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第一話 ある老人の死
ミドウ番 その3
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「で、今からだけど──やることがない」
そう言ってミドウはデスクの引き出しからファイルを取り出し、それに目を通す。
「バイトは夕方からだし、依頼人が来るかもしれないから、ここから離れられない。オレは書類の整理をするから、マキちゃんはくつろいでいてよ」
マキの顔も見ず、忙しげにファイルの内容をラップトップパソコンに打ち込んでいく。
わざと暇を演じているのか本当なのか分からず、どうしようもないから辺りを見渡す。
──んー、外見からしても元は倉庫で二階が事務所だったのは間違いないわね。良く言えばレトロだけど、古臭いとしか言いようがない。
パーティションの向こうはどうなっているのかな──
「気になるんなら、見て回っていいよ。守秘義務があるファイルだけはダメだから、そこの書棚だけは触らないでね」
「では遠慮なく」
「マキちゃん、意外とずうずうしいねぇ」
「ミドウさん相手ですから」
ミドウに出会わなければこんなふうにはならなかったという思いが、遠慮をふきとばしていた。
マキは立ち上がると、ミドウの横を通りパーティションの向こうに行く。
そこは生活感あふれる空間だった。
「折りたたみができる簡易ベッドに敷きっぱなしの布団セット。その足元に三畳のユニット畳に家具調コタツ──だけ」
「そうだけど」
「いや、シンプル過ぎませんか」
「男の独り暮らしだからね、それで事足りるよ」
「壁には──世界地図と日本地図と愛知県地図と壱ノ宮地図──それと各連区の地図」
「仕事柄ね」
「ファンシーケースの中も見ていいですか」
「いいけど、ホントに遠慮ないねぇ」
「ちゃんと断ってますよ」
そう言いながら奥に入り、古めかしいタンスとファンシーケースを開けて中を覗く。
ファンシーケースの中はトレードマークの白いスーツの上下がニ着吊るされていた。
タンスの中は下着と靴下、それにいろんな色のシャツそれとジャージ上下にTシャツのみ。
「それ、男女逆だったら訴えられるよね」
「だからちゃんと断ってますってば」
「マキちゃんて世話女房タイプなの」
「さあ? 言われたことないですねぇ。ミドウさんの奥さんになることはぜっっったい無いですから御安心を」
「そこまで否定しなくても……」
なんの変哲もなく何も怪しいところがなくてガッカリしたが、ひとつだけ変わってるなと思ったところがある。
「ミドウさんて料理が趣味なんですか」
業務用のコンロに大型のシンク、冷蔵庫と冷凍庫まである。
「まあ趣味っちゃあ趣味かな。バイト先が飲食店が多いんで、その影響で凝っちゃって」
「どこで手に入れたんです、こんな本格的なの」
「全部中古。要らなくなったのをもらってきたんだ」
「……ひょっとしてここにあるの全部もらい物ですか」
「そうだよ。ほらオレって人徳があるからさ」
──人たらしって、本当なんだな──
「今なんか失礼なコト思わなかった?」
「いーえ、何にも」
※ ※ ※ ※ ※
それから正午までミドウはデスクワークを続け、マキはソファでスマホをいじりながら過ごしていた。その間、来客は無し。
さすがに心配になったマキは訊ねる。
「ミドウさん、仕事しなくて大丈夫なんですか」
「いやぁ探偵って儲かんないもんだね」
「割田内外からの報酬はどうしたんです」
「もちろん貰ってるよ。おかげでしばらく呑みに行ける」
「いくら貰ったんです」
「ナイショ。守秘義務だから」
「教えて下さいよ」
「だーめ。なんせ──っと、お昼過ぎてんのか。マキちゃんお昼はどうするの」
「もちろんミドウさんとご一緒します」
「それじゃあ食べに行こうか」
ミドウはラップトップパソコンを閉じると、伸びをして席を立った。
※ ※ ※ ※ ※
ミドウの後ろについてマキも歩く。
着いたのは壱ノ宮駅の商業施設の一画にあるチェーン店のうどん屋だった。
「新作のとり天うどん、食べたかったんだぁ。マキちゃんも好きなの食べなよ」
「自腹だからそうします」
同席して一緒に食べても、ミドウは食べ物の話ばかりで、マキははあはあと返事をしながら、結局同じ、とり天うどんを食べる。
──なんか嫌な予感がする、もしかしてこんな状況が続くんじゃないだろうか──
マキの予感は当たることになる。
※ ※ ※ ※ ※
一週間後、黒田班のメンバーはマキの報告を険しい顔で聞いていた。
「お前、騙されてないか? 本当にこんな生活しているのかミドウさんは?」
タマがじろりと睨みつける。
この一週間、ミドウの動向を毎日報告していたが、ほぼというか全く同じ報告書になっていたからだ。
「朝九時に事務所を開ける、今日の朝食を訊ねられる、デスクワークをはじめる、──」
「トイレに行った隙にパソコンを覗こうとしたんですが、必ずスリープモードにしていくんです」
「──お昼はほぼ外食で、近所の飲食店を巡るように毎日違う店に行く──なんだよ、オレたちの行きつけのところにも来てるのかよ」
「歩いて行けるところは全部まわっているみたいです」
しかもどの店の店員とか店主とも仲良く話す。
まるで古くからの知り合いみたいなので、それを訊ねたら、
「いんや、今日はじめて会った」
と言う。
こうやって人をたらしこむんだなとマキは呆れた。
そう言ってミドウはデスクの引き出しからファイルを取り出し、それに目を通す。
「バイトは夕方からだし、依頼人が来るかもしれないから、ここから離れられない。オレは書類の整理をするから、マキちゃんはくつろいでいてよ」
マキの顔も見ず、忙しげにファイルの内容をラップトップパソコンに打ち込んでいく。
わざと暇を演じているのか本当なのか分からず、どうしようもないから辺りを見渡す。
──んー、外見からしても元は倉庫で二階が事務所だったのは間違いないわね。良く言えばレトロだけど、古臭いとしか言いようがない。
パーティションの向こうはどうなっているのかな──
「気になるんなら、見て回っていいよ。守秘義務があるファイルだけはダメだから、そこの書棚だけは触らないでね」
「では遠慮なく」
「マキちゃん、意外とずうずうしいねぇ」
「ミドウさん相手ですから」
ミドウに出会わなければこんなふうにはならなかったという思いが、遠慮をふきとばしていた。
マキは立ち上がると、ミドウの横を通りパーティションの向こうに行く。
そこは生活感あふれる空間だった。
「折りたたみができる簡易ベッドに敷きっぱなしの布団セット。その足元に三畳のユニット畳に家具調コタツ──だけ」
「そうだけど」
「いや、シンプル過ぎませんか」
「男の独り暮らしだからね、それで事足りるよ」
「壁には──世界地図と日本地図と愛知県地図と壱ノ宮地図──それと各連区の地図」
「仕事柄ね」
「ファンシーケースの中も見ていいですか」
「いいけど、ホントに遠慮ないねぇ」
「ちゃんと断ってますよ」
そう言いながら奥に入り、古めかしいタンスとファンシーケースを開けて中を覗く。
ファンシーケースの中はトレードマークの白いスーツの上下がニ着吊るされていた。
タンスの中は下着と靴下、それにいろんな色のシャツそれとジャージ上下にTシャツのみ。
「それ、男女逆だったら訴えられるよね」
「だからちゃんと断ってますってば」
「マキちゃんて世話女房タイプなの」
「さあ? 言われたことないですねぇ。ミドウさんの奥さんになることはぜっっったい無いですから御安心を」
「そこまで否定しなくても……」
なんの変哲もなく何も怪しいところがなくてガッカリしたが、ひとつだけ変わってるなと思ったところがある。
「ミドウさんて料理が趣味なんですか」
業務用のコンロに大型のシンク、冷蔵庫と冷凍庫まである。
「まあ趣味っちゃあ趣味かな。バイト先が飲食店が多いんで、その影響で凝っちゃって」
「どこで手に入れたんです、こんな本格的なの」
「全部中古。要らなくなったのをもらってきたんだ」
「……ひょっとしてここにあるの全部もらい物ですか」
「そうだよ。ほらオレって人徳があるからさ」
──人たらしって、本当なんだな──
「今なんか失礼なコト思わなかった?」
「いーえ、何にも」
※ ※ ※ ※ ※
それから正午までミドウはデスクワークを続け、マキはソファでスマホをいじりながら過ごしていた。その間、来客は無し。
さすがに心配になったマキは訊ねる。
「ミドウさん、仕事しなくて大丈夫なんですか」
「いやぁ探偵って儲かんないもんだね」
「割田内外からの報酬はどうしたんです」
「もちろん貰ってるよ。おかげでしばらく呑みに行ける」
「いくら貰ったんです」
「ナイショ。守秘義務だから」
「教えて下さいよ」
「だーめ。なんせ──っと、お昼過ぎてんのか。マキちゃんお昼はどうするの」
「もちろんミドウさんとご一緒します」
「それじゃあ食べに行こうか」
ミドウはラップトップパソコンを閉じると、伸びをして席を立った。
※ ※ ※ ※ ※
ミドウの後ろについてマキも歩く。
着いたのは壱ノ宮駅の商業施設の一画にあるチェーン店のうどん屋だった。
「新作のとり天うどん、食べたかったんだぁ。マキちゃんも好きなの食べなよ」
「自腹だからそうします」
同席して一緒に食べても、ミドウは食べ物の話ばかりで、マキははあはあと返事をしながら、結局同じ、とり天うどんを食べる。
──なんか嫌な予感がする、もしかしてこんな状況が続くんじゃないだろうか──
マキの予感は当たることになる。
※ ※ ※ ※ ※
一週間後、黒田班のメンバーはマキの報告を険しい顔で聞いていた。
「お前、騙されてないか? 本当にこんな生活しているのかミドウさんは?」
タマがじろりと睨みつける。
この一週間、ミドウの動向を毎日報告していたが、ほぼというか全く同じ報告書になっていたからだ。
「朝九時に事務所を開ける、今日の朝食を訊ねられる、デスクワークをはじめる、──」
「トイレに行った隙にパソコンを覗こうとしたんですが、必ずスリープモードにしていくんです」
「──お昼はほぼ外食で、近所の飲食店を巡るように毎日違う店に行く──なんだよ、オレたちの行きつけのところにも来てるのかよ」
「歩いて行けるところは全部まわっているみたいです」
しかもどの店の店員とか店主とも仲良く話す。
まるで古くからの知り合いみたいなので、それを訊ねたら、
「いんや、今日はじめて会った」
と言う。
こうやって人をたらしこむんだなとマキは呆れた。
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