佐野千秋 エクセリオン社のジャンヌダルクと呼ばれた女

藤井ことなり

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第1部

その9

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資料室の第一印象は、狭い、だった。

ビルの内側にあるので窓は無く、蛍光灯が白を基調とした室内を照らしていた。
千秋は辺りを見回す。自分達が使っていた事務用デスクは無く、入ってすぐの空間に会議室で使われる脚が折り畳み式の長机が2つあり、そこに仕舞われるようにパイプ椅子が4つある。

視線を奥に移すと、天井まで届くねずみ色のスチールラックが立体迷路のように置かれていて、その中には資料らしきものがぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。

「なにか御用ですか」

突然後ろから声をかけられて、千秋は驚いて振り向く。そこにはくたびれた初老をかなり過ぎた感じの男が立っていた。

「今度こちらに配属される佐野といいます。資料課の方ですか」

初老男はじろりと千秋の顔を見て、ああ君がかとぼそりと言うと、部屋の中に入りパイプ椅子に座った。
千秋はそのままの姿勢で相手が何か言うのを待っていたが、黙ったままだったので、荷物を何処に置いたらいいか訊ねた。

「その辺に置いておくといい、私はもう帰るから定時まで留守番を頼む」

初老男はスラックスのポケットから鍵を取り出すと千秋に渡し、壁に備えつけてあるハンガーからジャケットを取り着ると、それじゃと言って出ていってしまった。

呆気にとられて見送った千秋は、抱えていた段ボール箱の上に置かれた鍵を見てため息をついた。

荷物を机の上に置き、パイプ椅子に座ると天井を仰ぎ、ふたたび大きなため息をつく。

「これはまた大変なところに来たかなぁ、肩書きこそ部長だけど、左遷《とば》された感をありありと感じるわ」

名乗らなかったけど、たぶん町屋さんか塩尻さんのどちらかなんだろうな。もう1人の方は居るのかな、今日は来ていないのかな。

そんなことを考えながら、千秋は時間を確かめた。定時まであと1時間半くらいだった。企画部に戻っても居づらいだけだから、時間までここに居る事にした。

定時になったら塚本さんが帰るだろうから、経理部の前で待ち伏せして、一緒に荷物を片付けて、一緒に帰ろう。
一色くんは今日も残業かな、顔を会わせたらどうしよう、どんな態度をとろう、ジェーンの事を話した方がいいかな、余計な事を言わない方がいいかな、あのコにはずいぶん助けてもらったな、幸せになって欲しいな、年下の恋人がいるって言ってたっけ、うまくいくといいな……

ぼーっと、そんな事を考えていたら定時の5分前になっていた。
千秋は立ち上がると、資料室の灯りを消して出て、鍵をかけると経理部の階に向かった。

もう1人の男は結局現れなかった。
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