上 下
33 / 322
第1部

その3

しおりを挟む
夜11時ちょっと前に、蛍のところに着いた。

実家は別の所にあるが、蛍はカブライスポーツジムにプライベートルームを設けて、そこに住んでいる。
12畳くらいの洋室に全て置いてあり、リビングであり、寝室であり、キッチンであり、事務室でもある。

建物裏にある非常階段を上り、蛍の部屋へのインターフォンを押す。

「ケイ、遅くなってごめん」

「……いま開けるわ、入ってきて……」

心なしか声に元気が無いような蛍の返事とともに、扉のロックの外れる音がした。
勝手知ったる他人の家とばかりに、千秋は遠慮なく入る。

「ごめんね遅くなって、あ、でも喜んで。味方が増えたよ」

「……そう……よかったわね……」

中央のリビングスペースにある卓に、突っ伏しながら蛍は返事をした。

「どうしたのケイ、疲れちゃった?  無理なお願いしてごめんね」

「そうじゃない、そうじゃないのよ、千秋」

ガバッと起き上がると、蛍は千秋に駆け寄り抱きついた。

「ちょっ、ちょっと、ケイ、どうしたのよ」

「千秋、あたし、あたし、ゆるせない、ゆるせない」

嗚咽混じりに涙声で、蛍は千秋から離れずにゆるせないを連呼した。
千秋は蛍が落ち着くまで、優しく抱きしめる。



ようやく落ち着いたのか、抱きしめる手が緩んだので、蛍の肩を抱きながらリビングスペースに連れていき座った。

「落ち着いた?  何があったか話せる?  」

蛍は無言で、卓の上にある資料を千秋に渡す。
目を通し、読み込むに次第千秋も顔色がかわった。

「これ、本当なの」

「たぶん、間違いないと思う。自分で集めて調べた資料と、千秋の持ってきたデータを照らし合わせて、その上でネットからの情報で補完したから」

「一色くんの見当が合ってたという事か……」

千秋は吐き捨てるように呟いた。

「ねぇ千秋、止めない?  この計画」

「ケイ?  どうしたのよ」

「あたし、あんたがこんな目に会うかと思うと……


蛍はまた泣き出した。千秋は蛍の抱き寄せながら、頭を撫でる。

「大丈夫よ、落ち着いて、私はあんな目に会わないわ」

「でもでも……」

「落ち着いて、しっかりしてよケイ、あなたらしくないわよ。いつもみたいに高いところから見下ろして何もかも知っているような、自信たっぷりの態度と物言いに戻ってよ」

千秋は蛍の頭を両手で持ち、おでこをくっつける。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない

めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」 村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。 戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。 穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。 夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

『イケメンイスラエル大使館員と古代ユダヤの「アーク探し」の5日間の某国特殊部隊相手の大激戦!なっちゃん恋愛小説シリーズ第1弾!』

あらお☆ひろ
キャラ文芸
「なつ&陽菜コンビ」にニコニコ商店街・ニコニコプロレスのメンバーが再集結の第1弾! もちろん、「なっちゃん」の恋愛小説シリーズ第1弾でもあります! ニコニコ商店街・ニコニコポロレスのメンバーが再集結。 稀世・三郎夫婦に3歳になったひまわりに直とまりあ。 もちろん夏子&陽菜のコンビも健在。 今作の主人公は「夏子」? 淡路島イザナギ神社で知り合ったイケメン大使館員の「MK」も加わり10人の旅が始まる。 ホテルの庭で偶然拾った二つの「古代ユダヤ支族の紋章の入った指輪」をきっかけに、古来ユダヤの巫女と化した夏子は「部屋荒らし」、「ひったくり」そして「追跡」と謎の外人に追われる! 古代ユダヤの支族が日本に持ち込んだとされる「ソロモンの秘宝」と「アーク(聖櫃)」に入れられた「三種の神器」の隠し場所を夏子のお告げと客観的歴史事実を基に淡路、徳島、京都、長野、能登、伊勢とアークの追跡が始まる。 もちろん最後はお決まりの「ドンパチ」の格闘戦! アークと夏子とMKの恋の行方をお時間のある人はゆるーく一緒に見守ってあげてください! では、よろひこー (⋈◍>◡<◍)。✧♡!

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ハピネスカット-葵-

えんびあゆ
キャラ文芸
美容室「ハピネスカット」を舞台に、人々を幸せにするためのカットを得意とする美容師・藤井葵が、訪れるお客様の髪を切りながら心に寄り添い、悩みを解消し新しい一歩を踏み出す手助けをしていく物語。 お客様の個性を大切にしたカットは単なる外見の変化にとどまらず、心の内側にも変化をもたらします。 人生の分岐点に立つ若者、再出発を誓う大人、悩める親子...多様な人々の物語が、葵の手を通じてつながっていく群像劇。 時に笑い、たまに泣いて、稀に怒ったり。 髪を切るその瞬間に、人が持つ新しい自分への期待や勇気を紡ぐ心温まるストーリー。 ―――新しい髪型、新しい物語。葵が紡ぐ、幸せのカットはまだまだ続く。

九戸墨攻

不来方久遠
キャラ文芸
 三日月の円くなるまで広しと言われた陸奥領の南部氏は、本家の三戸を中心に一戸・二 戸と続き、九戸まで九つの戸に分かれて統治されていた。後に北の鬼と怖れられる事にな る九戸政実は、若気の至りから柿を盗み、罰として寺に預けられていた。そこで、元は武 士であった住職の薩天和尚によって、文武両道を叩き込まれた。

30歳、魔法使いになりました。

本見りん
キャラ文芸
30歳の誕生日に酔って帰った鞍馬花凛。 『30歳で魔法使い』という都市伝説を思い出した花凛が魔法を唱えると……。 そして世間では『30歳直前の独身』が何者かに襲われる通り魔事件が多発していた。 そんな時会社での揉め事があり実家に帰った花凛は、本家当主から思わぬ事実を知らされる……。 ゆっくり更新です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...