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第一話 ある老人の死
割田内外 その3
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前と後ろのカゴにいっぱい積んだチラシを1枚渡され、逃げるようにポスティングを続けるミドウを見送り、本来の目的を思い出して現場の田中家へと向かう。
境界線は取り除かれ、駐車場にはパトカーが1台とスクーターが1台停まっていた。スクーターはおそらく地域課のものだろう。
「失礼します、門間さん、玉ノ井さん、応援に来ました」
相変わらず芳香剤の匂いが充満している。現場保全が基本だが、さすがに窓を開けていた。それでもまだ匂う。
「おう、ご苦労さん。ひとりか?」
タマが室内を物色しながらぶっきらぼうに応える。
「ミッツ先輩は署に戻って割田内外の情報収集です。班長はミドウさんを探してまして……」
「どうかしたか」
「さっきそこで会ったんですよ、ミドウさんに」
「なにぃ。 それでどうした」
「ポスティングのバイト中だったので逃しましたが、班長には連絡させました」
「ポスティングって──ああチラシ配りか。ミドウさん、そんなことやってるのか」
タマが呆れながらカドマに話しかける。
「探偵事務所経営者といえば聞こえはいいが、個人事業者だからなぁ。収入が無ければバイトするしかないだろう」
手を休めず物色しながら返事をするカドマにマキが質問する。
「さっきから何を探しているんですか? なにか不審な点でも……」
「あ、いやいや。そうだな、ちょっと休憩しようか。地域課さんはもういいよ、本来の業務にもどってくれ」
制服警察官は敬礼をすると、部屋から出ていく。しばらくしてスクーターが離れていく音が窓の外から聴こえた。
近くに自販機があったのでそこに移動して、各々コーヒーやお茶を買ってひと息つく。
「課長経由で病院から連絡があった。割田内外こと田中畦道さんは心筋梗塞により病死と判明、事件性は無しと決定。奥さんも不安障害と診断され、ネグレクトではないと判断、これで一件落着だ」
「だとすると何を探しているんですか」
「絵だよ。周辺聞き込みの結果、割田内外が日本画家だとわかってから探してたんだ。ところが絵どころか描いていた跡もない、あらためて聞き込みをしたら、描いていたのはずいぶん前らしい。それでも形跡でもないかと探してたんだ」
マキとカドマの会話にタマがぶっきらぼうに割って入る。
「これだけ探して見つからないんだ、もう処分したんだろうな。署に戻ろうぜ」
「そうだな。そうするか」
タマの意見に賛同し、全員署に戻ることにした。
黒田班が全員集合し、それぞれが報告をする。
以上の意見をミツがまとめてあらためて言う。
「発見されたご遺体は割田内外、本名は田中畦道で74歳、男性、職業は日本画家、死因は心筋梗塞。同居していたのは妻の田中弘美さん、同じく74歳、主婦で、二人の間に子供は無し。
近所の話によると、若い頃からのおつきあいで、糟糠の妻だったらしいです」
「糟糠の妻ってなんですか」
マキの質問にカドマがこたえる。
「苦楽を共にした夫婦だったってことさ」
ミツは報告を続ける。
「売れない頃から支えていて、ずっとおしどり夫婦だったんですが、売れるようになってから畦道氏が豹変し、弘美さんにつらく当たるようになったそうです」
「なんでまた」
「よくあるんだよ。売れた途端、支えてくれた人を捨ててハイレベルの相手を求めるヤツはな」
「畦道氏はモテなかったのでそういう相手が見つからず、その分弘美さんにつらく当たったようです。
それでも別れることなく、夫婦関係は続いてました。しかし5年ほど前、畦道氏が自宅階段から転落事故で骨折してから状況が変わります、畦道氏はあまり出かけなくなり、一から十まで弘美さんに命令して何もかもやらせるようになりました」
「ひどい」
「マキ、いちいち反応するな」
タマからの注意にマキは口をふさぎ、ミツが慄える。カドマがうながしてふたたび報告を続ける。
「で、で、そのぅ、ああそうそう、それで近年、ここ1、2年はほぼ自宅に二人きりで居たようで、近所の人達も見かけなかったそうです。
ここからは想像ですが、二人きりの空間で畦道氏があれこれ命令して弘美さんの自我が確立できなくなり、病死した畦道氏の命令待ちの状態でひと月経ったのではないかと思われます」
ミツの報告を黙って聞いていたクロが口をひらく。
「謎が3つあるな。ひとつ、芳香剤をどうやって手に入れた。ひとつ、絵画はどこに消えた。最後にミドウがなんで絡んでいるかだな」
その問いにカドマが答える。
「芳香剤の件に関してはわかってます。近所のスーパーでケース買いして配達してもらってます、領収書と配達員の証言があります」
「なんて言ってた」
「のぼりにくい階段をあがっていったので覚えている、受け取ったのはお婆さんで、重たいから中に持っていきましょうかと訊ねたら、中からお爺さんが必要無いと怒鳴ってきたので早々に退散したそうです」
「いつの話だ」
「だいたいひと月前ですね。受け取りに日付と捺印がありました」
「ということは畦道氏はその時は生きており、それから間もなく亡くなったということか」
クロが腕組みをしながらそう呟いた。
境界線は取り除かれ、駐車場にはパトカーが1台とスクーターが1台停まっていた。スクーターはおそらく地域課のものだろう。
「失礼します、門間さん、玉ノ井さん、応援に来ました」
相変わらず芳香剤の匂いが充満している。現場保全が基本だが、さすがに窓を開けていた。それでもまだ匂う。
「おう、ご苦労さん。ひとりか?」
タマが室内を物色しながらぶっきらぼうに応える。
「ミッツ先輩は署に戻って割田内外の情報収集です。班長はミドウさんを探してまして……」
「どうかしたか」
「さっきそこで会ったんですよ、ミドウさんに」
「なにぃ。 それでどうした」
「ポスティングのバイト中だったので逃しましたが、班長には連絡させました」
「ポスティングって──ああチラシ配りか。ミドウさん、そんなことやってるのか」
タマが呆れながらカドマに話しかける。
「探偵事務所経営者といえば聞こえはいいが、個人事業者だからなぁ。収入が無ければバイトするしかないだろう」
手を休めず物色しながら返事をするカドマにマキが質問する。
「さっきから何を探しているんですか? なにか不審な点でも……」
「あ、いやいや。そうだな、ちょっと休憩しようか。地域課さんはもういいよ、本来の業務にもどってくれ」
制服警察官は敬礼をすると、部屋から出ていく。しばらくしてスクーターが離れていく音が窓の外から聴こえた。
近くに自販機があったのでそこに移動して、各々コーヒーやお茶を買ってひと息つく。
「課長経由で病院から連絡があった。割田内外こと田中畦道さんは心筋梗塞により病死と判明、事件性は無しと決定。奥さんも不安障害と診断され、ネグレクトではないと判断、これで一件落着だ」
「だとすると何を探しているんですか」
「絵だよ。周辺聞き込みの結果、割田内外が日本画家だとわかってから探してたんだ。ところが絵どころか描いていた跡もない、あらためて聞き込みをしたら、描いていたのはずいぶん前らしい。それでも形跡でもないかと探してたんだ」
マキとカドマの会話にタマがぶっきらぼうに割って入る。
「これだけ探して見つからないんだ、もう処分したんだろうな。署に戻ろうぜ」
「そうだな。そうするか」
タマの意見に賛同し、全員署に戻ることにした。
黒田班が全員集合し、それぞれが報告をする。
以上の意見をミツがまとめてあらためて言う。
「発見されたご遺体は割田内外、本名は田中畦道で74歳、男性、職業は日本画家、死因は心筋梗塞。同居していたのは妻の田中弘美さん、同じく74歳、主婦で、二人の間に子供は無し。
近所の話によると、若い頃からのおつきあいで、糟糠の妻だったらしいです」
「糟糠の妻ってなんですか」
マキの質問にカドマがこたえる。
「苦楽を共にした夫婦だったってことさ」
ミツは報告を続ける。
「売れない頃から支えていて、ずっとおしどり夫婦だったんですが、売れるようになってから畦道氏が豹変し、弘美さんにつらく当たるようになったそうです」
「なんでまた」
「よくあるんだよ。売れた途端、支えてくれた人を捨ててハイレベルの相手を求めるヤツはな」
「畦道氏はモテなかったのでそういう相手が見つからず、その分弘美さんにつらく当たったようです。
それでも別れることなく、夫婦関係は続いてました。しかし5年ほど前、畦道氏が自宅階段から転落事故で骨折してから状況が変わります、畦道氏はあまり出かけなくなり、一から十まで弘美さんに命令して何もかもやらせるようになりました」
「ひどい」
「マキ、いちいち反応するな」
タマからの注意にマキは口をふさぎ、ミツが慄える。カドマがうながしてふたたび報告を続ける。
「で、で、そのぅ、ああそうそう、それで近年、ここ1、2年はほぼ自宅に二人きりで居たようで、近所の人達も見かけなかったそうです。
ここからは想像ですが、二人きりの空間で畦道氏があれこれ命令して弘美さんの自我が確立できなくなり、病死した畦道氏の命令待ちの状態でひと月経ったのではないかと思われます」
ミツの報告を黙って聞いていたクロが口をひらく。
「謎が3つあるな。ひとつ、芳香剤をどうやって手に入れた。ひとつ、絵画はどこに消えた。最後にミドウがなんで絡んでいるかだな」
その問いにカドマが答える。
「芳香剤の件に関してはわかってます。近所のスーパーでケース買いして配達してもらってます、領収書と配達員の証言があります」
「なんて言ってた」
「のぼりにくい階段をあがっていったので覚えている、受け取ったのはお婆さんで、重たいから中に持っていきましょうかと訊ねたら、中からお爺さんが必要無いと怒鳴ってきたので早々に退散したそうです」
「いつの話だ」
「だいたいひと月前ですね。受け取りに日付と捺印がありました」
「ということは畦道氏はその時は生きており、それから間もなく亡くなったということか」
クロが腕組みをしながらそう呟いた。
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