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祖母からの電話 1〜母は元交換手〜
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母は共稼ぎで三十年以上勤めた職場を五十代で早期退職した。
電電公社の時代に電話交換手として採用され、機械で自動交換(掛けた側と掛けられた側の電話回線を繋ぐ)の時代になると番号案内の部署で働いた。
インターネットも検索エンジンも影も形もない時代、世帯と法人の九割九分が加入し電話帳に番号が掲載されていた固定電話の全盛時代、104の番号を回すと24時間サービスで相手の電話番号を教えてもらえる「番号案内」もまた需要のピークだった。
日勤、夜勤、泊まり勤務、明けのシフトを土日祝日関係なしに子どもを育てながらこなしていたので大変だったろうと思うが、母にとってはその後の民営化とデジタル化、合理化の波のほうがよほど厳しかったようだ。
NTT時代はさらに販売のノルマが課せられ、ちょうど私達の大学進学の時期が重なったので連絡用にテレフォンカードを何枚も渡された。寮の連絡手段が公衆電話と呼び出しだったのでそれはそれで重宝したが、勤続二十年でのこの変化は大変そうだなとも思った。それでも当時は組合や福利厚生がしっかりしていたので何とか乗り切れたのだろう。
2000年問題が関係していたのかどうかは定かでないが、かつて「電報電話局」と呼ばれていたNTTビル内の部署がいよいよ廃止され、勤め続けるには国道を一時間以上かけて隣の市に通勤しなければならなくなった。
五十代を過ぎていた母は、早期退職を決意した。
二十数年後のように三陸自動車道が開通していて、十年前のように若かったなら、違う決断をしていたのかもしれない。
それから六、七年間は週に一度か二度、被害妄想気味の頑固者から認知症に移行しつつある祖母の愚痴と近況報告とが半々の電話が掛かって来ていたのだが、ここ半年ほどはどういうわけかめっきり頻度が減っていた。
母が元気でいてくれるのは嬉しいのだが、話も長いし聞いていてあまり楽しい電話ではないのでこちらも「どうして掛けてこないの」とは敢えて聞かなかった。
今思うと祖母の方も母や父を困らせるほどの元気がだんだん無くなってきていたのかもしれない。
去年の年末ーーつい一ヶ月ほど前のこと。
実家の番号がナンバーディスプレイに表示されていたので、いつもの母だと思って出てみたら祖母だったことがあった。
耳が遠いくせに父の買った補聴器も嫌がっていて、自分から電話を掛けるどころか電話にもあまり出ようとしない人なので少し驚いた。
「もしもし、……静子が?」
痛む足腰で伸び上がり、居間の電話台に寄りかかって話す姿が目に浮かんだ。
「うん。静子だよ。お祖母ちゃんどうしたの?元気?」
電電公社の時代に電話交換手として採用され、機械で自動交換(掛けた側と掛けられた側の電話回線を繋ぐ)の時代になると番号案内の部署で働いた。
インターネットも検索エンジンも影も形もない時代、世帯と法人の九割九分が加入し電話帳に番号が掲載されていた固定電話の全盛時代、104の番号を回すと24時間サービスで相手の電話番号を教えてもらえる「番号案内」もまた需要のピークだった。
日勤、夜勤、泊まり勤務、明けのシフトを土日祝日関係なしに子どもを育てながらこなしていたので大変だったろうと思うが、母にとってはその後の民営化とデジタル化、合理化の波のほうがよほど厳しかったようだ。
NTT時代はさらに販売のノルマが課せられ、ちょうど私達の大学進学の時期が重なったので連絡用にテレフォンカードを何枚も渡された。寮の連絡手段が公衆電話と呼び出しだったのでそれはそれで重宝したが、勤続二十年でのこの変化は大変そうだなとも思った。それでも当時は組合や福利厚生がしっかりしていたので何とか乗り切れたのだろう。
2000年問題が関係していたのかどうかは定かでないが、かつて「電報電話局」と呼ばれていたNTTビル内の部署がいよいよ廃止され、勤め続けるには国道を一時間以上かけて隣の市に通勤しなければならなくなった。
五十代を過ぎていた母は、早期退職を決意した。
二十数年後のように三陸自動車道が開通していて、十年前のように若かったなら、違う決断をしていたのかもしれない。
それから六、七年間は週に一度か二度、被害妄想気味の頑固者から認知症に移行しつつある祖母の愚痴と近況報告とが半々の電話が掛かって来ていたのだが、ここ半年ほどはどういうわけかめっきり頻度が減っていた。
母が元気でいてくれるのは嬉しいのだが、話も長いし聞いていてあまり楽しい電話ではないのでこちらも「どうして掛けてこないの」とは敢えて聞かなかった。
今思うと祖母の方も母や父を困らせるほどの元気がだんだん無くなってきていたのかもしれない。
去年の年末ーーつい一ヶ月ほど前のこと。
実家の番号がナンバーディスプレイに表示されていたので、いつもの母だと思って出てみたら祖母だったことがあった。
耳が遠いくせに父の買った補聴器も嫌がっていて、自分から電話を掛けるどころか電話にもあまり出ようとしない人なので少し驚いた。
「もしもし、……静子が?」
痛む足腰で伸び上がり、居間の電話台に寄りかかって話す姿が目に浮かんだ。
「うん。静子だよ。お祖母ちゃんどうしたの?元気?」
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