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第一話 ある老人の死
その3
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目を凝らして皿のようにまわしても、寂れた小さな店舗、伸び放題の雑草、汚れた小さな駐車場しか分からなかった。
「とりあえず被害者宅に行って話を聞こうか」
※ ※ ※ ※ ※
ちょっと離れたママの自宅に向かい話を訊く。さいわい精神的な被害は無く、むしろしてやったりという感じだった。
「この度は大変なことになりまして」
「いいのよ、これで犯人は捕まったんでしょ。これで安心して寝られるわぁ」
あっけらかんとして言うので、かえって怪訝な顔になる。
「あの、大丈夫ですか? ガラスとか割られてますけど」
「いいのよ、もうお店閉めるから」
「はいぃ?」
ママは家の中を指さしながら小声で言う。
「ウチの夫がね、定年になったら退職金で喫茶店はじめたいって言うのよ。それを主婦仲間と話してたらミドウちゃんがね」
「ミ、ミドウさんが?」
「そうなのよ。『そういうのは失敗しやすいからやめといた方がいいよ』って。会社一筋で経営をしたこと無い人が大金を持つと、一国一城の主になりたがるけど、大抵は将来のビジョンが無いから退職金使い切って終わっちゃうんだってね」
「はあ、そういうもんなんですか」
「で、諦めさせるにはどうしたらいいと思うって訊いたら『一回やってみたらどう?』って。それであの店を紹介してもらって私が始めたの。夫は休日に手伝ってもらって体験させたわ。そしたら『こんなに大変だとは思わなかった』って、諦めてそこでゴロゴロしてるわ」
マキ達が奥を覗くと、競馬放送を観ている男の背中がちらりと見えた。
「でも私は性に合ってたんで続けてたのよ」
「でも閉めちゃうんですか」
「ええ。定年になったら旅行に行こうかって言いはじめたから」
仲の良い御夫婦なんだなとふたりはちょっと羨ましく思った。
「じゃああの店はあのままですか」
「ううん、ミドウちゃんが片づけてくれるわ」
「ミドウさんが」
「うん。あの店も中の備品全部用意してくれたわ、なんでもツテがあるんだって」
「ああ」
あの[人たらし]ならツテはあるだろうなとマキは納得する。
「ほとんど[借り物]だから撤去して、壊された所直して終わりだって言ってたわ。最後に役に立てて良かったわぁ」
その言葉で初めてあの店に来たことを思い出した。
「そういえばミドウさんに空き巣を捕まえてくれって頼まれていたんでしたよね。その時なにか言われましたか」
「うーんとそうねぇ……、そうそう、中はともかく駐車場や外は掃除しないでくれって頼まれたわ」
「え? あれはわざとそうしてたんですか」
「そうなのよ。外見が悪いとお客さんが入りづらいからちょっとヤだったけと、どうせ閉めるからその通りにしたわ」
──あれをわざとやっているのなら、そこに意図がある。ミッツ先輩も班長も外見で判断してた、私はまた見落としていたんだ。
挨拶もそこそこにマキは店に戻っていき、あとからミツが追いかける。
※ ※ ※ ※ ※
「そういうことかぁ」
店についてぐるりと丹念に見たがわからずにいて、ため息をついた時にふと全体を観てようやく気がついた。
「マキくん、なにかわかった」
「場所と外見ですね。ここは市境にあって、手入れしてない外見が狙われた理由なんですね」
「その通り。よくわかったね。市と市の境はどこでも大抵手入れが行き届いてない。それは行政の領分だから僕らは関係無いけど、ここは壱ノ宮署と隣の江南署の管轄境でもある。もし犯人がそれを知っていたら、初動が遅れる可能性があっただろうね」
「そのうえ手入れされてない外見、それは経営者がずぼらな性格という可能性があります。ならば売り上げをそのままにしてるとか、施錠されてないとか犯行しやすい可能性が高いということですね。ミドウさんはそれを踏まえてワナを仕掛けてたんだ」
「たぶんそうだろうね」
これでこの店が狙われた理由がわかった。けど犯行日を知ってたのはまだ謎だ。しかしこれを突きつければ教えてもらえる。マキはすぐさまミドウに言ってやろうとT.M.S探偵事務所へと向かった。
※ ※ ※ ※ ※
「へえ、ここがミドウさんの事務所かあ」
一緒についてきたミツが目をキラキラさせながら事務所内を見回しているのをよそに、マキは何故あの店を狙われたかを自分の席に座っているミドウに誇らしげに説明していた。
「うーん、まあ良しとしよう。その通り、わざと狙われやすい環境にしたのさ。マキちゃんも卒配で交番勤務していたことあるだろ」
「ええまあ」
「オレもやったけどその時捕まえたベテラン泥棒に聞いたことがある、狙いやすい場所ってどういう所なのって」
「よく教えてくれましたね」
「なんか心良く教えてくれたよ」
「……人たらし」
「人徳だろ。一番狙わないのはいわゆる[清貧]お金がなさそうだけど手入れが行き届いてる外見の所なんだってさ。逆に狙いやすいのは片付いてなくてお金がありそうな所」
「あの店がまさにそうでしたね。それで誘ったと」
「そんなとこ。よく出来ました」
椅子ごとくるくる回りながら拍手するミドウ。それを両手で止めて、ずいいっと顔を近づけマキは詰問する。
「さあ、それじゃ教えてください。どうしてあの日に犯行が行われたかを。とぼけるのは無しですよ」
「とりあえず被害者宅に行って話を聞こうか」
※ ※ ※ ※ ※
ちょっと離れたママの自宅に向かい話を訊く。さいわい精神的な被害は無く、むしろしてやったりという感じだった。
「この度は大変なことになりまして」
「いいのよ、これで犯人は捕まったんでしょ。これで安心して寝られるわぁ」
あっけらかんとして言うので、かえって怪訝な顔になる。
「あの、大丈夫ですか? ガラスとか割られてますけど」
「いいのよ、もうお店閉めるから」
「はいぃ?」
ママは家の中を指さしながら小声で言う。
「ウチの夫がね、定年になったら退職金で喫茶店はじめたいって言うのよ。それを主婦仲間と話してたらミドウちゃんがね」
「ミ、ミドウさんが?」
「そうなのよ。『そういうのは失敗しやすいからやめといた方がいいよ』って。会社一筋で経営をしたこと無い人が大金を持つと、一国一城の主になりたがるけど、大抵は将来のビジョンが無いから退職金使い切って終わっちゃうんだってね」
「はあ、そういうもんなんですか」
「で、諦めさせるにはどうしたらいいと思うって訊いたら『一回やってみたらどう?』って。それであの店を紹介してもらって私が始めたの。夫は休日に手伝ってもらって体験させたわ。そしたら『こんなに大変だとは思わなかった』って、諦めてそこでゴロゴロしてるわ」
マキ達が奥を覗くと、競馬放送を観ている男の背中がちらりと見えた。
「でも私は性に合ってたんで続けてたのよ」
「でも閉めちゃうんですか」
「ええ。定年になったら旅行に行こうかって言いはじめたから」
仲の良い御夫婦なんだなとふたりはちょっと羨ましく思った。
「じゃああの店はあのままですか」
「ううん、ミドウちゃんが片づけてくれるわ」
「ミドウさんが」
「うん。あの店も中の備品全部用意してくれたわ、なんでもツテがあるんだって」
「ああ」
あの[人たらし]ならツテはあるだろうなとマキは納得する。
「ほとんど[借り物]だから撤去して、壊された所直して終わりだって言ってたわ。最後に役に立てて良かったわぁ」
その言葉で初めてあの店に来たことを思い出した。
「そういえばミドウさんに空き巣を捕まえてくれって頼まれていたんでしたよね。その時なにか言われましたか」
「うーんとそうねぇ……、そうそう、中はともかく駐車場や外は掃除しないでくれって頼まれたわ」
「え? あれはわざとそうしてたんですか」
「そうなのよ。外見が悪いとお客さんが入りづらいからちょっとヤだったけと、どうせ閉めるからその通りにしたわ」
──あれをわざとやっているのなら、そこに意図がある。ミッツ先輩も班長も外見で判断してた、私はまた見落としていたんだ。
挨拶もそこそこにマキは店に戻っていき、あとからミツが追いかける。
※ ※ ※ ※ ※
「そういうことかぁ」
店についてぐるりと丹念に見たがわからずにいて、ため息をついた時にふと全体を観てようやく気がついた。
「マキくん、なにかわかった」
「場所と外見ですね。ここは市境にあって、手入れしてない外見が狙われた理由なんですね」
「その通り。よくわかったね。市と市の境はどこでも大抵手入れが行き届いてない。それは行政の領分だから僕らは関係無いけど、ここは壱ノ宮署と隣の江南署の管轄境でもある。もし犯人がそれを知っていたら、初動が遅れる可能性があっただろうね」
「そのうえ手入れされてない外見、それは経営者がずぼらな性格という可能性があります。ならば売り上げをそのままにしてるとか、施錠されてないとか犯行しやすい可能性が高いということですね。ミドウさんはそれを踏まえてワナを仕掛けてたんだ」
「たぶんそうだろうね」
これでこの店が狙われた理由がわかった。けど犯行日を知ってたのはまだ謎だ。しかしこれを突きつければ教えてもらえる。マキはすぐさまミドウに言ってやろうとT.M.S探偵事務所へと向かった。
※ ※ ※ ※ ※
「へえ、ここがミドウさんの事務所かあ」
一緒についてきたミツが目をキラキラさせながら事務所内を見回しているのをよそに、マキは何故あの店を狙われたかを自分の席に座っているミドウに誇らしげに説明していた。
「うーん、まあ良しとしよう。その通り、わざと狙われやすい環境にしたのさ。マキちゃんも卒配で交番勤務していたことあるだろ」
「ええまあ」
「オレもやったけどその時捕まえたベテラン泥棒に聞いたことがある、狙いやすい場所ってどういう所なのって」
「よく教えてくれましたね」
「なんか心良く教えてくれたよ」
「……人たらし」
「人徳だろ。一番狙わないのはいわゆる[清貧]お金がなさそうだけど手入れが行き届いてる外見の所なんだってさ。逆に狙いやすいのは片付いてなくてお金がありそうな所」
「あの店がまさにそうでしたね。それで誘ったと」
「そんなとこ。よく出来ました」
椅子ごとくるくる回りながら拍手するミドウ。それを両手で止めて、ずいいっと顔を近づけマキは詰問する。
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