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第二章 それぞれのひと月
イツキサマ
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黒紐こと書物奉行所は、各奉行が作成した書類を吟味役が吟味した後、さらにまとめる所である。
同心は奉行所内で、ずっと書類とにらめっこしているが、 与力は報告書が正しいかを現地で確認するため領内だけでなく、時には他の領や藩内をくまなくまわる。
一見すると閑職の部署なので他の奉行の同心与力達からは低くみられている。実際その通りなのだが、一部違いがある。
黒紐組 陰でそう呼ばれている組がある。
一部の書物奉行与力は、事実確認のため各地をうろうろできる立場を利用して間者をしている。つまりその実態は密偵なのであった。
黒紐組の与力は書物奉行の黒岩重吾朗直属であり、その上は瀬月家老頭である。
この組の存在は、瀬月と領主の瀬鳴弾正そしてさくら姫のみが知っている。
なぜなら、平助と林太も黒紐組だからである。
彼等の仕事はあくまでも情報集めなのだが、その存在を知られぬ為に、常人離れした体術を身につけて、その存在と仕事を隠しているのだ。
それゆえ実戦を知らぬ普通の侍などには相手にならぬほどの腕前である。
それを知らぬ残りのひとりは意地を通そうとするが、黒紐のひとりが抜刀し道側に生えてる八尺ほどの森の木を切り倒すと、さすがに動きが留まった。
「わわ、イツキサマが」
「我等にかまうな、そうそうに立ち去るゆえ、こちらの者を介抱せい」
納刀しながら黒紐そう言ってから振り向いて、さくら姫に向かい、無言で促した。
「なかなかの腕前だな。さすがは黒紐というところか」
ひっくり返った勘定方を、もうひとりが介抱している間にさくら姫達はそうそうに立ち去ろうとしたが、眞金が感心して呟く。それを聞きとがめて、さくら姫が眞金に近づく。
「お主、知っているのか」
「噂話程度に。本当にいたとは驚きです」
「他言無用じゃぞ」
「当たり前です。言ったでしょう、姫様に関わりたくないと。これきりでお願いします」
あまりにも邪険にするので、さくら姫は悪戯心を起こし眞金の腕をとりしがみつく。
「な、なにをするのです。端女のような真似はお止めください」
意外な行動を取られたので黒紐達は呆気にとられる。その隙をついて、懐にあった書状を眞金の袂に素早く押し込む。
「な、」
何を入れたのです、と言おうとした眞金の耳元でささやく。
「巫女と無理心中したという平助のことじゃ。調べておけ」
「だから」
「少なくとも巫女の事はなわばりじゃろう、ついでで良い。あと弐ノ宮と勘定方は怪しいから用心せよ」
「どういう……」
眞金が問う前にさくら姫は離れる。
「本当に他言無用じゃぞ、お主等も寺社奉行の眞金に顔を覚えられぬようにもう近づくでない。行くぞ」
それだけ言うとさくら姫はすたすたとしぶきを預けている百姓のところへと向かう。黒紐達も眞金に挨拶もせずあとを追いかける。あとに残った眞金だけがやれやれという顔をしてため息をついたのだった。
※ ※ ※ ※ ※
「あの勘定方、気になることを言っておったな、イツキサマと。お主等には、意味がわかるか」
南側の道から西側の道へ入った頃に、さくら姫がぽつりと言う。しかし黒紐たちは返事をしない。変わらず無言である。
「気になるのぉ、気になりすぎて、このまま引き返して知りたくなったのぉ」
ちらちらとふたりを見る。黒紐たちは目で合図をして、仕方ないという感じで口を開いた。
「姫様、お話し致しますが口外無用に願いますよ」
「もちろんだとも」
とびきりの笑顔で答えた。この笑顔は人たらしで、何人もの人を虜にさせた笑顔である。
「イツキサマというのはおそらく弐ノ宮の宮司の、斎樹左の事だと思われます。境内の木を切り倒したから、慌てたのでしょう」
「なるほど。で、そっちはどうじゃ」
「は、拙者でございますか」
「なにか気になることでもあったのか、その様な感じをしておるぞ」
言われた方は、ぎょっとする。立場上、顔色を読まれない訓練をしているので、感情を顔に出さないはずなのに、読まれてしまったのである。
なるほど、ただの姫様ではないと言われるわけだと思った。
「じつは少し妙な感じがしてございます。我らが姫様を見つけたのは、この西の道からなのですが、その時は姫様が道の行き止まりに居るように見えたのです」
「そんな事はなかろう、行きも帰りも今通った道筋じゃぞ」
「仰有るとおりでございます。我らはこの道を下り橋を渡る時には、そのようには見えませんでした。見間違いかと思いましたが、帰りも何か違うような気がしまして、それが何なのか分からないのです」
「ふうむ」
黒紐組はその仕事上、違和感を見逃さない。つまり何かがあったのは間違いないのだろう。それが何なのかが分からないことらしい。
※ ※ ※ ※ ※
その頃眞金は待たせている同心と合流し弐ノ宮を出ていったところで、ふたりの勘定方と禰宜は先程のところで対峙していた。
「よくも境内の樹を伐ったな」
「やったのは書物方だ、我々は悪くない」
「黙れ、斎様の怒りに触れるがよい」
境内から蔓がずるずるずると伸びてくると勘定方ふたりに巻きつきもがき苦しみながら境内の森の奥へと引きずり込まれる。
「でくとなり斎様の役に立つがよい」
禰宜たちは争ったあとを片づけると、何事もなかったように社へと戻っていった。
同心は奉行所内で、ずっと書類とにらめっこしているが、 与力は報告書が正しいかを現地で確認するため領内だけでなく、時には他の領や藩内をくまなくまわる。
一見すると閑職の部署なので他の奉行の同心与力達からは低くみられている。実際その通りなのだが、一部違いがある。
黒紐組 陰でそう呼ばれている組がある。
一部の書物奉行与力は、事実確認のため各地をうろうろできる立場を利用して間者をしている。つまりその実態は密偵なのであった。
黒紐組の与力は書物奉行の黒岩重吾朗直属であり、その上は瀬月家老頭である。
この組の存在は、瀬月と領主の瀬鳴弾正そしてさくら姫のみが知っている。
なぜなら、平助と林太も黒紐組だからである。
彼等の仕事はあくまでも情報集めなのだが、その存在を知られぬ為に、常人離れした体術を身につけて、その存在と仕事を隠しているのだ。
それゆえ実戦を知らぬ普通の侍などには相手にならぬほどの腕前である。
それを知らぬ残りのひとりは意地を通そうとするが、黒紐のひとりが抜刀し道側に生えてる八尺ほどの森の木を切り倒すと、さすがに動きが留まった。
「わわ、イツキサマが」
「我等にかまうな、そうそうに立ち去るゆえ、こちらの者を介抱せい」
納刀しながら黒紐そう言ってから振り向いて、さくら姫に向かい、無言で促した。
「なかなかの腕前だな。さすがは黒紐というところか」
ひっくり返った勘定方を、もうひとりが介抱している間にさくら姫達はそうそうに立ち去ろうとしたが、眞金が感心して呟く。それを聞きとがめて、さくら姫が眞金に近づく。
「お主、知っているのか」
「噂話程度に。本当にいたとは驚きです」
「他言無用じゃぞ」
「当たり前です。言ったでしょう、姫様に関わりたくないと。これきりでお願いします」
あまりにも邪険にするので、さくら姫は悪戯心を起こし眞金の腕をとりしがみつく。
「な、なにをするのです。端女のような真似はお止めください」
意外な行動を取られたので黒紐達は呆気にとられる。その隙をついて、懐にあった書状を眞金の袂に素早く押し込む。
「な、」
何を入れたのです、と言おうとした眞金の耳元でささやく。
「巫女と無理心中したという平助のことじゃ。調べておけ」
「だから」
「少なくとも巫女の事はなわばりじゃろう、ついでで良い。あと弐ノ宮と勘定方は怪しいから用心せよ」
「どういう……」
眞金が問う前にさくら姫は離れる。
「本当に他言無用じゃぞ、お主等も寺社奉行の眞金に顔を覚えられぬようにもう近づくでない。行くぞ」
それだけ言うとさくら姫はすたすたとしぶきを預けている百姓のところへと向かう。黒紐達も眞金に挨拶もせずあとを追いかける。あとに残った眞金だけがやれやれという顔をしてため息をついたのだった。
※ ※ ※ ※ ※
「あの勘定方、気になることを言っておったな、イツキサマと。お主等には、意味がわかるか」
南側の道から西側の道へ入った頃に、さくら姫がぽつりと言う。しかし黒紐たちは返事をしない。変わらず無言である。
「気になるのぉ、気になりすぎて、このまま引き返して知りたくなったのぉ」
ちらちらとふたりを見る。黒紐たちは目で合図をして、仕方ないという感じで口を開いた。
「姫様、お話し致しますが口外無用に願いますよ」
「もちろんだとも」
とびきりの笑顔で答えた。この笑顔は人たらしで、何人もの人を虜にさせた笑顔である。
「イツキサマというのはおそらく弐ノ宮の宮司の、斎樹左の事だと思われます。境内の木を切り倒したから、慌てたのでしょう」
「なるほど。で、そっちはどうじゃ」
「は、拙者でございますか」
「なにか気になることでもあったのか、その様な感じをしておるぞ」
言われた方は、ぎょっとする。立場上、顔色を読まれない訓練をしているので、感情を顔に出さないはずなのに、読まれてしまったのである。
なるほど、ただの姫様ではないと言われるわけだと思った。
「じつは少し妙な感じがしてございます。我らが姫様を見つけたのは、この西の道からなのですが、その時は姫様が道の行き止まりに居るように見えたのです」
「そんな事はなかろう、行きも帰りも今通った道筋じゃぞ」
「仰有るとおりでございます。我らはこの道を下り橋を渡る時には、そのようには見えませんでした。見間違いかと思いましたが、帰りも何か違うような気がしまして、それが何なのか分からないのです」
「ふうむ」
黒紐組はその仕事上、違和感を見逃さない。つまり何かがあったのは間違いないのだろう。それが何なのかが分からないことらしい。
※ ※ ※ ※ ※
その頃眞金は待たせている同心と合流し弐ノ宮を出ていったところで、ふたりの勘定方と禰宜は先程のところで対峙していた。
「よくも境内の樹を伐ったな」
「やったのは書物方だ、我々は悪くない」
「黙れ、斎様の怒りに触れるがよい」
境内から蔓がずるずるずると伸びてくると勘定方ふたりに巻きつきもがき苦しみながら境内の森の奥へと引きずり込まれる。
「でくとなり斎様の役に立つがよい」
禰宜たちは争ったあとを片づけると、何事もなかったように社へと戻っていった。
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