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恒星、いよいよ身の振り方を考える?
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課内は騒然となったーーそりゃそうだ。地元密着型のニッチ分野の強みで、爆発的な成長やグローバル展開とも無縁な代わりに食われるか潰れるかの過当競争もない。和をもって尊しとなす安定重視の社風の社内にはそんな不穏な気配なんかまるきり無かったし、全くの初耳だもの。
「一体どういうことですか?」
「確かにここ数年の感染症対策関係で業績は横這いだったけど……」
「でも『D-クロエ』シリーズは大好評で、異例のヒットを受けて来年からの全国販売も決定したし、海外からの問い合わせも……」
「おそらく狙いはそこでしょう」
やはり戻って来たばかりの内川補佐が説明した。
「アメリカのカーター・イェン社が当社の株の50パーセントを買い占め、経営権を取得しました。敵対買収ってやつです」
「敵対買収……」
「カーター・イェン社?」
「日本ではまだ無名だが、アジア資本の新興農業関連企業です」
日本の会社の影になって大々的ブランド名が出るとは限らないが、我が国の食料供給は輸入農産物や種苗、農薬等の分野においてグローバル企業に大きく依存しているーー特にアメリカの。
自国内市場でも長年勝ち組であり続けた寡頭独占業界に風穴を開け、急速に成長したのがこのカーター・イェン社だと内川補佐は説明した。
このところの世界的食糧問題も相まって一躍注目を浴びている、良くも悪くもタブーなき会社だという。判官びいきをお家芸とする日本人から見ても、この会社の成功譚はなかなかえげつなさそうだ。
「なぜそんな世界的大企業がうちのような小さな会社を?」
「しかもいきなり買収だなんて。これまで交渉もちかける素振りどころか噂すらなかったのに」
「下手すると急成長した『D-クロエ』シリーズの事業のみ吸収して、再び他社に売り渡すという可能性も……」
マジかよ。そんな社会派深夜ドラマみたいな出来事が、平坦と平凡を絵に描いたような俺の職場で起きるなんて。
「今進めてる仕事はどうなるんですか?D社との提携は?」
「社員の私達は?」
「年明けに経営陣が刷新されるでしょうね。それ以外、まだ何も決まってないのよ。あちら流だと最終的には事業と部署を大幅に合理化して、大量リストラもあり得るかもしれないわね」
「そんな!」
「急にそんなこと言われても!」
みんな一斉に「マンションのローンがあるのに!」とか「奨学金の返済が!」などと悲鳴を上げた。隣の課からも叫び声が聞こえる。
さっきまでの「釣り◯カ日誌」か「ショ◯ニ」を地でいくような「鬼のいぬ間に洗濯」的な長閑な社内風景はどこへやら、今の社内は何かの弾みで暴動が起きてもおかしくないような上へ下への大騒ぎに違いない。
ーーひょっとして海外から社長を迎えて、玄英の会社みたいに英語が社用語になっちゃったりすんのか?いや、そんなことより。
このままじゃ俺も、玄英と甘々な(いや、バイオレンスな……?)避寒バカンスどころか正月早々失業者かもしれない。彼と恋人として対等につき合うこともおぼつかなくなる。
「一体どういうことですか?」
「確かにここ数年の感染症対策関係で業績は横這いだったけど……」
「でも『D-クロエ』シリーズは大好評で、異例のヒットを受けて来年からの全国販売も決定したし、海外からの問い合わせも……」
「おそらく狙いはそこでしょう」
やはり戻って来たばかりの内川補佐が説明した。
「アメリカのカーター・イェン社が当社の株の50パーセントを買い占め、経営権を取得しました。敵対買収ってやつです」
「敵対買収……」
「カーター・イェン社?」
「日本ではまだ無名だが、アジア資本の新興農業関連企業です」
日本の会社の影になって大々的ブランド名が出るとは限らないが、我が国の食料供給は輸入農産物や種苗、農薬等の分野においてグローバル企業に大きく依存しているーー特にアメリカの。
自国内市場でも長年勝ち組であり続けた寡頭独占業界に風穴を開け、急速に成長したのがこのカーター・イェン社だと内川補佐は説明した。
このところの世界的食糧問題も相まって一躍注目を浴びている、良くも悪くもタブーなき会社だという。判官びいきをお家芸とする日本人から見ても、この会社の成功譚はなかなかえげつなさそうだ。
「なぜそんな世界的大企業がうちのような小さな会社を?」
「しかもいきなり買収だなんて。これまで交渉もちかける素振りどころか噂すらなかったのに」
「下手すると急成長した『D-クロエ』シリーズの事業のみ吸収して、再び他社に売り渡すという可能性も……」
マジかよ。そんな社会派深夜ドラマみたいな出来事が、平坦と平凡を絵に描いたような俺の職場で起きるなんて。
「今進めてる仕事はどうなるんですか?D社との提携は?」
「社員の私達は?」
「年明けに経営陣が刷新されるでしょうね。それ以外、まだ何も決まってないのよ。あちら流だと最終的には事業と部署を大幅に合理化して、大量リストラもあり得るかもしれないわね」
「そんな!」
「急にそんなこと言われても!」
みんな一斉に「マンションのローンがあるのに!」とか「奨学金の返済が!」などと悲鳴を上げた。隣の課からも叫び声が聞こえる。
さっきまでの「釣り◯カ日誌」か「ショ◯ニ」を地でいくような「鬼のいぬ間に洗濯」的な長閑な社内風景はどこへやら、今の社内は何かの弾みで暴動が起きてもおかしくないような上へ下への大騒ぎに違いない。
ーーひょっとして海外から社長を迎えて、玄英の会社みたいに英語が社用語になっちゃったりすんのか?いや、そんなことより。
このままじゃ俺も、玄英と甘々な(いや、バイオレンスな……?)避寒バカンスどころか正月早々失業者かもしれない。彼と恋人として対等につき合うこともおぼつかなくなる。
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