと、静かにドアを閉めていく。宮裏はエムと最近知り合った人物を比べる。

「似ているけど……雰囲気がまったく違う……姉妹? 双子? 他人の空似?」

 わからないから考えるのをやめ、とりあえずゲームで加点されたことを喜ぶ事にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

秘められた遺志

しまおか
ミステリー
亡くなった顧客が残した謎のメモ。彼は一体何を託したかったのか!?富裕層専門の資産運用管理アドバイザーの三郷が、顧客の高岳から依頼されていた遺品整理を進める中、不審物を発見。また書斎を探ると暗号めいたメモ魔で見つかり推理していた所、不審物があると通報を受けた顔見知りであるS県警の松ケ根と吉良が訪れ、連行されてしまう。三郷は逮捕されてしまうのか?それとも松ケ根達が問題の真相を無事暴くことができるのか!?

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

尖閣~防人の末裔たち

篠塚飛樹
ミステリー
 元大手新聞社の防衛担当記者だった古川は、ある団体から同行取材の依頼を受ける。行き先は尖閣諸島沖。。。  緊迫の海で彼は何を見るのか。。。 ※この作品は、フィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。 ※無断転載を禁じます。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

満月に狂う君と

川端睦月
ミステリー
【『青年小児科医』×『曲者中年刑事』が赤い瞳の怪人の謎に迫るサイエンスミステリー】 満月の夜、小児科医の糸原は、直属の上司である笹本が心肺停止状態で自身の勤める病院へ搬送された、との報を受ける。取り急ぎ病院へと向かう糸原だったが、その前に赤い瞳の人影が立ちはだかる。身構える糸原をよそに、人影は何かに気を取られるように立ち去っていった。 到着した病院で、糸原は笹本の妻と中学生の息子が行方知れずになっていること知る。そして、残されたもう一人の息子にも変化が現れ…… 事件を担当する刑事の葛西に巻き込まれる形で、糸原は真相を探り始める。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...