佐野千秋 エクセリオン社のジャンヌダルクと呼ばれた女

藤井ことなり

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第1部

千秋の夜、護邸の夜

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「ただいま」

「おかえり、食べてきたの」

「うん、豪華なフランス料理だよ」

「あら、じゃあお茶漬けでも食べる」

「うん」

さすがおばあちゃん、食べたいものをすぐ察してくれるなと、千秋はにっこりとする。
ダイニングテーブルの自分の席に座ると、テーブルの上に上半身を突っ伏して、ため息をついた。

「お母さんは」

「明日早いからってもう寝てるわよ」

時間を確認すると、午後10時半過ぎたところだった。

「はい、刺身の切り落としが安かったから、めんつゆで漬けにしたので作ったわよ」

「おお、豪華だね」

「おフランス料理よりかい」

祖母の気取った声に、千秋は吹き出した。

さらさらとお茶漬けをかき込むと、ごちそうさまと手を合わせる。

「はい、お粗末様」

お茶を淹れると、祖母は千秋の食器を洗い場に持っていく、その背中を千秋はぼんやりと見る。

たしか80くらいだったかな、小柄だけど背筋がしゃんとして、いつも和服で、白髪混じりの髪をお団子にして、割烹着姿が当たり前みたいな感じだな。
この人が合気道の達人なんて、誰も思わないだろうな。

「どうしたの、なにかあったの」

「ううん、べつに」

「そう」

洗い物が終わると、祖母も自分の席に座り、自分のお茶を淹れる。

「おばあちゃんは、まだ寝なくていいの」

「まあね」

それきり、2人は言葉を交わすことなく、お茶をすする音だけが室内に響いた。



「……あたしさ、なにやっているんだろうね」

「なにやっているんだろうね」

「どうしたいのかな」

「どうしたいのかね」

「どうしよう」

「どうしようかねぇ」

独り言のように呟く孫の言葉に、これまた独り言のように応える祖母。ふたたび黙り込むと、お茶を飲み干し、千秋は立ち上がり、シャワーを浴びにいく。
祖母は湯のみを片付けながら、ぽつりと呟く。

「ちょっとは大人になったようだねぇ」

シャワーを浴び終わると、千秋は寝仕度をしてベッドにもぐり込む。

考えてもしょうがない、今はやれることをやろう。やらなくてはならないことをやろう。
そのうちに見えてくるさ、やりたいことが。

そう思いながら千秋は眠りについていった。
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