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第一章 白邸領と城下町
元秋屋
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「──というような話が、昨日あったことじゃ」
「大丈夫なんですか」
「なにがじゃ」
「だって、しばらく城から出てはならぬと、瀬月様と約束したって、今言いましたよね」
「城下町は城の中であろう、だから城から出てはおらぬわ」
「そんな言い訳とおるの、リン兄」
さくら姫と話していた平助は、隣に座っている林太に訊ねる。
「姫様次第だな。俺達の務めは姫様をまもる事だけだから、それより他のことは心配するな」
翌日、舌の根も乾かぬうちに城を抜け出し、さくら姫達がいるのは、白邸城近くにあるさくら姫御用達の商家、元秋屋である。
白邸城は、城を中心に五つの曲輪があり、それを城壁で囲んでいる。これを内曲輪という。
その城壁の外側に商家や民家などが並ぶ城下町があり、それを囲んでいる城壁があり、そこを外曲輪とよんでいる。
一応そこまでが城の中と認めてもよいのだが、さて、どうなるやらと林太は思う。
「それにしても、そんな所だったんですねえ、あそこは」
上座で、膝を崩して肘掛けにもたれて愛用の扇子を玩んでいた さくら姫が、平助の言葉にかくっと肘を落とす。
「平助、あのような戯言を信じておるのか」
「ちがうんですか」
「林太、説明してやれ」
話すのも面倒だという口調で林太に促す。
「平助、瀬月様の言う通りなら、あの森は手足の無い者ばかりのはずだな」
「そうだね。え、あれ、そんな奴ら見かけなかったぞ」
「それに[最後の大いくさ]はおよそ二十年くらい前だ。瀬月様と同じくらいの歳なら、皆五十くらいになろう」
「そんな歳に見えなかったな、せいぜい三十くらいか」
「二十年前なら、十くらいだぞ。ありえないだろ」
さくら姫が呆れながら言う。
「林太の言うとおりじゃ。その場で言ってもよかったのじゃが、それだと森の中を見た事になるからな。あの場は受け入れるしかなかったのじゃ。わらわの方はこうじゃが、ふたりの方はどうじゃ」
さくら姫の問いに、林太が答える。
「平助の方ですが出仕した途端、ふたりともお頭に呼ばれて昨日の、いや一昨日か、姫様の行き先を訊かれました。
当番は平助だったので平助が報告、いつも通り領内を見廻りに出て、中村に行く道の途中にある鍛冶屋に寄り、少し話をして城に戻ったと言いました」
「それで」
「他に何か話すことはないかと訊かれたので、俺は一緒ではなかったので知らないと答え、平助は姫様に口止めされてますと答えました」
それでか、とさくら姫はひとり合点する。
話を聞いたあと、扇子を玩びながらさくら姫はしばらく黙り考えたあと、続けて問う。
「林太の方は何かわかったか」
「昨日、書物庫であらためて調べてみましたが、瀬月様の言うとおり、戦で傷ついた者の御救い村を造り、そこに白邸領内の者だけでなく、尾張藩で溢れた者も住まわせたという記録がありました」
「ということは、爺は本当の事を言っておったのか。他には無かったのじゃな」
「姫様達が出くわしたという怪しげな奴等の事を分かるものはありませんでした。それと一昨日の夜、平助に案内してもらい、森のある場所に行ってみましたが、そのような道はありませんでした」
「なに、道が無いじゃと」
「そうなんだよ姫様、俺いらも見たけどほんとに道が無くなっているんだよ。クラのおっさんの小屋にも行ったんだけど、居なくてさ、なにがなんだか分かんないよ」
平助の憶える能力は人一倍ある。場所を間違える事はない。
そして林太は不自然なものを見つける鋭さを持っている。
いくら真夜中とはいえ、この二人が揃って行って見つからないというのなら本当の事だろう。
──寺社奉行の結界とやらのせいか──
いま一度行ってみるつもりだったが、どうやら無駄のようだ。さくら姫は頭を抱えたが、それならそれで考えてみることにした。
「……林太、今までの事をどう考える」
リンタが少し考えて口を開く。
「符号がありますね」
「それは」
「最後の大いくさ」
「ふむ、わらわも同じじゃ。爺、クラ、黄昏の森、それらは全てあのいくさに繋がっている」
「寺社奉行はどうなんです」
「寺社奉行と俺達の書物奉行は瀬月様の管轄だ」
「それと結界の事もある。わらわは人の心にといかける結界、例えていうなら御札がそうじゃの、開けてはならぬと人の心にかけるものじゃ。そういうものならば知ってはいるが、本当に目眩ましや見えなくする結界があるとは知らなかったぞ」
「呪術結界ですか 」
「ふたりが見つけられなかったのは寺社の連中がかけた結界のせいだろう。今までのわらわ達があの路を気づかなかったのも、結界を張られていたからとすれば得心がいく」
ここまで話していたところで、部屋の外から声がかかる。
南側の障子に写る知留影人は恰幅の良い男だった。
「大丈夫なんですか」
「なにがじゃ」
「だって、しばらく城から出てはならぬと、瀬月様と約束したって、今言いましたよね」
「城下町は城の中であろう、だから城から出てはおらぬわ」
「そんな言い訳とおるの、リン兄」
さくら姫と話していた平助は、隣に座っている林太に訊ねる。
「姫様次第だな。俺達の務めは姫様をまもる事だけだから、それより他のことは心配するな」
翌日、舌の根も乾かぬうちに城を抜け出し、さくら姫達がいるのは、白邸城近くにあるさくら姫御用達の商家、元秋屋である。
白邸城は、城を中心に五つの曲輪があり、それを城壁で囲んでいる。これを内曲輪という。
その城壁の外側に商家や民家などが並ぶ城下町があり、それを囲んでいる城壁があり、そこを外曲輪とよんでいる。
一応そこまでが城の中と認めてもよいのだが、さて、どうなるやらと林太は思う。
「それにしても、そんな所だったんですねえ、あそこは」
上座で、膝を崩して肘掛けにもたれて愛用の扇子を玩んでいた さくら姫が、平助の言葉にかくっと肘を落とす。
「平助、あのような戯言を信じておるのか」
「ちがうんですか」
「林太、説明してやれ」
話すのも面倒だという口調で林太に促す。
「平助、瀬月様の言う通りなら、あの森は手足の無い者ばかりのはずだな」
「そうだね。え、あれ、そんな奴ら見かけなかったぞ」
「それに[最後の大いくさ]はおよそ二十年くらい前だ。瀬月様と同じくらいの歳なら、皆五十くらいになろう」
「そんな歳に見えなかったな、せいぜい三十くらいか」
「二十年前なら、十くらいだぞ。ありえないだろ」
さくら姫が呆れながら言う。
「林太の言うとおりじゃ。その場で言ってもよかったのじゃが、それだと森の中を見た事になるからな。あの場は受け入れるしかなかったのじゃ。わらわの方はこうじゃが、ふたりの方はどうじゃ」
さくら姫の問いに、林太が答える。
「平助の方ですが出仕した途端、ふたりともお頭に呼ばれて昨日の、いや一昨日か、姫様の行き先を訊かれました。
当番は平助だったので平助が報告、いつも通り領内を見廻りに出て、中村に行く道の途中にある鍛冶屋に寄り、少し話をして城に戻ったと言いました」
「それで」
「他に何か話すことはないかと訊かれたので、俺は一緒ではなかったので知らないと答え、平助は姫様に口止めされてますと答えました」
それでか、とさくら姫はひとり合点する。
話を聞いたあと、扇子を玩びながらさくら姫はしばらく黙り考えたあと、続けて問う。
「林太の方は何かわかったか」
「昨日、書物庫であらためて調べてみましたが、瀬月様の言うとおり、戦で傷ついた者の御救い村を造り、そこに白邸領内の者だけでなく、尾張藩で溢れた者も住まわせたという記録がありました」
「ということは、爺は本当の事を言っておったのか。他には無かったのじゃな」
「姫様達が出くわしたという怪しげな奴等の事を分かるものはありませんでした。それと一昨日の夜、平助に案内してもらい、森のある場所に行ってみましたが、そのような道はありませんでした」
「なに、道が無いじゃと」
「そうなんだよ姫様、俺いらも見たけどほんとに道が無くなっているんだよ。クラのおっさんの小屋にも行ったんだけど、居なくてさ、なにがなんだか分かんないよ」
平助の憶える能力は人一倍ある。場所を間違える事はない。
そして林太は不自然なものを見つける鋭さを持っている。
いくら真夜中とはいえ、この二人が揃って行って見つからないというのなら本当の事だろう。
──寺社奉行の結界とやらのせいか──
いま一度行ってみるつもりだったが、どうやら無駄のようだ。さくら姫は頭を抱えたが、それならそれで考えてみることにした。
「……林太、今までの事をどう考える」
リンタが少し考えて口を開く。
「符号がありますね」
「それは」
「最後の大いくさ」
「ふむ、わらわも同じじゃ。爺、クラ、黄昏の森、それらは全てあのいくさに繋がっている」
「寺社奉行はどうなんです」
「寺社奉行と俺達の書物奉行は瀬月様の管轄だ」
「それと結界の事もある。わらわは人の心にといかける結界、例えていうなら御札がそうじゃの、開けてはならぬと人の心にかけるものじゃ。そういうものならば知ってはいるが、本当に目眩ましや見えなくする結界があるとは知らなかったぞ」
「呪術結界ですか 」
「ふたりが見つけられなかったのは寺社の連中がかけた結界のせいだろう。今までのわらわ達があの路を気づかなかったのも、結界を張られていたからとすれば得心がいく」
ここまで話していたところで、部屋の外から声がかかる。
南側の障子に写る知留影人は恰幅の良い男だった。
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