ばあちゃんの豆しとぎ

ようさん

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祖母、主治医と大喧嘩する 1

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「そんなことより、今まで『正月に来るか』なんてわざわざ聞かれたことないんだよ。具合でも悪いんじゃないかと思って」

「なあに、いつもの通りだ。のんびり起きて、茶の間でテレビ観てサンルームでひなたぼっこして。晃夫もいるから機嫌もいいし、認知症の薬もちゃんと飲んでるもの。心配しないでもいいが」

 母はけろりとしている。

弟の晃夫は数年前に実家に帰ってきていた。
 大学を卒業した時は就職氷河期のただ中で、アルバイトと自分探しのバックパッカー旅を繰り返していた。共稼ぎの現役時代が昭和の年功序列と皆婚時代だった両親にとってはそれも頭痛の種には違いなく、やはり愚痴の聞き役は私だった。

 私が東京に就職して数年後、関東出身の夫との結婚を決めていよいよ実家に戻らないということになると一体何をどうしたのか、過疎の町役場での貴重な勤め口を得て実家に帰ってきた。

 マイペースののらりくらりであまりそういう風には見えなかったけど、田舎の人間らしく長男の責任云々といったようなものを本人なりに感じていたのかもしれないし、私よりは頻繁に実家に立ち寄っていたので年々衰える祖母と振り回される両親の姿を見兼ねていたのかも知れない。

「だったらいいけど」

 とりあえず通常営業であると知ってほっとする。

「おばあちゃんでば元気だ。血圧も正常だって」

「ええっ?」

 そっちの方がよほど大事件じゃないか。

「だってお祖母ちゃん、私が子どもの時からずっと血圧高いって言われてて、お医者さんに通って薬もらって飲んでたよね?もう何十年も」

「それが、先生と大喧嘩したのさ」

 川向こうにある母校の運動部と近場の年寄り御用達の外科病院が、長年の祖母の主治医だった。内科の看板は揚げていないが常連のお年寄りのちょっとした風邪程度なら診てくれる。

 祖母も足腰の痛みのついでに血圧の薬をもらっていた。私が実家にいた頃からだからかれこれ二十年以上ーーもっと長いつき合いかもしれない。

 気が強く家族の言うことをあまり聞かない祖母も「爺様じさま先生」と呼ばれるここの老先生の言うことならある程度は聞いた。骨粗鬆症の進行予防に勧められたと言い、自らカルシウム入りの牛乳配達を申し込んだりもしていた。

 その医院もついに数年前、若先生に代替わりしたと聞いていたが。

「なんで?若先生と合わなかったの?」

んねでぁいいえ。爺様先生とさ」

 まだ生きてたの、と思わず聞き返しそうになったが命に関わる軽口を決して許さない親なのでやめた。今の若い人たちのように悪態代わりに「死ね」なんて言おうものなら父の大きな雷が落ちて、子どもの頃なら腫れるくらいお尻を叩かれている。
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