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恒星、まさかのヘッドハンティングに遭う

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「もちろん、刑事も民事も綺麗に片付いて、ガルテン松山さんの引き継ぎが終わってからで構いませんよ」

 いやいやいや……

 《英語だってずいぶん上達したと玄英から聞いてます》

 《それは、ちょっとは……いや……》

 社内公用語の英語にいきなり切り替えてくる古賀さん。何この抜き打ちスピーキングテストみたいなの。

 《そもそも今の会社、辞める理由無いですし》

 《年俸は?少なくとも今より上がるはずですよ?もちろん業績によってはそれ以上に》

 年俸と来たよ!空気を読まないキツい冗談だとばかり思ってたのに、割と本気で引き抜きにかかってる古賀さん。

 《ユーラへの牽制にもなります。万一今回のような事が起きても組織でちゃんと守ってあげられますし》

 ちょっとだけ心が動いた。が。

「いやいやいや、御社、根っからのエリート集団でハイレベルなマルチタスクが必要じゃないですか。俺にはとても務まりません」

 俺は根を上げて(早っ)日本語で叫んだ。

「そんな事ありませんよ。君、今だって二つの会社を立派に掛け持ちしてるじゃないですか」

 古賀さんも合わせて日本語に戻してくれたがーーいや、だって片方実家だし!

 これは玄英以外の社員から聞いたのだが、彼は日本支社の社員全員をアジアに展開予定の新支社長候補と考えていて、敢えて多様なルーツを持つスペシャリストを採用し、ジェネラリストとして育成しているのだという。
 一緒に韓国に行っているアンジェラは韓国支社長候補だとか。

 そんな仕事、俺にはとても務まりません(大事な事なので二回言ってみた)

 偉い立場になってどこに行っても下にも置かぬ扱いを受けたいという欲求もないし、「鶏口となるも、牛後となるなかれ」的な独立独歩の野望も無い。

 何だかんだ言って俺は一点集中のアナログ職人型だ。一度教わった事を自分の物にしたら、考えて応用したり、新たに学んだりしながらいい物が作れる。現場にいてお客さんの喜んだ顔が見られるーーそういう仕事が好きなんだ。

「恒星に頼みたいのは、また別な仕事です。玄英の精神を安定させて、社員との間に立ってくれる存在が必要なんです。恒星なら気心も知れててオフィスの雰囲気も和みそうですし」

 俺の可愛い駄犬は、意外と内弁慶だ。いや、この場合は「外弁慶」か?
 ひとたび会社に行くと皆に熱狂的に崇拝されるか、トラウマレベルで恐れられるという両極端な専制君主ぶりを発揮しているらしいーーって、「弁慶」どころじゃないなよな。恐怖の大魔王か?

 あのバカ広いリビングや時にアウトドアでしばしば開かれるホームパーティーは、日頃虐げられている臣民ーーもとい社員へのフォロー(むしろファンサ?)のためでもあるらしい。

「癒し目的ならオフィスでペットでも飼っとけはいいじゃないですか」

 何なら屋上ビオトープ増設しにうかがいますが?

「と言うより、玄英が機嫌悪いのはオーバーワークのせいだと思いますよ。いくら優秀でフットワークが軽くても、補佐役無しに出張も営業も交渉も彼一人でこなすのはそろそろ限界かと」

 ファッションや食品トレーなど別ジャンルにも「D-クロエ」の提供先が広がり、D社の事業規模もこの一年で格段に大きくなったと聞く。

「社員を増やしたいのは山々なのですが、実は先日、また一人辞めてしまって……」

 古賀さんがため息混じりにこぼした。

「新しい人ほど玄英のせいで神経をやられてしまって居つかない。さすがにそろそろコンプライアンス的な危機を感じます」

「それは……」

 ご愁傷様と言うべきか、お察し申し上げるか、いっそ代理で謝罪すべきか。
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