コドク 〜ミドウとクロ〜

藤井ことなり

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第一話 ある老人の死

運命の歯車が噛み合う時 その2

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 目的地は少し変わった一般住宅だった。

 敷地内に三台くらい停めれる駐車場があり、建物は三階建てで外から観たところ、二階以上が居住区らしい。一階は無く、ホコリの被った軽のクルマが停まっている。

「変わった建物ですね。どうしてこんな造りなんでしょう」

「よく観察してみるんだ。どうしてか分かるぞ」

 マキはあらためて周囲を見渡す。
 よく見れば駐車場には消えかかった白線でスペースを仕切ってある。そして端の方にはイスやテーブルが山積みになって雨ざらしになっている。

「喫茶店のテーブルみたい……そうか、もとは一階で喫茶店をやってて、今はそのスペースにマイカーを停めてるんだ」

「正解だ。俺が警らしてる頃は喫茶店だったよ。オバさん、今はお婆さんかな、その人が一人でやってたな。──こちら黒田、現場到着。玄関の扉が開きっぱなしの状態、これより中に入る」

 班長が署に連絡を入れると、空いている駐車場にクルマを停めて降りる。十一月末の風が待ちかまえたかのようにふたりに吹きつける、思わず身を縮こませた。

「……におうな」

 黒田の言葉にマキも鼻をひくひくさせると、どこからかキンモクセイの香りがした。辺りを見回すがそれらしい樹木は見当たらない。さらに探すと匂いの元に気がついた。

「あんなところに」

 目標の建物二階の窓辺に芳香剤がびっしりと並んでいた。トイレ用でよく見かけるやつだ。
 使いきった芳香剤を並べて花壇なんかの柵にしているのをたまに見かける、そんな感じなんだろうか。それにまだ匂いが残っていたのかとマキは納得した。


 問題の玄関までくると、開いた扉から中をうかがう。
 入ってすぐ階段になっている。かなり急な傾斜で狭い、すれ違うときに身体を横にしないと通れないくらいだ。

確認のために中に声をかけようとした時、ドタン、と何かが倒れる音が中からした。

「マキくん、バックアップを」

 黒田が先に階段をかけ上がると、マキも後についていく。中程まで来て踊り場を曲がりさらにあがると左側に本来の玄関があった。こちらも開け放しである。

「うっ」

 思わず鼻をつまんで顔をしかめた。異臭がする、過去の記憶と繋がる、しかも嫌な記憶だ。
思わず足が止まったマキにかまうこと無く黒田は中に入っていく。

「動かないで、警察です」

つづいて中に入ったマキの目に飛び込んだ光景は異様であった。

 散らかった部屋にはやたらと芳香剤が置いてあり、匂いの暴力を振り回していた。その部屋には威嚇している黒田の先に、ゴルフクラブを持った小柄なお婆さんがへたりこんでいる。しきりに、お爺さんお爺さんと言っていた。
 その横にはシーツ、じゃない、人だ、白のスーツを着た男がうつ伏せに倒れている。

 そして向こうの部屋には布団に寝ている、おそらくこの人がお爺さんなんだろう、その人の腐敗した御遺体があった。

「おえぇぇえぇぇ」

 不意討ちの、芳香剤と腐敗臭のデンプシーロールのようなダブルパンチにさすがに我慢できなかったマキは、不覚にも現場を荒らしてしまった。
 最悪な行為であったが、不幸中の幸いなのはお昼前だったので、ほぼ胃の中が空っぽで胃液だけですんだことだろう。それでも現場でリバースしたことは失態である。

黒田は横目でそれを見て命令する。

「しっかりしろ、パトカーに戻って応援と救急の要請、やれるなっ」

「は、はい」

ハンカチを取り出し鼻と口を押さえ、マキは戻りかけると玄関で立ち止まる。

「班長、救急は何のために……」

「そこに転がっている馬鹿の為だよ、起きろ、ミドウ、いつまでも寝てんじゃねぇ」

 ミドウと声をかけられた白スーツの男は微動だにしない。その様子をみて慌てて下に降りていき、応援を要請した。


  十分後、救急車とパトカーが先を争うようにやって来た。
下で待っていたマキは双方に状況を説明して、先に警察それから救急が現場に向かう。

 マキはそのまま下に待機したが、入り口から微かに蛙の合唱が聞こえたので、うん、このまま待機していようと心の中で決めたのだった。

※ ※ ※ ※ ※

 ──しばらくすると、ミドウを黒田と救急隊員二人、計三人がかりで下ろしてきた。足を黒田が持ち、先に降りて、救急隊員の一人が両脇から抱えて、もう一人が頭を揺らさないように押さえながらやってくる。
 階段が急で狭いからストレッチャーが使えなかったのだろう。

 マキは隊員の人に頭を持っているように言われ代わると、隊員は救急車の後ろを開けストレッチャーを出してきて、ミドウをそのまま乗せて黒田に話しかける。

「またミドウさんですか、いつもの病院でいいですね」

「俺に訊くなよ」

隊員は苦笑すると、救急車に乗り込み発車していった。

「マキくん、後始末と事情聴取するぞ」

「はい」

 現場に戻ると、荒らしたのはお前かよという鑑識の視線を受けながらマキは汚した所を片付ける。
 終わってふと見ると、大泣きしているお婆さんの前で黒田が途方にくれていた。

「班長、代わります」

「……頼む」

 黒田は頼もしいが、それは裏を返せば見た目が恐いという意味でもある。本人は優しく笑顔で話しかけているつもりだろうが、相手からすれば凄味のある顔で脅されていると受け取ってしまうのだ。

 話相手がマキに代わると、お婆さんは心から安心した顔になり話しはじめた。が、交代したのをマキは後悔することになる。

「あのね、お爺さんがね、お爺さんがね、……」

 何を訊いても、お爺さんがお爺さんがとしか言わなくて、まったく話が進まない。

 少し離れたところでやりとりを見ていた黒田が、ちょいちょいと手招きしたので、マキは傍による。

「少し厄介な状態かもしれん。うまいこと言い含めて、ミドウが運ばれた病院に連れていこう」

黒田の言葉にマキは頷いた。
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