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開戦そして籠城戦
軍監アントニウス
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──一方、駐屯している帝国軍側にも動きがあった。
ルシアのいる本陣に夜の訪問者、帝国軍本国からの軍監であるアントニウスがやってきてルシアに今日の作戦について問い質していた。
「本日の戦闘において訊ねるが、なぜ草刈りと火遊びに終始したのだ。あれでは遊びに来たみたいではないか」
ルシアの采配に非があるが如くアントニウスは詰問する。
「アントニウス様が見ていたように、相手は精霊もしくは精霊使いなのです。あの森を駐屯地にするには安全性を確保しなくてはなりません。つまり精霊もしくは精霊使いを倒すのが今回の主目的となります」
「そんなことは分かっている」
「となると相手の領域に踏み込まなければなりません。そのために安全地帯を確保しながら行軍したわけです」
ルシアが噛んで含めるようにアントニウスに説明する。それは駄々をこねる幼子に親が物の道理を教えるが如くだったが、今年四十四になるアントニウスは聞き分けるということを身につけずに歳を重ねたようで、まったく通じなかった。
「そんなやり方ではなく、一気に森に突き進み何もかも伐り倒してしまえばよいではないか」
それに苦労したから今日の結果なのだが。
この軍監殿が戦の場に出たことないのは、ヒョロリとした姿を見れば分かる。これはいくら説明しても無駄だなと悟ったルシアは、仰せの通りと認めて、明日はそうしますと返事をし、軍監殿に満足して退出してもらった。
若造をやり込めて満足したアントニウスは、陣幕の外で待っている美形の少年従兵とともに自軍へと戻っていく。
「お待たせしました。では軍議をはじめましょう」
リュキアニアのコルレニオス将軍とカリステギアのボルノ将軍は、ルシア達のやり取りを黙って見ていたが、さすがに気の毒に思った将軍は、ねぎらいの言葉をかける。
「軍監殿の戦場は頭の中にあり、つねに全勝のようですな。しかも圧勝のようだ」
「左様ですな」
コルレニオス将軍の言葉にボルノ将軍も同意する。
「実際、模擬軍議戦では負け知らずですよ。ただ人づきあいは不得手のようですが」
ルシアの言葉に、両将軍は苦笑する。
「総司令官殿は軍監殿と面識がおありで」
「少年の頃、軍学を教えていただきました」
「なるほど、それはやりにくい相手ですな」
それだけではなかった。
アントニウスは帝王の后妃の血族にあたり、彼の者が要職についているのは、そういう理由でもある。
ルシアが帝王継承権十二位だった頃は問題なかったが、今は六位となっている。上位五位は后妃の実子で占めているが、それゆえルシアが脅威となってきた。
アントニウスとしては、后妃の機嫌取りのためなんとかルシアの失点を稼ごうと躍起になっているのだ。
しかしそのことを話す必要はないと、ルシアは口にしなかった。
「ではそれぞれの戦果と被害状況を」
今回の行軍は約五千人で、カリステギアとリュキアニアはそれぞれ約千人、主力のガリアニアが約三千、そしてアントニウス率いる帝国軍が百騎兵という内訳である。
「カリステギアは軽傷と火傷の負傷者はでましたが、ほぼ無傷です」
「リュキアニアも同じです」
「ガリアニアもです。──つまりはからずも軍監殿の言う通り遊んで、いや、遊ばれたということです」
「そういうことですな」
ボルノ将軍があいも変わらず絶妙な同意を言う。
「総司令官は精霊もしくは精霊使い──言いにくいですな、名前はないのですか」
「たしかクチキなんとかと……、クチキと呼びましょう」
「そのクチキと直にお会いしてましたな、どんな印象でしたか」
コルレニオス将軍が、その軍略と同じように慎重な感じで訊ねる。
「そうですね。──わずかな会話しかできませんでしたが、良い方だと思いました。言い方を変えれば甘い奴というところでしょうか」
若くして領国を手に入れるほどの才があるだけあって、その精神は鋼の如く硬い。
ルシアからすれば、戦争経験のないクッキーなど甘ちゃんとしかみえないだろう。
「となると今日の戦果をみるに、向こうはこちらを殺す気がないということですかな」
「おそらくそうでしょう。実力差はこのくらいあるぞ、諦めて帰りなさいというところでしょうか」
「なんとも甘い。軍人は命にかえても命令を遂行する存在なのに」
老将軍コルレニオスは、苦々しい顔をしてため息を吐く。
「とはいえ、草を刈っても木を切り倒してもすぐに生えてくる上に、何をもって勝利とするのか分からない状態です。今後はどうしましょう」
ボルノ将軍の質問にルシアは少し考えてから、答える。
「兵士達には悪いですが、明日も草刈りと野焼きをやりましょう。ただし今度は刈った草をすべて燃やします」
「なにゆえ」
「まあ……根まわしですかね。戦は拙速を尊びますが、はじめる前は時間がかかりますから」
「ということは、何か仕掛けてあると」
両将軍が覗き込んでくるが、ルシアははにかんで笑う。
「うまくいかないと恥ずかしいので、今は内緒です」
ようやく年相応の言葉と態度を見せたので、この夜より両将軍は総司令官に好感を持ったのだった。
ルシアのいる本陣に夜の訪問者、帝国軍本国からの軍監であるアントニウスがやってきてルシアに今日の作戦について問い質していた。
「本日の戦闘において訊ねるが、なぜ草刈りと火遊びに終始したのだ。あれでは遊びに来たみたいではないか」
ルシアの采配に非があるが如くアントニウスは詰問する。
「アントニウス様が見ていたように、相手は精霊もしくは精霊使いなのです。あの森を駐屯地にするには安全性を確保しなくてはなりません。つまり精霊もしくは精霊使いを倒すのが今回の主目的となります」
「そんなことは分かっている」
「となると相手の領域に踏み込まなければなりません。そのために安全地帯を確保しながら行軍したわけです」
ルシアが噛んで含めるようにアントニウスに説明する。それは駄々をこねる幼子に親が物の道理を教えるが如くだったが、今年四十四になるアントニウスは聞き分けるということを身につけずに歳を重ねたようで、まったく通じなかった。
「そんなやり方ではなく、一気に森に突き進み何もかも伐り倒してしまえばよいではないか」
それに苦労したから今日の結果なのだが。
この軍監殿が戦の場に出たことないのは、ヒョロリとした姿を見れば分かる。これはいくら説明しても無駄だなと悟ったルシアは、仰せの通りと認めて、明日はそうしますと返事をし、軍監殿に満足して退出してもらった。
若造をやり込めて満足したアントニウスは、陣幕の外で待っている美形の少年従兵とともに自軍へと戻っていく。
「お待たせしました。では軍議をはじめましょう」
リュキアニアのコルレニオス将軍とカリステギアのボルノ将軍は、ルシア達のやり取りを黙って見ていたが、さすがに気の毒に思った将軍は、ねぎらいの言葉をかける。
「軍監殿の戦場は頭の中にあり、つねに全勝のようですな。しかも圧勝のようだ」
「左様ですな」
コルレニオス将軍の言葉にボルノ将軍も同意する。
「実際、模擬軍議戦では負け知らずですよ。ただ人づきあいは不得手のようですが」
ルシアの言葉に、両将軍は苦笑する。
「総司令官殿は軍監殿と面識がおありで」
「少年の頃、軍学を教えていただきました」
「なるほど、それはやりにくい相手ですな」
それだけではなかった。
アントニウスは帝王の后妃の血族にあたり、彼の者が要職についているのは、そういう理由でもある。
ルシアが帝王継承権十二位だった頃は問題なかったが、今は六位となっている。上位五位は后妃の実子で占めているが、それゆえルシアが脅威となってきた。
アントニウスとしては、后妃の機嫌取りのためなんとかルシアの失点を稼ごうと躍起になっているのだ。
しかしそのことを話す必要はないと、ルシアは口にしなかった。
「ではそれぞれの戦果と被害状況を」
今回の行軍は約五千人で、カリステギアとリュキアニアはそれぞれ約千人、主力のガリアニアが約三千、そしてアントニウス率いる帝国軍が百騎兵という内訳である。
「カリステギアは軽傷と火傷の負傷者はでましたが、ほぼ無傷です」
「リュキアニアも同じです」
「ガリアニアもです。──つまりはからずも軍監殿の言う通り遊んで、いや、遊ばれたということです」
「そういうことですな」
ボルノ将軍があいも変わらず絶妙な同意を言う。
「総司令官は精霊もしくは精霊使い──言いにくいですな、名前はないのですか」
「たしかクチキなんとかと……、クチキと呼びましょう」
「そのクチキと直にお会いしてましたな、どんな印象でしたか」
コルレニオス将軍が、その軍略と同じように慎重な感じで訊ねる。
「そうですね。──わずかな会話しかできませんでしたが、良い方だと思いました。言い方を変えれば甘い奴というところでしょうか」
若くして領国を手に入れるほどの才があるだけあって、その精神は鋼の如く硬い。
ルシアからすれば、戦争経験のないクッキーなど甘ちゃんとしかみえないだろう。
「となると今日の戦果をみるに、向こうはこちらを殺す気がないということですかな」
「おそらくそうでしょう。実力差はこのくらいあるぞ、諦めて帰りなさいというところでしょうか」
「なんとも甘い。軍人は命にかえても命令を遂行する存在なのに」
老将軍コルレニオスは、苦々しい顔をしてため息を吐く。
「とはいえ、草を刈っても木を切り倒してもすぐに生えてくる上に、何をもって勝利とするのか分からない状態です。今後はどうしましょう」
ボルノ将軍の質問にルシアは少し考えてから、答える。
「兵士達には悪いですが、明日も草刈りと野焼きをやりましょう。ただし今度は刈った草をすべて燃やします」
「なにゆえ」
「まあ……根まわしですかね。戦は拙速を尊びますが、はじめる前は時間がかかりますから」
「ということは、何か仕掛けてあると」
両将軍が覗き込んでくるが、ルシアははにかんで笑う。
「うまくいかないと恥ずかしいので、今は内緒です」
ようやく年相応の言葉と態度を見せたので、この夜より両将軍は総司令官に好感を持ったのだった。
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