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開戦そして籠城戦

女ギツネという称号

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 ──はるか昔、遊牧民族ノマドに三人のたいそう仲の悪い兄弟がいたという。三兄弟はなにかにつけて争うので、部族頭の父親も頭を痛めていた。
 その父が年老いて亡くなるとき、遺言を残す。

「ワシのウマを三人で分けよ。長男は全部の半分、次男はそのまた半分、三男はそのまた半分だ」

 年長者を敬う習慣のある部族だったので、この遺言は妥当だと誰もが納得した。だがウマの数は七頭だったのだ。
 仲の悪い三兄弟は当然のように争い、部族達は三つに分かれて戦う寸前まで過熱した。

 そこへウマと共にやってきた旅人が騒動の些細を聞き、三兄弟の前にやってきた。

「私のウマを足しますから、それで分けましょう」

八頭になったウマの半分である四頭が長男に
残りの半分である二頭が次男に
そしてその半分の一頭が三男に分けられ
残った一頭が旅人のもとに返された。

三兄弟と部族達は、たちの悪い魔族に騙されたような気分になったが、自分達で確かめても間違いがなかったので、ようやく納得した。

「親父め、なんでこんな面倒なことを」

面白くないと長男は憤ったが、旅人はこう話した。

「奪い合うのではなく、話し合って分け与えよというのを教えたかったのだろう。もし気がつかず奪い合うようならば部族は滅びる。実際にそうなりかけたのだろ」

 この言葉に三兄弟は心より反省し、人の話をじっくり聞くようになり、やがては他の部族の仲裁を頼まれ大部族頭ハーンとなり、一大部族集団になったという。

 ──これが昔から伝わるノマドの民話[知恵者のウマ]である。
 旅商人の父モーリからゾフィは、よく聞かされていたから覚えていた。
 それに倣うならエルザ女王はユーリに、七頭のウマを三人に分けるような今の状態、帝国への対応、裏切り者への対応、それらに対する今後に起きる事への対応……。

 このような問題も、エルザ女王なら何とかしてくれるという信頼がゾフィにはあった。
 だが、先のカイマ事件の無理でエルザ女王には神聖痕紋がつけられそれが身体を蝕み、本来の実力をとても出せない状態、いやそれどころか命に関わる状態なのだ。だから代わりに大賢者であるユーリに任せようとしてるのか。

 ユーリは、落ち着いて現状をあらためる。

──エルザ女王の状態という国家機密を知ってしまった以上、ただではすまない。エニスタとかいうのは殺気を発している、場合によっては斬るつもりだな。
 こうなる場合を考えてヒトハと永遠契約マリッジして逃げ出す用意をしていたのだが、それは今は悪手だな。
 なんとか女王代行を受けずにすむ方法はないだろうか──

「マリカの父親はブラパンなのだな。アンナの父親がコットンならば、アンナを即位させマリカとゾフィを後見としたらどうだ。それなら落ち着くまで相談役を引き受けてもよい」

 ユーリの提案は妥当だとエニスタは思った。
 二大貴族の娘がトップに立つうえにゾフィ隊長がにらみをきかせる立場なら皆が納得するだろう。
 しかしエルザ女王は弱々しく首をふる。

「平時にわたくしが急に倒れたとなれば、それでもよいです。むしろ最良と言えるでしょう。しかし今は有事です、すぐに決断して行動を起こせる方でないとダメなのです」

 たしかにアンナにしろマリカにしろまだ若い。ゾフィは血統の者ではない。反目しあってる貴族達をまとめるには貫禄が足りないのは簡単に想像できた。

 ──いっそのこと帝国に下ってしまえば事が片づくのではないか──

 そんな考えもよぎった。

「エルザ女王に訊ねたい。カーキ=ツバタ王国を守りたい理由はなんだ」

 ユーリの問いにエルザはそこにいるマリカ達にも伝えるようにこたえる。

「この国はカイマに襲われた村の者が、協力して立ちなおるのが始まりでした。ですが女王制になってからは女を守るための国に方針が変わりました。
 それは今、この世の女達にとって希望になっているのです。力がある者が上に立つのが当たり前となれば、力に劣る女が虐げられるのは自明の理。世の女達は男の下につかなければ生きていけません。
 しかし、女が治める国がある。このことは世の女達にとって希望となるのです。我が国の存在は、女達にとって心の支えとして必要なのです」

 息絶え絶えながらも真剣に訴えるように語るエルザの言葉に、マリカ、ゾフィ、エニスタは目を潤ませる。

 何百年も生き、旅をして、様々な様相をユーリは見てきた。エルザの言うとおり、理不尽な目にあう女達を何度もみて感情のまま助けたり、助けられなくて悔やんだりもした。

「女達の希望か……」

 ならばこそ帝国に屈するわけにはいかない、それがエルザの戦う理由か。ユーリはそれでも断わる理由を探そうとしたが、それよりも引き受けなければならない心に傾きつつあった。

「クッキーが女ギツネと言うわけだ」

「大賢者ユーリをたぶらかしたとなれば、それは名誉な言葉ですわ」

 力なく微笑むエルザをみて、ユーリはついに諦めた。

「わかった、女王代行を引き受けよう」
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