佐野千秋 エクセリオン社のジャンヌダルクと呼ばれた女

護衛対象はキケンな男の娘 短編

プロローグ

　「ハジメ、こっちよ！！」

「葵、助かる！！　さっ、これに乗るよ」

　ハジメに首根っこを掴まれた少年は、振り回されるようにワンボックスカーに放り込まれる。
　ハジメも乗ろうとしたが、追いかけてきた男にジャケットの襟をつかまれ阻まれる。

「このっ」

　適当に肘打ちをかましたあと、引き離すように勢いよく振り向いて、今度は顎を狙って掌底を入れる。

「ぐわぁ」

　後ろによろめく男に前蹴りをみぞおちに入れると、その勢いでクルマの中に入る。

「出して！！」

「はいよ」

　スライドドアを閉めながら走り出すクルマに追いすがろうとする集団を尻目に加速した。

「このままセントレアまで行くよ」

「パ、パスポートや荷物は……」

責めるように訊ねる少年に、叱るようにハジメがこたえる。

「先輩と矢島が別ルートで持ってくる、アンタは大人しくしてな」

　ビクッとして静かになった少年、江分利夏生えぶりなつきを見ながらハジメはこのあとどうしようか思案していた。

※　※　※　※　※

　──四日前の五月二十三日の月曜日、二ヶ月くらい前におきた［キジマ事件］での功績により、ハジメは壱ノ宮署から愛知県警本部の広報課に異動したのだが──。

ハジメこと小山元こやまはじめは広報課から少年課に異動して警護の任務を命じられた。
　元格闘技アイドルの肩書を持っているし、柔道全国大会の常連でもあるから、マスコット兼柔道要員として使われるんだろうなと本人は思ってたし、上層部もそのつもりだったが、予想外の事件が起きたのだ。

「殺害予告ですか」

　東光西土とうこうさいと会系江分利組の組長の息子に殺害予告が届いたというのだ。
　ペアを組むことになった組織犯罪対策課の御器所巡査部長が説明する。

「ああ。最近あの組は羽振りがよくてな、不思議に思って調べてみたら矢島ってヤツが稼いで上納してたんだ」

「なんで稼いでたんでしょうか」

「分からない上に、矢島ってヤツはどうしようもないドジでな、雑用くらいしかできないんで坊ちゃんの守り役をやらされていたんだ。だから不思議なんで探ってたんだがその最中に、本人から話してきた」

「矢島本人からですか」

「ああ。聴いて驚いたよ。稼いでいたのは坊ちゃんの江分利夏生だったんだ。ＦＸ取引で儲けてるそうだ、それを矢島を隠れ蓑にしていたんだ」

「そのことを組は知っているんですか」

「矢島が言うには、組長と自分しか知らないらしい。江分利組ってのは東光西土会では中の下くらいの勢力でな、上納金もたこ焼きとかお好み焼きで稼いだ、まあわりと大人しくしてるんで見逃してる。ちなみにけっこう美味しいぞ」