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第一話 ある老人の死
割田内外 その4
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「絵の方はどうだ? ミツ」
黒田の問いに、資料に目を通しながら答える。
「割田内外はかなり偏屈だったようで、相手にしている画商はひとりだけでした。市内の画廊を経営しています。売買はそこ経由ばかりでした」
「連絡はとれるのか」
「すでに連絡済みで、このあと会って聴き取りに行ってきます」
「うむ。最近の様子と絵の有無、それと売れ行きなどを聴いてきてくれ。あとはミドウか、バイト先で待ち合わせしてたのに来なかった。あのヤロウ、何かたくらんでいるな」
「そうなんですか」
クロの言葉にマキは質問する。
「ああ、長いつきあいだからな。──意図的に俺に会わないようにしている、ナゼか? このままだと関係は壊れるしそれを望んではいないのは間違いない、それに逃げきれる物でもない、ならば残るは時間稼ぎだ、ナゼか? その間にやることがあるからだ。それはナニ?」
クロの流れるような思考にメンバーは全員聴き入ってた。
──班長のこういう面、初めて見たな。キレ者ってこういうコトいうんだな──
マキがそう思っていると、カドマがミツに話しかける。
「ミツ、ミドウさんと弘美さんのやりとり覚えているだろう。最初から話してくれないか」
「え、最初からですか」
「そうだな、弘美さんと会ったところから話してくれ」
その事ならもう班長に報告したのにと、マキが思っていると、ミツはマキのセリフはもちろん「代わろう。すいません、ワリタナイガイさんの奥様でしょうか」というところも一字一句よどみなく話しはじめる。
その場にいたマキですらあやふやなのに、言われてみればそうだったと思い出す正確さに舌を巻く。
「──なるほど」
「どうだカドマ、なにか分かったか」
「自信はありませんが、たぶんこうじゃないかというのはあります。班長、今度は私に弘美さんの聴取をやらせてもらえませんか」
「いいだろう、マキくんともう一度行ってきてくれ。それと──タマは俺の代わりにミドウを探してくれ、どうも今日は験が悪いらしい。俺はミツと画商のところに行く」
「了解ッス」
「はい!!」
マキの運転で病院に着くと、弘美さんの聴取をカドマがはじめる。
「はじめまして割田内外の奥様、門間といいますよろしく」
「はじめまして門間さん、今日はどのような用件で」
ちゃんと応対した弘美さんにマキは驚く。
それをしり目にカドマは聴取を続ける、最近の割田内外はどうなのか、割田内外の作品はどうなのかと質問したところ、よどみなく弘美は答えてくれた。
「先生はつまりここのところ体調をくずしていて活動は休んでいて時々病院に通っていたのですか」
「そうなのよ、先生はまた必ず絵を描きます。それまで、ううん、いつまでもそれを支えていくのが妻の役目なの」
「なるほど、今日はどうもありがとうございました」
ひと通りの聴取をすませると、カドマとマキは病室をあとにする。
どうしてこうなったかを知りたくてマキはカドマに訊ねた。
「ミツはタマの前だと本領発揮できないけど、記憶力とデータ収集と整理については抜群の能力を持っている。マキくんとミツとミドウさんの聴取を聞いて、ひとつ気になった。それは呼び方だ」
「呼び方?」
「ふたりは[弘美さん]と呼んでたけど、ミドウさんは[割田内外の奥さん]と呼んでいた。なので、弘美さんは割田内外の妻ということにプライドというか矜持があるんじゃないかと推測してね、そういう話し方をしてみたんだ」
田中畦道の妻である弘美さんではなく、割田内外の妻としてなら話せたのか。
「ミドウさんはそれを知っていた、ということですか」
「どうだろうね。観察して見抜いたのか、それとも知っていたのか」
どちらにしろカドマは、僅かな差からそれを見抜いたのは間違いない。この人も底知れないなとマキは気を引き締めた。
──その頃、クロとミツは市内の画廊[ギャラリー大江]に来ていた。
「いらっしゃいませ、当ギャラリーへようこそ」
「悪いが芸術にはとんと疎くてな。割田内外のことを聞かせてほしい」
警察手帳を見せなかったら絶対そのスジと間違えられるクロに訊かれて、店主は緊張しながら話しだす。
「内外先生ですか。そうですねぇ、昔は売れましたが今はパッとしませんねぇ」
「先生の絵はおたくが取り扱っているとききましたが」
「まああの偏屈につき合えるのは、私くらいでしょうね」
店主は苦笑する。
「今も取り扱っているんてすか」
「あー、正確に言うと預かっているですかね。ずっと新作は描いてないし、売れないから過去作を預かっている。というか死蔵しているという方がもっと正確かな」
「どうして売れなくなったんでしょう」
「日頃の乱行が祟ったんでしょう。ああ思い出しました。昔、売れたきっかけは名古屋のテレビ局が紹介したからです。かなりの貧乏暮らしであのご面相のうえ偏屈でしょう? それなのに美人の奥さんが甲斐甲斐しく世話をしているのを美談として紹介されたんですよ」
「おしどり夫婦ときいてますが」
「奥さんには優しかったんですよ。なのにソレきっかけで売れたら蔑ろにしはじめて。カネのあるうちは皆んな寄りそいましたが、落ち目になったら離れていく。そんな目にあってますます偏屈になり、奥さんに八つ当たりするようになる。私がつき合ってるのは、半分以上奥さんが気の毒だからだと思ってるからですよ」
店主のしかめっ面を見て、クロもミツも内心、弘美に同情の念を抱き始めた。
黒田の問いに、資料に目を通しながら答える。
「割田内外はかなり偏屈だったようで、相手にしている画商はひとりだけでした。市内の画廊を経営しています。売買はそこ経由ばかりでした」
「連絡はとれるのか」
「すでに連絡済みで、このあと会って聴き取りに行ってきます」
「うむ。最近の様子と絵の有無、それと売れ行きなどを聴いてきてくれ。あとはミドウか、バイト先で待ち合わせしてたのに来なかった。あのヤロウ、何かたくらんでいるな」
「そうなんですか」
クロの言葉にマキは質問する。
「ああ、長いつきあいだからな。──意図的に俺に会わないようにしている、ナゼか? このままだと関係は壊れるしそれを望んではいないのは間違いない、それに逃げきれる物でもない、ならば残るは時間稼ぎだ、ナゼか? その間にやることがあるからだ。それはナニ?」
クロの流れるような思考にメンバーは全員聴き入ってた。
──班長のこういう面、初めて見たな。キレ者ってこういうコトいうんだな──
マキがそう思っていると、カドマがミツに話しかける。
「ミツ、ミドウさんと弘美さんのやりとり覚えているだろう。最初から話してくれないか」
「え、最初からですか」
「そうだな、弘美さんと会ったところから話してくれ」
その事ならもう班長に報告したのにと、マキが思っていると、ミツはマキのセリフはもちろん「代わろう。すいません、ワリタナイガイさんの奥様でしょうか」というところも一字一句よどみなく話しはじめる。
その場にいたマキですらあやふやなのに、言われてみればそうだったと思い出す正確さに舌を巻く。
「──なるほど」
「どうだカドマ、なにか分かったか」
「自信はありませんが、たぶんこうじゃないかというのはあります。班長、今度は私に弘美さんの聴取をやらせてもらえませんか」
「いいだろう、マキくんともう一度行ってきてくれ。それと──タマは俺の代わりにミドウを探してくれ、どうも今日は験が悪いらしい。俺はミツと画商のところに行く」
「了解ッス」
「はい!!」
マキの運転で病院に着くと、弘美さんの聴取をカドマがはじめる。
「はじめまして割田内外の奥様、門間といいますよろしく」
「はじめまして門間さん、今日はどのような用件で」
ちゃんと応対した弘美さんにマキは驚く。
それをしり目にカドマは聴取を続ける、最近の割田内外はどうなのか、割田内外の作品はどうなのかと質問したところ、よどみなく弘美は答えてくれた。
「先生はつまりここのところ体調をくずしていて活動は休んでいて時々病院に通っていたのですか」
「そうなのよ、先生はまた必ず絵を描きます。それまで、ううん、いつまでもそれを支えていくのが妻の役目なの」
「なるほど、今日はどうもありがとうございました」
ひと通りの聴取をすませると、カドマとマキは病室をあとにする。
どうしてこうなったかを知りたくてマキはカドマに訊ねた。
「ミツはタマの前だと本領発揮できないけど、記憶力とデータ収集と整理については抜群の能力を持っている。マキくんとミツとミドウさんの聴取を聞いて、ひとつ気になった。それは呼び方だ」
「呼び方?」
「ふたりは[弘美さん]と呼んでたけど、ミドウさんは[割田内外の奥さん]と呼んでいた。なので、弘美さんは割田内外の妻ということにプライドというか矜持があるんじゃないかと推測してね、そういう話し方をしてみたんだ」
田中畦道の妻である弘美さんではなく、割田内外の妻としてなら話せたのか。
「ミドウさんはそれを知っていた、ということですか」
「どうだろうね。観察して見抜いたのか、それとも知っていたのか」
どちらにしろカドマは、僅かな差からそれを見抜いたのは間違いない。この人も底知れないなとマキは気を引き締めた。
──その頃、クロとミツは市内の画廊[ギャラリー大江]に来ていた。
「いらっしゃいませ、当ギャラリーへようこそ」
「悪いが芸術にはとんと疎くてな。割田内外のことを聞かせてほしい」
警察手帳を見せなかったら絶対そのスジと間違えられるクロに訊かれて、店主は緊張しながら話しだす。
「内外先生ですか。そうですねぇ、昔は売れましたが今はパッとしませんねぇ」
「先生の絵はおたくが取り扱っているとききましたが」
「まああの偏屈につき合えるのは、私くらいでしょうね」
店主は苦笑する。
「今も取り扱っているんてすか」
「あー、正確に言うと預かっているですかね。ずっと新作は描いてないし、売れないから過去作を預かっている。というか死蔵しているという方がもっと正確かな」
「どうして売れなくなったんでしょう」
「日頃の乱行が祟ったんでしょう。ああ思い出しました。昔、売れたきっかけは名古屋のテレビ局が紹介したからです。かなりの貧乏暮らしであのご面相のうえ偏屈でしょう? それなのに美人の奥さんが甲斐甲斐しく世話をしているのを美談として紹介されたんですよ」
「おしどり夫婦ときいてますが」
「奥さんには優しかったんですよ。なのにソレきっかけで売れたら蔑ろにしはじめて。カネのあるうちは皆んな寄りそいましたが、落ち目になったら離れていく。そんな目にあってますます偏屈になり、奥さんに八つ当たりするようになる。私がつき合ってるのは、半分以上奥さんが気の毒だからだと思ってるからですよ」
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