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第一話 ある老人の死
割田内外 その2
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ほぼ入れ違いにクロが到着する。
病室近くのロビーでふたりは恐る恐る状況を説明し、ミドウを逃してしまったことを報告した。
「あのヤロウ──マキくん、他になにか気づいたことはなかったか」
ミツとともにかるく説教されたあと、マキは思い返していると、ミドウが受付で紙を受け取ったことを思い出して報告すると、クロはミツに調べるように言う。
「弘美さんは?」
「今は落ち着いてますが、先程まで取り乱していました。不思議なんですよ、ミドウさんとは普通に会話するのに、私たちだとできないんです。どういうことでしょう」
「ああ──たぶんミドウの特技のせいだろう。ミツに言わせるとチート能力っていうらしいがな。アイツは口を割らせるというか聞き込みがやたら上手いんだよ」
「口が上手いということですか」
「いや──もっとタチが悪い、人たらしが上手いんだ」
「……ああ」
エレベーター内でのミツとミドウの光景を思い出して納得した。
「天性の才能か何かコツがあるのか、それともその両方か分からんが、とにかく話を訊き出すのが上手いんだ。弘美さんとはどんな会話をしてたんだ」
「どんなと言われると……絵の話をしてました。割田内外の代表作のモデルが弘美さんだとか」
「ふうん」
ミツが戻ってきて報告する、ミドウは入院費の支払いに来て、領収書を受け取っただけだった。
三人はあらためて弘美さんの様子を廊下からうかがったが、今日はどうも聴き取りは無理な様子だ。
「仕方ないな。ふたりはカドマたちと合流して現場調査と聞き込みを手つだってくれ、オレはまたミドウを探してくる」
それを聞いてミツが慌てて意見する。
「じ、自分は割田内外の情報を集める方に専念したいです」
半分懇願するように言うので、クロはしょうがなくマキを送ってから署で情報集めをするように命令した。
どうせ戻るのに運転するからと、今度はミツがドライバーとなり現場に向かう。すでに様子がおかしい。
「ミッツ先輩、大丈夫ですか」
「な、なにが」
冷や汗をたらたら流しながら運転するので、マキもヒヤヒヤする。
「カドマさんからききました、玉ノ井さんとのこと……」
「ひいぃぃぃ」
──名前を言っただけで悲鳴をあげないでよ──
「なんとなくは察してましたが、どうしてそこまで嫌いなんです」
本当は毛嫌いとか怖がってると言いたかったが、あえて言葉を選んでみる。
「──話が通じないんだよ」
「話が?」
ミツは当時を思い出すように話しはじめる。
「──配属されて最初に組んだのが玉ノ井さんだった。ほら、警察ってアメとムチ方式だろ。コワモテと温和でコンビにするし、基本的に上下で組むし、班長と玉ノ井さんはコワモテ担当だから必然的に組むハメになったんだよ」
カドマとタマは同期でクロの後輩、コワモテコンビができない以上、そうなるかとマキは納得する。
「最初はさ、面倒見の良い先輩だと思ったんだよ、何かと気にかけてくれるからね。けどさ、意見すると豹変するんだ、新人が生意気言うなって」
「ああ」
マキは深く頷く。
「上下関係に厳しく、暑苦しい性格で心から説得すれば分かってくれると思って延々と諭されるんだ。一晩中飲みにつきあわされるなんてしょっちゅうだったよ、僕そんなにアルコール強くないのにさ」
昭和か!! とマキは心の中でツッコんだ。
「そのうち身体に拒否反応が出始めて、いや、防衛反応かな、玉ノ井さんに近づくとお腹をこわすようになってしまったんだ」
「余計なことをかもしれませんが、異動願いとかパワハラ報告とかしなかったんですか」
「いや。限界になる前にミドウさんや班長が止めてくれるから、それは無いな。だからあのふたりには感謝しているんだ」
──それってアメとムチそのものじゃないですか──
警察のシステムにそのまま嵌っているミツに、マキは情けない思いをするが、ひょっとしたら気づいてわざとやっているかも知れないと思い、言わないでおくことにした。
現地に着いたのでマキは助手席から降りて御礼を言う。
現場の居宅は道路からアパートを挟んでひとつ奥にあり、マキはそこに向かう途中で自転車にぶつかりそうになる。
「おおっと、大丈夫──ってマキちゃんじゃない」
「ミドウさん、なんでこんなところに居るんですか」
「何でって、バイトだけど」
白のスーツに黒のシャツ、それがママチャリにまたがっている姿はミスマッチそのものだった。
「さっきなんで逃げ出したんです、班長が探してるって言ったじゃないですか」
「逃げたわけじゃないよ、バイトの時間が迫ってたから離れただけで──いいじゃん任意同行されたわけじゃないし。それじゃこれで」
「待ってください」
走り出そうとするミドウの自転車を掴んで、全体重をかけて止める。
「班長に会ってください、お願いします、いま呼びますから」
「バイトがあるんだってば、このチラシ配らないといけないんだよ、終わったら会うからさ」
「逃げだした人を信用できません、班長が来るまでここに居てください」
「わーったよ、ちょっと待て、今クロに電話するから」
ミドウはスマホを取り出しクロに電話する。
「あークロか。わーった、わーった、そんなに怒鳴るなよ、今お前ンとこのマキちゃんに捕まってるんだよ、──ああ、──ああ、それじゃあな」
通話を切りマキに話しかける。
「クロと会う約束したからもういいだろ。とりあえずバイト終わらせてからな」
それだけ言うとミドウはマキを振り切って自転車を漕ぎ出した。
病室近くのロビーでふたりは恐る恐る状況を説明し、ミドウを逃してしまったことを報告した。
「あのヤロウ──マキくん、他になにか気づいたことはなかったか」
ミツとともにかるく説教されたあと、マキは思い返していると、ミドウが受付で紙を受け取ったことを思い出して報告すると、クロはミツに調べるように言う。
「弘美さんは?」
「今は落ち着いてますが、先程まで取り乱していました。不思議なんですよ、ミドウさんとは普通に会話するのに、私たちだとできないんです。どういうことでしょう」
「ああ──たぶんミドウの特技のせいだろう。ミツに言わせるとチート能力っていうらしいがな。アイツは口を割らせるというか聞き込みがやたら上手いんだよ」
「口が上手いということですか」
「いや──もっとタチが悪い、人たらしが上手いんだ」
「……ああ」
エレベーター内でのミツとミドウの光景を思い出して納得した。
「天性の才能か何かコツがあるのか、それともその両方か分からんが、とにかく話を訊き出すのが上手いんだ。弘美さんとはどんな会話をしてたんだ」
「どんなと言われると……絵の話をしてました。割田内外の代表作のモデルが弘美さんだとか」
「ふうん」
ミツが戻ってきて報告する、ミドウは入院費の支払いに来て、領収書を受け取っただけだった。
三人はあらためて弘美さんの様子を廊下からうかがったが、今日はどうも聴き取りは無理な様子だ。
「仕方ないな。ふたりはカドマたちと合流して現場調査と聞き込みを手つだってくれ、オレはまたミドウを探してくる」
それを聞いてミツが慌てて意見する。
「じ、自分は割田内外の情報を集める方に専念したいです」
半分懇願するように言うので、クロはしょうがなくマキを送ってから署で情報集めをするように命令した。
どうせ戻るのに運転するからと、今度はミツがドライバーとなり現場に向かう。すでに様子がおかしい。
「ミッツ先輩、大丈夫ですか」
「な、なにが」
冷や汗をたらたら流しながら運転するので、マキもヒヤヒヤする。
「カドマさんからききました、玉ノ井さんとのこと……」
「ひいぃぃぃ」
──名前を言っただけで悲鳴をあげないでよ──
「なんとなくは察してましたが、どうしてそこまで嫌いなんです」
本当は毛嫌いとか怖がってると言いたかったが、あえて言葉を選んでみる。
「──話が通じないんだよ」
「話が?」
ミツは当時を思い出すように話しはじめる。
「──配属されて最初に組んだのが玉ノ井さんだった。ほら、警察ってアメとムチ方式だろ。コワモテと温和でコンビにするし、基本的に上下で組むし、班長と玉ノ井さんはコワモテ担当だから必然的に組むハメになったんだよ」
カドマとタマは同期でクロの後輩、コワモテコンビができない以上、そうなるかとマキは納得する。
「最初はさ、面倒見の良い先輩だと思ったんだよ、何かと気にかけてくれるからね。けどさ、意見すると豹変するんだ、新人が生意気言うなって」
「ああ」
マキは深く頷く。
「上下関係に厳しく、暑苦しい性格で心から説得すれば分かってくれると思って延々と諭されるんだ。一晩中飲みにつきあわされるなんてしょっちゅうだったよ、僕そんなにアルコール強くないのにさ」
昭和か!! とマキは心の中でツッコんだ。
「そのうち身体に拒否反応が出始めて、いや、防衛反応かな、玉ノ井さんに近づくとお腹をこわすようになってしまったんだ」
「余計なことをかもしれませんが、異動願いとかパワハラ報告とかしなかったんですか」
「いや。限界になる前にミドウさんや班長が止めてくれるから、それは無いな。だからあのふたりには感謝しているんだ」
──それってアメとムチそのものじゃないですか──
警察のシステムにそのまま嵌っているミツに、マキは情けない思いをするが、ひょっとしたら気づいてわざとやっているかも知れないと思い、言わないでおくことにした。
現地に着いたのでマキは助手席から降りて御礼を言う。
現場の居宅は道路からアパートを挟んでひとつ奥にあり、マキはそこに向かう途中で自転車にぶつかりそうになる。
「おおっと、大丈夫──ってマキちゃんじゃない」
「ミドウさん、なんでこんなところに居るんですか」
「何でって、バイトだけど」
白のスーツに黒のシャツ、それがママチャリにまたがっている姿はミスマッチそのものだった。
「さっきなんで逃げ出したんです、班長が探してるって言ったじゃないですか」
「逃げたわけじゃないよ、バイトの時間が迫ってたから離れただけで──いいじゃん任意同行されたわけじゃないし。それじゃこれで」
「待ってください」
走り出そうとするミドウの自転車を掴んで、全体重をかけて止める。
「班長に会ってください、お願いします、いま呼びますから」
「バイトがあるんだってば、このチラシ配らないといけないんだよ、終わったら会うからさ」
「逃げだした人を信用できません、班長が来るまでここに居てください」
「わーったよ、ちょっと待て、今クロに電話するから」
ミドウはスマホを取り出しクロに電話する。
「あークロか。わーった、わーった、そんなに怒鳴るなよ、今お前ンとこのマキちゃんに捕まってるんだよ、──ああ、──ああ、それじゃあな」
通話を切りマキに話しかける。
「クロと会う約束したからもういいだろ。とりあえずバイト終わらせてからな」
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