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第一話 ある老人の死

ミドウと黒田班 その3

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「カドマ、オーケーだ。提出してきたぞ」

玉ノ井がやれやれという顔で戻ってくる。それを受けて門間さんが、じゃあねと手をあげて離れていく。

「班長からしばらく忙しかったから、今日は早く帰って休めってさ。帰ろうぜ、マキは……ぐっ……」

 マキに向かってなにか言おうとしたが、カドマがタマの口をふさぐように肩を抱え込んで部屋から出ていった。
 おそらくろくでもない事を言おうとしたのだろうと推測しマキはカドマに感謝した。

 今出ていくと、また鉢合わせになるかも知れないから、もう少し居ることにし仕舞ったばかりのお茶を取り出し、ひと口飲んだ。

──しかしあの二人が同期なんて、いまだに信じられないなぁ──

 玉ノ井は、ライトグレーのシングルスーツに青のストライプのクレリックシャツをよく着ている。顔も精悍で、不良高校あたりに赴任して野球部かラグビー部の顧問になって日本一にしそうな熱血体育教師のようだ。

一方、門間はこげ茶系統のシングルスーツに白シャツをよく着る。くすり指にマジックでたれ目の顔を書いたような老け顔で、人あたりも良く、班の人間関係を調節している班のお袋さん的な存在だ。

そして信じられないのは共に三十三歳で同い年だということだ。玉ノ井は二十代に見えるし門間は下手すると五十代にみえる。
 マキは赴任した時に班長と間違えて挨拶して、苦笑されたことを思い出し赤面する。



 そろそろ大丈夫だろうと、部屋を出て宿舎に向かう。
 署から出るところで夜勤の三ツ法寺巡査長にバッタリあったので、敬礼した。

「お疲れ様です」

「ああ」

自分を見ているのかいないのか分からないくらいうつむき加減に歩き、力なく片手を挙げて挨拶する三ツ法寺に、この人はなんで、いやいや、なにが楽しくて、生きているんだろうとマキはいつも思ってた。そのくらい陰鬱とした顔しか見たことないからだ。

 背が高いがスリムなミツは、だいたいオーバーサイズで紺のシングルスーツを着ている。顔も小顔で大きな黒縁メガネがトレードマークになっている。

すれ違い様に呟かれる。

「……報告書」

「はい? 」

「報告書、よく書けてたよ……」

そう言うとそのまま署内に入っていった。

 おそらく今から事務仕事なんだろう。
 玉ノ井を避けているとは薄々感じていたけど、そのために夜勤を多めにとっているとは思わなかったし、それにどうやら班長とのペアをとられてしまったと思われているらしいのを、先程の会話で気がついた。

「なんか面倒くさくなってきたなぁ」

ミドウに出会ったことで、マキは何かが動きだしたような、そんな予感がした。



 翌朝出勤すると、黒田班は課長に呼ばれる。
 課長のデスクの前に黒田が立ち、その後ろに左からカドマ、タマ、マキそしてミツが横並びする。
 タマの横にいたくないミツが間にマキを挟んだが、採用条件ぎりぎり身長のマキでは意味がない。一人分の空間の向こうにはタマの顔が見えるので、ミツはすでにお腹を押さえていた。

──まるでナポレオンね──

 そんなことを考えていると課長からの話がはじまった。

「黒田班は昨日の不審死事件を担当すること。クロ、ミドウはどうした」

「は。昨日病院に戻ったところ、すでに抜け出していて今のところ所在不明です」

「探してこい。検死結果と身元確認それにあらためて事故か事件かを調べるように。以上」

黒田は敬礼してから振り返り、班員に命令する。

「カドマとタマは周辺の聞き込みを地域課と連携してやってくれ。マキくんはミツと組んでご遺族の田中弘美さんに事情聴取を。俺はミドウのバカを探してくる。行動開始」

 全員敬礼したあと、各々の担当に向かった。



 ──マキははじめてペアを組むミツとの距離をどう詰めようか考えながら運転していた。

「三ツ法寺先輩、徹夜明けで大丈夫ですか」

「ああ……、大丈夫だよ。班長とはうまくやってるかい」

「いちおう。……まだ慣れていないので足を引っ張ってばかりですが」

「そうだな、早く慣れるといいな……。ああ、僕のことはミツでいいよ、僕もマキと呼ぶから」

「じゃあ……ミッツ先輩でいいてすか」

「なんかカッコいいな。いいよそれで」

少し微笑みながら受け入れてくれたので、マキは少しホッとした。

「ところでご遺族さんに会ったことあるんだよね。どんな感じだい」

「診てもらった医師によると、会話が困難なくらいお爺さん──夫に依存しているようです」

マキは昨日の様子を客観的に説明する。

「ふぅん、依存症の疑いありか。慎重に話さないとな」



 病院に到着し、ロビーの受付で案内してもらい病室に向かおうとしたところで、ふたりは予想外の人物に出食わした。

「ミドウさん」

思わず声をかけるミツの声に、朗らかに返事をする。

「よう、ミツじゃないか。どうしたこんなところで」

事の関係者というか張本人なのに、他人事のように言うミドウにマキは不快感をしめした。
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