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佐野千秋の休日 西南奔走
プリケイト・サンセット 大阪
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ぷんとかすかに潮の香りがした。わりと海から離れているのに、こんなところでもするんだなとサトウは変に感心する。
こうやって公園で弁当を食べるのが習慣になって、随分になる。
大阪の倉庫会社に転職してそろそろ2ヶ月になろうとしていた。最初はやはり戸惑ったがもう慣れてきて、平日のルーチン、1週間のルーチン、そしてひと月のルーチンが出来つつあった。
食べ終わり、ご馳走さまをすると、空になった弁当箱をカバンに仕舞い、散歩がてら近くにある川沿いに港に向かい、そこから海を見て倉庫に戻るのがここのところの行動パターンだ。
ふたたび潮の香りがする。ああ、この香りは川を通して届くのかと納得した。
「戻りました」
倉庫の事務所にいる所長以下3名に挨拶すると、自分の席に座り午後からの入出庫をチェックして、担当倉庫に向かい現場で立ち会う。
実際の入出庫はバイトにまかせているので、何もする事はない。そのまま倉庫脇にある簡易事務所で時間を潰し、受け取り締切時間になると、シャッターを閉めて最終確認してから、事務所に戻り所長に報告してタイムカードを押して帰る。それがいつもの流れである。
今日もそのルーチンの筈だった。
「サトウ係長、来客がありましたよ」
事務所に戻ってすぐに、事務担当の女性ひとりからそんな言葉を告げられた。
「来客? 私にですか?」
「ええ、女性の方で、お見えですかと尋ねられて、夕方まで戻りませんとお応えしたら、また来ますと言って帰っていかれました」
「名前か名刺は?」
「どちらも無いですね。30くらいのキレイな方でしたよ」
はて誰だろうとサトウは考える。
心当たりのある女性はいない、人違いか何かのセールスだろうか。多分そうだろう、大阪に来てからの知り合いはまだできてないし、それ以外はまずここに来ないだろうから。
サトウはお礼を言うと、所長に異常なしと報告して帰宅準備をしタイムカードを押すと、挨拶をして出ていく。女達がひそひそと話す。
「今日も一番乗りで帰っていくね」
「先月の半ばくらいだっけ、ここに転職してきたの。真面目そうだけど暗くて面白味無いわよね」
「無口だからよく分かんないのよね。言われた事をやるけど、それ以外は何にもしないの。やる気ない感じ」
「あの歳でうちに来たんだから、まあクビになって転職ってところじゃない」
女達はそんな事を勝手に想像していた。
事務所を出て、目の前の港から日が沈みかけるのを見てから、帰宅コースである先ほどの川沿いを歩いて戻る時に、後ろから課長と声をかけられる。
聞き覚えのある声だ。
誰だろうと思いながら振り返ると、夕日をシルエットにひとりの女性が立っていた。
「ご無沙汰しています」
「……佐野か……」
サトウの顔が歪んだ。
こうやって公園で弁当を食べるのが習慣になって、随分になる。
大阪の倉庫会社に転職してそろそろ2ヶ月になろうとしていた。最初はやはり戸惑ったがもう慣れてきて、平日のルーチン、1週間のルーチン、そしてひと月のルーチンが出来つつあった。
食べ終わり、ご馳走さまをすると、空になった弁当箱をカバンに仕舞い、散歩がてら近くにある川沿いに港に向かい、そこから海を見て倉庫に戻るのがここのところの行動パターンだ。
ふたたび潮の香りがする。ああ、この香りは川を通して届くのかと納得した。
「戻りました」
倉庫の事務所にいる所長以下3名に挨拶すると、自分の席に座り午後からの入出庫をチェックして、担当倉庫に向かい現場で立ち会う。
実際の入出庫はバイトにまかせているので、何もする事はない。そのまま倉庫脇にある簡易事務所で時間を潰し、受け取り締切時間になると、シャッターを閉めて最終確認してから、事務所に戻り所長に報告してタイムカードを押して帰る。それがいつもの流れである。
今日もそのルーチンの筈だった。
「サトウ係長、来客がありましたよ」
事務所に戻ってすぐに、事務担当の女性ひとりからそんな言葉を告げられた。
「来客? 私にですか?」
「ええ、女性の方で、お見えですかと尋ねられて、夕方まで戻りませんとお応えしたら、また来ますと言って帰っていかれました」
「名前か名刺は?」
「どちらも無いですね。30くらいのキレイな方でしたよ」
はて誰だろうとサトウは考える。
心当たりのある女性はいない、人違いか何かのセールスだろうか。多分そうだろう、大阪に来てからの知り合いはまだできてないし、それ以外はまずここに来ないだろうから。
サトウはお礼を言うと、所長に異常なしと報告して帰宅準備をしタイムカードを押すと、挨拶をして出ていく。女達がひそひそと話す。
「今日も一番乗りで帰っていくね」
「先月の半ばくらいだっけ、ここに転職してきたの。真面目そうだけど暗くて面白味無いわよね」
「無口だからよく分かんないのよね。言われた事をやるけど、それ以外は何にもしないの。やる気ない感じ」
「あの歳でうちに来たんだから、まあクビになって転職ってところじゃない」
女達はそんな事を勝手に想像していた。
事務所を出て、目の前の港から日が沈みかけるのを見てから、帰宅コースである先ほどの川沿いを歩いて戻る時に、後ろから課長と声をかけられる。
聞き覚えのある声だ。
誰だろうと思いながら振り返ると、夕日をシルエットにひとりの女性が立っていた。
「ご無沙汰しています」
「……佐野か……」
サトウの顔が歪んだ。
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