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腹が減っては、修羅場もできぬ

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「ーー今、何時?」

 キングサイズのベッドに突っ伏したまま玄英が聞いてきた。

「10時過ぎたところ」

 スマホはパーティの規約でクロークに預けたきりだが、客室には船内時計がある。

「パーティ終わって港に着くまであと一時間半かーーサイアク」

 玄英は船室に入るなり、ツインベッドの一方にタキシード姿のまま倒れ込んで、ふて寝を決め込んだ。玄英と俺はあの騒ぎの後、空いていた客室を借りてずっとそこに閉じこもっている。

 船の客室なんて俺は初めてだが、意外と広くて何でも揃っている。海の見える一等船室ではないが、仕事の出張や社員旅行で泊まるホテルよりよほど豪華だ。

「おい。このまま寝そべってたら、お高いタキシードが皺になるぞ?」

 俺は物珍しさで一通り室内を観察した後、うつ伏せのまま動こうとしない玄英に声をかけた。

「……」

「ジャケットくらい脱ごうぜ。ほら」

 肩に手をかけてゆすったが、ふっつりスイッチが切れてしまったように反応がない。

 やれやれーーふて腐れたいのはこっちだっての。

「なあ、腹減らねえ?」

 俺は諦めて自分の分のジャケットだけクローゼットに吊るし、タイを緩めてソファにどさりと腰掛けた。

「目の前にあんなにご馳走あったのに、それどころじゃなかったもんな」

「……」

「腹が減っては戦もできぬ、って言うしさ。ルームサービスとか頼めんだろ?せっかくだから何か、船旅らしいもん食って帰ろうぜ」

 船旅らしいもんって何だよ。刺身の盛り合わせとか海鮮鍋?いかん、発想の限界が屋形船だ……

「玄英は何がいい?」

「……夜鳴きそば」

「は?」

「こないだ、恒星んちの近所の屋台で食べたじゃない」

「まったくもう……」

 俺は苦笑しながら横たわる彼の脇に腰掛けた。俺は酒は飲んでないが、玄英はつき合い程度に嗜んでいたから少し回ったのかもしれない。

「うちの星の王子様ときたら薔薇の花よりワガママだな」
 
 俺は玄英の髪を撫でた。

 紳士らしく騎士らしく……必死に冷静さを保ってはいるが、俺の心の中は観測史上最大級ハリケーンに化けてしまいそうな熱帯低気圧が吹き荒れている。

 いくら成功して金持ってるからって、あんなイカれた男が玄英の初めてのご主人様って……一体何の冗談だ!
 しかも、15年って何!15年ってええ!(大事な事だから三回言ってみた:錯乱)

ーーけど、玄英は玄英で何だか、俺以上にショック受けて落ち込んでるしなぁ……

 確かにお互いいい年の大人なんだから、過去には元カレ元カノ含め色々あったっておかしくないし、それを詮索する気はない。
 俺の方だって、自分の中ですっかり完了形で忘れかけてすらいる恋愛バナをいちいち掘り起こされてあれこれ聞かれても戸惑うだけだ。ましてや玄英に至っては結婚歴まである。

 本人も仕事の話以上に昔の話はしたがらないしーー子どもの頃の話や家族の話は別だが。

 ただ……これまで話してくれた事の断片をつなぎ合わせて、玄英は結婚の破綻をきっかけにM属性の同性愛者であることに気づき、それを受け入れて生きていくことにしたーー俺はそう勝手に解釈して受け入れていた。
 とは言え、同性との交際は俺が初めてではないことも何となく察していたし、セレブ男子との華麗なる恋愛遍歴があっても全然おかしくない。そんな事だって承知の上だし問題はそこじゃない。

ーー15年だと?そんなに長くつき合ってた男がいたなんて聞いてねえぞ!

 まだある。

 野外でイタしていたところあんな変態に(間接的にとは言え)見られたことだけでも十分ショックだが、奴の手元に画像や動画がある可能性が大きい。リベンジポルノ的な意味で気になって仕方がないのだが。

ーーこれって古賀さんに相談した方がいいのかな?あるいは警察……

 どっちもハードル高すぎる。まあこれは俺も悪いし、対策が必要なら仕方がない。

 そんなことより。

 ユーラの野郎に指摘された通り、実は俺達は、互いの全部を知っている訳ではない。簡単に言うと行為のメインは縛りと言葉責めで、後は口や手足で触り合うところ止まりだ。

 あれは、玄英の部屋に通い始めてしばらく経った頃。

 
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