ばあちゃんの豆しとぎ

ようさん

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よろず屋のおじさんと私 1

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 残っているのは母方のおじおばや近所の人達などほぼ顔馴染みなのだが、祖母方の本家筋の方は小さい頃に連れられて遊びに行った記憶が微かにある程度だ。
 母方のいとこ達のような同年代の子がいなかったので、大きくなると足が遠ざかってしまった。
 
 女達は酒席の準備の後も立ったり座ったり、台所でお燗をつけたり洗い物をしたり、「まあそろそろ座って一杯」などと酔っ払いの男衆から実にならない気遣いをされて話し相手になったりと実に忙しい。

「しーちゃん、よぐ帰って来たなあ。立派さなったやあ」

「今でも漫画描いでだが描いているのか?」

 ここに来てから何度もかけられた少し気恥ずかしいような台詞を、今日もほろ酔いでご機嫌なおじ達から何度もかけられる。

 小さい頃は絵を描くのが好きで、漫画家になりたかった。親戚の家に遊びに行ってもいとこ達とワイワイ遊ぶより本を読むか絵を描いている時間が長かった。
 おじやおば達の母校でもある地域でただ一校の普通高校に進学した時にはもっと現実的な進路を考えていたが、たまたま新聞部に入った事がきっかけで、先生や校内の出来事を題材にした今で言う「あるあるネタ」を題材にした四コマ漫画を学校新聞に連載していた。それが他校でも噂で持ちきりになるほどの爆発的ヒットーーとはさすがにいかなかったものの、それなりにコアなファンもいてくれたようだ。

 おじやおば達の間には社会人になろうと二児の母になろうと、そんなイメージがあるのだろう。私にすればややトホホな黒歴史なのだが、人様の頭の中を消しゴムで消せない限り仕方がない。

「しーちゃん、久しぶり。いや、大きくなって」

 そうひときわ大きな声をかけてきたのは、私や晃夫が子どもの時にしょっちゅう通っていた近所のよろず屋のおじさんだった。

「ご無沙汰してます」

 挨拶がてら杯に酒を注ぐ。

 喪服姿のおじさんは相変わらす恰幅と威勢がよかったが、私の記憶の中のおじさんよりは少し縮んで白髪と皺が増えていた。

「息子さんもすっかりおがったなあ。おばあちゃんも喜んでんべえ」

「だといいんですが。お祖母ちゃんが最後まで本当にお世話になって」

 私は色んな思いを込めて頭を下げた。

「しーちゃんも昔はよぐ、買い物さ来てけだった来てくれたなあ。晃夫君は駄菓子だったが、しーちゃんは西洋紙だの帳面だのずっぱり沢山買ってったなあ。今でも漫画っコば描いでだが?」

「いやまさか」

 思わず苦笑いーー私の中ではもはやその事自体がちょっとした黒歴史なのだが、今さら消せない。

なぁしてやどうしてさ描げばいいのさ描いたらいいのに

「子どももまだ手がかかるし、忙しくて」

「まあなぁ。ほに、そうだべえなあ」 

 おじさんは頷いて納得した。

 昔は息を吸って吐くのと同じくらい描くことが自然だったし、描かずにいられなかった絵を描かなくても、いつの間にか平気になってしまった事に本当は理由なんてない。そういう事って、誰の人生にもきっとある事なんだろう。

 自覚のない挫折も黒歴史も、真剣に夢中に人生を生きてきた証拠なのだ。

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