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エピローグ
愛と青春のご主人様
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ガルテン松山の再出発にあたり、希望退職者を募る事だけは避けられなかった。
「でもよ、何もお前が辞めることないんじゃないか」
納得しきれていない様子で堀田がこぼした。
「内川補佐……じゃなかった、内川課長も残念がってるし。決める前に相談くらいしろよ」
「ありがとうな。でも、迷ってなかったし」
「ええ、だって……何だかんだお前、会社好きだったじゃないか」
「好きだよ。会社が続いていくために誰かが去らなきゃいけないっていうなら、俺でいいと思った。まだ二十代で潰しも効くし、養う家族もローンもないから身軽だし、いよいよ食うに困ったら実家の仕事もある」
「えっ、坊ちゃん!いよいよ青葉造園を継いでくれるんですかい?」
かなり前のめりに清武が聞いてきた。
「違うってば」
恒星は慌てて否定した。
「それとこれとは別。俺は清さんが継いでくれたらいいなって思ってる。祖父ちゃんだってきっとそうだよ」
「ですから俺は、そんな器じゃ……」
「てやんでえ!半人前がスカしやがって」
祖父の恒三が横から遮った。
「おまんまの種程度に中途半端に腰掛ける程度の野郎なんざ、清だって俺だってお断りでいっ」
「じ、祖父ちゃん……」
「若気の至りのフラフラ、ウロウロをやっと卒業してくれたかと思ったら、いい年して仕事辞めて自分探しのバイク旅だあ?だいたいお前さん、二十代なんて言ったってじきに三十だろうが。俺達の頃の三十代って言やぁ……」
「親方、ストップです。血圧に障ります」
出発予定時間を過ぎても長編講談ばりに延々と続く予定だった恒三の啖呵を、清武が制した。
気候変動の時代らしく季節を先取りした暖かい早春の朝だった。恒星の新しい旅立ちを見送るため、青葉造園の庭に職人達と若干の有志が集まっている。
「あーあ、水島課長も結局D社に引き抜かれちゃったし。俺も辞めようかなぁ」
ぼやく堀田に、恒星は慌てて言った。
「堀田は辞めちゃダメだ。会社で困ってる人のためにいてやらないと」
「なるべくそうしたいけど……お前がいないと会社、つまんないんだよ」
恒星は苦笑した。
「俺、生存確認用のアカウントを作ったんだ。更新頑張るから見てくれよな」
「普通に旅行アカウントでいいだろ。面白いの頼む。けどな、いつまでもふらふらしてんなよ。水島さんみたいな人ならともかく、うちと同じ条件で再就職すんの、俺達凡人にとってはかなり厳しいんだから」
「再就職のことならご心配なく。うちならいつでも歓迎しますよーー」
「大変ありがたいのですが、それもお断りします」
古賀の言葉に、恒星はそつなく微笑んだ。
「人生で最後のチャンスだと思ってるんです。約束もなく期待もされず予定に縛られず、身軽で自由で何者でもないからこそ、わかることがあるはずなんです。もしかしたら離島で漁師やろうかなって気になるかもしれないし」
「そんな、坊ちゃん。知らん場所で漁師やるくらいならーー」
と詰め寄りかけた清武を、今度は恒三が「お前こそ、いい加減こいつから卒業しろ」と叱りつけた。
「私としてはその気にならない方にベットしたいですがーー玄英、君もそうですよね?」
玄英は少し離れた場所の縁台に座り、スーツ姿のまま長身を折り曲げて膝を抱えていた。泣きじゃくったりはしていないものの、留守番を言い渡された犬を連想させる姿が色々ミスマッチだ。
やれやれと古賀がため息を吐き、恒星がいよいよバイクのエンジンをスタートさせる。
《見送ってあげないの?》
「引き止めない……引き止めない……」
玄英が口の中で小さくぶつぶつ呟いている。
《僕、きっと恒星を止めてしまう……でも、恒星の将来のための大事な一人旅だし……邪魔はしたくない》
《大袈裟な……ただの有給消化旅行でしょ?それに彼は漁師にはならないと……》
「玄英」
恒星に明るく呼ばれ、玄英は恐る恐る彼を見た。
「誰が一人旅だっつったよ?」
そう言って放り投げてよこしたのは玄英の分のヘルメットだ。玄英は慌ててキャッチした。
「一緒に来たいんなら、うだうだ言ってねえで黙ってついて来りゃいいんだよ!」
「はい……はいっ……、ご主人様!」
玄英はぱっと顔を輝かせ、一目散にバイクの後部座席に飛び乗った。
《おいっ玄英……!待て!今日のガルテン松山の取締役会議、どうするんだよ?》
慌てて走って追いかける古賀とあっけにとられる堀田、万歳三唱する青葉造園の一同を残し二人旅のバイクは風を切って早春の街道を南に行くーー
恒星の背中にくっついた玄英がヘルメット越しに顔を寄せ、嬉しそうに吠えた。
「ご主人様!このプレイ最高ですね!」
「プレイじゃねえわ!あと、外で『ご主人様』はナシ!」
「はいっ!ご主人様、大好き!」
おしまい
「でもよ、何もお前が辞めることないんじゃないか」
納得しきれていない様子で堀田がこぼした。
「内川補佐……じゃなかった、内川課長も残念がってるし。決める前に相談くらいしろよ」
「ありがとうな。でも、迷ってなかったし」
「ええ、だって……何だかんだお前、会社好きだったじゃないか」
「好きだよ。会社が続いていくために誰かが去らなきゃいけないっていうなら、俺でいいと思った。まだ二十代で潰しも効くし、養う家族もローンもないから身軽だし、いよいよ食うに困ったら実家の仕事もある」
「えっ、坊ちゃん!いよいよ青葉造園を継いでくれるんですかい?」
かなり前のめりに清武が聞いてきた。
「違うってば」
恒星は慌てて否定した。
「それとこれとは別。俺は清さんが継いでくれたらいいなって思ってる。祖父ちゃんだってきっとそうだよ」
「ですから俺は、そんな器じゃ……」
「てやんでえ!半人前がスカしやがって」
祖父の恒三が横から遮った。
「おまんまの種程度に中途半端に腰掛ける程度の野郎なんざ、清だって俺だってお断りでいっ」
「じ、祖父ちゃん……」
「若気の至りのフラフラ、ウロウロをやっと卒業してくれたかと思ったら、いい年して仕事辞めて自分探しのバイク旅だあ?だいたいお前さん、二十代なんて言ったってじきに三十だろうが。俺達の頃の三十代って言やぁ……」
「親方、ストップです。血圧に障ります」
出発予定時間を過ぎても長編講談ばりに延々と続く予定だった恒三の啖呵を、清武が制した。
気候変動の時代らしく季節を先取りした暖かい早春の朝だった。恒星の新しい旅立ちを見送るため、青葉造園の庭に職人達と若干の有志が集まっている。
「あーあ、水島課長も結局D社に引き抜かれちゃったし。俺も辞めようかなぁ」
ぼやく堀田に、恒星は慌てて言った。
「堀田は辞めちゃダメだ。会社で困ってる人のためにいてやらないと」
「なるべくそうしたいけど……お前がいないと会社、つまんないんだよ」
恒星は苦笑した。
「俺、生存確認用のアカウントを作ったんだ。更新頑張るから見てくれよな」
「普通に旅行アカウントでいいだろ。面白いの頼む。けどな、いつまでもふらふらしてんなよ。水島さんみたいな人ならともかく、うちと同じ条件で再就職すんの、俺達凡人にとってはかなり厳しいんだから」
「再就職のことならご心配なく。うちならいつでも歓迎しますよーー」
「大変ありがたいのですが、それもお断りします」
古賀の言葉に、恒星はそつなく微笑んだ。
「人生で最後のチャンスだと思ってるんです。約束もなく期待もされず予定に縛られず、身軽で自由で何者でもないからこそ、わかることがあるはずなんです。もしかしたら離島で漁師やろうかなって気になるかもしれないし」
「そんな、坊ちゃん。知らん場所で漁師やるくらいならーー」
と詰め寄りかけた清武を、今度は恒三が「お前こそ、いい加減こいつから卒業しろ」と叱りつけた。
「私としてはその気にならない方にベットしたいですがーー玄英、君もそうですよね?」
玄英は少し離れた場所の縁台に座り、スーツ姿のまま長身を折り曲げて膝を抱えていた。泣きじゃくったりはしていないものの、留守番を言い渡された犬を連想させる姿が色々ミスマッチだ。
やれやれと古賀がため息を吐き、恒星がいよいよバイクのエンジンをスタートさせる。
《見送ってあげないの?》
「引き止めない……引き止めない……」
玄英が口の中で小さくぶつぶつ呟いている。
《僕、きっと恒星を止めてしまう……でも、恒星の将来のための大事な一人旅だし……邪魔はしたくない》
《大袈裟な……ただの有給消化旅行でしょ?それに彼は漁師にはならないと……》
「玄英」
恒星に明るく呼ばれ、玄英は恐る恐る彼を見た。
「誰が一人旅だっつったよ?」
そう言って放り投げてよこしたのは玄英の分のヘルメットだ。玄英は慌ててキャッチした。
「一緒に来たいんなら、うだうだ言ってねえで黙ってついて来りゃいいんだよ!」
「はい……はいっ……、ご主人様!」
玄英はぱっと顔を輝かせ、一目散にバイクの後部座席に飛び乗った。
《おいっ玄英……!待て!今日のガルテン松山の取締役会議、どうするんだよ?》
慌てて走って追いかける古賀とあっけにとられる堀田、万歳三唱する青葉造園の一同を残し二人旅のバイクは風を切って早春の街道を南に行くーー
恒星の背中にくっついた玄英がヘルメット越しに顔を寄せ、嬉しそうに吠えた。
「ご主人様!このプレイ最高ですね!」
「プレイじゃねえわ!あと、外で『ご主人様』はナシ!」
「はいっ!ご主人様、大好き!」
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