赤いトラロープ〜たぶん、きっと運命の

９

堀田、立ち上がる

「これ、頼むわ」

　それから数日後、堀田が一枚の紙を持ってきた。

「『ガルテン松山社員の会　入会申込み書』……何だこりゃ？」

「組合が不甲斐ないから作った。解雇阻止のために団結して闘おう。まずは新旧経営陣に合併までの不透明な経緯をきちんと説明させ、それから……」

　堀田は胸を張りながら、慣れた口調で会の概要を説明した。

「青葉。入ってくれるよな？」

「堀田の頼みなら入ってもいいけど……」

　課長から話を聞いた二日後に社員説明会が開かれ、早期退職者の募集が発表された。年明けには社長始め経営陣が総交代し、合併に向けた事業整理が始まる見込みだという。

　外堀どころか、いきなり本陣めがけて黒船がトマホーク打ち込んでくる勢いだ。

「よかったああ！みんな何とかしたいと思ってるのは一緒なはずなのに、どうにもテンション低いって言うか、諦めモードっていうか、反応薄くてさあ。『今さら何か変わるの？』とか『無駄なんじゃない？』とか挙句の果てに『えっ、金とるの？』だぜ」

「えっ……金とんの？」

　実は俺も、みんなで集まって署名運動やデモしたりしたらどうだろうと思って古賀さんに相談してみたのだが

「もう決まったことですし、骨折り損ですよ。会社に残りたいなら馬鹿な真似しないで、自己アピールの方法でも考えた方がいい……」　

　と言われ、釈然としない思いでいた。

　ここも隣の課員も、聞かされた時はブーイング状態だったくせに、今は牙を抜かれた老猫のように覇気が無い。そもそも俺達、労働者である前に「お客様は神様です」の国で至れり尽くせりのサービスの中で育った、タイパ&コスパ第一主義の消費者様だし。

「最低限の会費はお願いしたい。俺んちのWi-Fiとパソコン使って対策会議はリモート、連絡とニュースはＳＮＳ使って経費節減するにしても、最終的にはクラファン募って法廷闘争まで考えてる。金はいくらあっても足りない」

　俺は感動した。

　世の中はどんどん便利なものができて時短が進んでいるはずなのに、「神様です」とかしづかれる消費者様の暮らしは、買っても買っても満たされず、働いても働いても時間に追われている。

　流行のアイテムも無料でキラキラできるＳＮＳサービスも 便利な5Ｇ（いや、そろそろ６Ｇの世の中か？）も自分自身の生き方も、自分自身で選び取ったように見えて実は大手ファストファッション企業やら通信会社、広告会社に踊らされているだけで、トキメキを求めて必要もない買い物で金と資源を浪費し、癒しを求めて時間を浪費し、地球はマイクロプラスチックと二酸化炭素だらけーー結果、誰も幸せにならないかもしれないのに。

　道理を引っ込めて無理が押し通り、大声の悪貨がサイレントマジョリティの良貨を駆逐してまかり通ってしまうこの時代、いっそ大衆にへつらい長いものに巻かれた方がお得に生きられるかもしれないこの時代、堀田はあくまでみんなのために、馬鹿を見ようが最後の一人になろうが自分の筋を通そうとしている。

　いいぞ、堀田。負けるな、堀田。

　だから俺は堀田が好きなんだーーあ、もちろん友達としてだけど。「金とるの？」なんて聞いちゃってごめん。

　俺が「社員の会」にさっそく入会した夜、古賀さんの方からリモートで話し合いたいと連絡が来た。